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最終章『 新たな解 』
その春――。
かくして僕は、無事に先生の心の解を紐解く事が出来たのだった。
―最終章『新たな解』―
因みに、あの旅館から東京へと戻った後。
僕は、あの付喪神 へもしっかりと、事の報告に行った。
しかし、――無事に先生の心を紐解く事ができました――という報告と共に礼を申し上げたところ、彼からは、――報告の仕方がよろしくない――とお叱りを受けてしまった。
その為、僕はその場で幾度かの“やり直し”をさせられる事となった。
そしてその結果。
僕が渋々、――先生と一緒になれました――と言ったところで、彼への報告試験に合格する事が出来たのだった。
先生も彼も、僕で遊ぶのが随分と好きらしい。
しかも、だ。
その度々の事の後に僕がむくれると、先生も彼もより一層楽しそうにしては、可愛らしいなどと言うので、僕の心は乱されっぱなしなのだった。
相変わらずと、勝算の見えない日々である。
だがこうして、恋人としても先生の傍に居られるようになったのは、他でもない、あの付喪神のおかげだ。
春は恋の季節などと言うが、その季節に咲く桜も、そんな桜に宿る彼もまた、恋のお世話が好きなのかもしれない。
そして、もしそうなのだとすれば、彼らもまた、随分と物好きなものだ。
(――凄く感謝はしてるけど……)
僕はひとつそう思い、少し前を歩く先生の後ろ姿を見た。
実は、こうして先生と気持ちが通じ合ったという事については、未だに夢心地だ。
だが、もし夢だったとしても、――それならば、この夢をずっと見続けてやろう――と、今は思う。
以前の、酷く臆病な僕であれば、そうは思えなかっただろう。
だが今の僕は、迷わずそう思えるようになった。
(これも、自分の気持ちと素直に向き合えたからなのかな……)
先生の背をこっそり見つめながら、僕はそんな事を考えた。
そして、それと共に改めて今の幸せに浸っていると、ふと、前を歩いていた先生が立ち止まって言った。
「雨か」
僕は、そんな先生の言葉につられるようにして空を見上げた。
すると、空は先ほどと変わらず晴れ渡っているものの、そんな晴れ間からは幾滴もの雫がはたはたと降り注ぎ始めていた。
僕は、そんな空の様子に少し微笑ましいような気持ちで言った。
「本当だ。狐夫婦の結婚式ですね」
すると、先生もまた、空を見上げながら言った。
「そうだね。羨ましいなぁ」
僕は、そんな先生の言葉に苦笑して言った。
「“羨ましい”って、先生。先生は前、――自由なのが一番だから、俺には結婚は合わない――って言ってたじゃないですか。――嘘は駄目ですよ」
すると、先生は笑って言った。
「はは、よく覚えてるね」
僕は、そんな先生の言葉に心の中で言葉を返す。
(もちろん、覚えてますよ。当たり前じゃないですか)
忘れるはずもない。
この台詞は、かつてのゼミの授業中の事。
先生が女生徒に、――先生は奥さんと旅行行ったりしないんですか? ――と質問されていた際に、結婚していない旨と共に添えたものだ。
そして僕はその当時。
その先生の言葉を聞き、密かに安堵したのだ。
(あの時の事は、今でもよく覚えてる)
僕が安堵したのは、先生の年齢で結婚するつもりがないならば、僕の片想いが終わる可能性も低くなると思ったからだ。
そんな下心から、僕はその時の先生の言葉に安堵を覚えたのだ。
(告白する気もなかったけど、でも、それでもやっぱり、誰かのものになっちゃうのは寂しかったんだよね)
僕は、そんな当時の自分を思い出し、心の中で苦笑する。
そして思った。
(だから、嘘でいいんだ。――僕には)
すると、そんな僕の心を読んだかのように、先生は不意に空から僕に視線を移し、ふと微笑んで言った。
「でも、嘘じゃないよ。――君にはね」
その言葉が発された時。
僕は、周囲の音がすべて消えてしまったかのような感覚に包まれた。
そして、思わず尋ねた。
「……ど、どういう事ですか」
だが、煩いほどに鼓動する僕の胸の内など素知らぬ様子で、先生は穏やかに言った。
「ふふ、どういう事だろうね。――でもきっと、君なら分かるよ。――今度も紐解いてごらん。――俺の恋を紐解いてくれた時みたいに」
僕は、そんな先生の言葉に対し、思わず抗議の意を音にした。
「えぇ……っ」
しかし、対する先生はまた笑うだけで、助け舟を出すつもりはないようだった。
この春をかけ、やっとの思いで先生の心をひとつ紐解いたというのに、またしても僕は、先生の新たな“解”を紐解かなければならないらしい。
今度の解は、果たしていつ解けるのだろうか。
まったくもって見当がつかない。
先生は一向に僕を休ませてはくれないようだ。
僕は、そんな先生の非道に文句を告げる為、不満げな表情を作って言った。
「先生、なんだか最近、僕に意地悪になりましたね」
しかし先生は、相変わらずの様子で言った。
「そうかな」
その為、僕も負けじと対抗する。
「そうですよ」
すると先生は、少し考えるようにして言った。
「そうか……。――じゃあ、あれだね」
僕はそこで、思わず表情を緩め、素直に首を傾げ尋ねた。
「……? なんですか?」
僕はつい、先生の言葉の先が気になってしまったのだ。
すると先生は、そんな僕にゆっくりと歩み寄って来ては言った。
「――好きな子ほど意地悪したくなる」
そうしてその日も無事。
僕の心臓は大きく跳ねたのだった。
「………………ずるいですよ」
僕は、またしても先生の言葉に翻弄された事に納得できず、不貞腐れるようにしてそう言った。
だが先生はといえば、やはり楽しげに笑うだけだった。
そして、心から満足したらしい様子の先生は、狐夫婦の門出を祝う晴天雨天が混ざり合う空の下。
僕の手を引いて歩き出した。
そうして僕は、先生と共に新たな季節を歩み始め、忘れられない春の物語の幕を閉じたのだ――。
終
===後書===
この度は、本作に最後までお付き合い頂き誠に有難うございました。
本作は、Twitterにて気まぐれに書いた、とある140文字SSが起点となった作品だったのですが、140文字から随分と大きく育ち、2019年の春、一本の短編と成りました。
そうして小さな種から芽となり木となり開花した本作ではございますが、果てしてお楽しみ頂けましたでしょうか。
もしもお楽しみ頂けましたようでしたら、心より嬉しく存じます。
此度の彼らの恋路に最後までお付き合い頂き、誠に有難うございました。
また、これにて本編は完結となりますが、今後、少々本編の各所を手直ししてゆく予定がございますので、もう少しだけ「修正に合わせて再投稿」という形で更新は続きます。
その為、加筆修正版の更新もお付き合い頂けます方は、引続き宜しくお願い致します。
また、余談ではございますが
執筆活動におきましては、貴方様よりの評価ボタンやブックマーク、お気に入り登録、感想スタンプ、ご感想、作家フォローなどが活動の励みになります。
もし宜しければ、創作、執筆活動へのエールを送ってやってください。
その他、ご感想に関しましては、誹謗中傷や悪戯でない限り
シンプルなご感想でも長文のご感想でも嬉しく存じますので
お気軽にお送りくださいませ。
当方の作品で「このような作品が読みたい」といった
リクエストでも大変嬉しく存じます。
また、作品の構成面に関しまして、
ルビが欲しかった漢字、掲載形式(1頁に表示される文字数をもっと少な目にしてほしいなど)に関するご要望なども今後の参考になりますので、
コチラも、ご感想などからをお寄せ頂けましたら幸いです。
それでは改めまして、
最後まで本作にお付き合いくださいました読者様
そして、
作品配信の場をご提供下さいましたfujossy様へ
心よりの御礼を申し上げます。
この度は、貴重なご機会を頂き誠に有難うございました。
今後もまた、読者様へ楽しい時間をお届けできますよう
より一層精進してまいりますので、これからもどうぞ宜しくお願い致します。
この先も、貴方様のご多幸を祈って――。
SJ-KK Presents
偲 醇壱 Junichi Sai
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