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「もぅ卯の刻か.....」  遠くで寺の鐘が低く響く。頭をもたげると細い指が頚に絡み、くぃ....と引き戻す。 「もう少し......」  鼻にかかった甘えた声が、耳許をくすぐる。直義は滴るように艶めく髪に指を絡め、桃花のような唇に自分のそれを重ねる。  白磁の面が薄紅に染まり、僅かに開いた黒曜の眼が瞬間、直義を見つめ、また伏せられる。   ―寝惚けておるのか......―  しなやかな肢体を抱き寄せると、胸元に顔を擦り付けてくる。薫香と血と硝煙の匂い.....ない交ぜになったその香りが殊更に甘く感じるのは、骨の髄から惚れてしまったせいだろう。  白い手が直義の肌をまさぐり、抱きしめ、縋りつく。   「儂が好きか?」 と訊くと、小さな頭がこくりと頷く。   「このまま、朝なんか来なければいい...のに....」  そして、そのまま小ぶりな鼻がすぅすぅと寝息をたて始める。  愛しい温もりを抱きしめて、直義もうとうとと微睡みの中に落ち込んでゆく。      だが.....   「お目覚めなされ。間もなく設楽殿がおみえですぞ」  律儀な執事が障子の外から起床を促すと、情人は猫のようにぴくりと身を震わせ、ぱっちりと眼を開いた。寄せていた直義の頬を指先で押し退け、口を尖らせる。 「これ、何時まで寝転けておるのじゃ。早う起きねば.....来客であろう?」 「む.....今少し」  細腰に伸ばした手をつぃ.....とかわして、黒曜の瞳が睨む。 「何をいたしておる。もぅ陽は昇っておるぞ」  直義をてきばきと褥から追い立て身仕舞いを整える様はすっきりと、余韻の欠片も無い。   「なぁ、頼隆...」  小袖を着せかける情人に囁きかける。   「なんじゃ?」  気忙しく動きながら、情人が答える。 「儂が好きか?」  「痴れたことを申すな」     呆れたように溜め息混じりに言って、情人は直義の袴の紐を殊更にきつく締め上げた。 「よう!」  庭先で、あっけらかんとした日に焼けた顔が、苦笑いしていた。 「今朝もご機嫌うるわしいようで......」 「うるわしくなど、無いわ」  首を巡らせると、輝信嫌いの情人は、いつもの如く仏頂面で控えている。 「まったく......朝など来ねばよいのに...」  直義のぼやきに破顔して、大きな手がぽんぽんと肩を叩いた。 「まぁ、いいじゃねぇか。....お天道さまにはお見通しだろうさ」  輝信の揶揄にぷいっ......と顔を背けた情人の頬が、ほんの少し、赤かった。

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