2 / 132
第2話
初めてのヒートは六年前、天が十四歳の時だった。
突然の体の異常に、その時も呼吸を乱して自身を抱きしめながら母に助けを求めた。
βである母に連れられて急いで病院へと向かい、強いフェロモンを放つために裏口から病院内へと入った事は今も忘れられない。
そして何より、検査を担当した医師の表情が天の決意を決定的なものにさせた。
『……検査の結果、あなたはΩ性です。 これからの事を看護師と相談してもらうから、別室に行ってもらえる?』
天をまじまじと見た後、結果を告げた医師は見るからに「残念ながら」と言いたげであった。
男性のΩは、そうだと知られた瞬間に差別的な扱いや視線を向けられる。
それは主に、性的な目だ。
『男のΩって女として扱っていいんだよな?』
『将来子どもが産めるってマジ?』
『ファンタジーとかでよくある両性具有みたいなものか』
『発情期があるなんてまるで動物だな』
『それに釣られる俺達もそうじゃん』
『確かに! でも男から誘われるとかあり得ねぇ!』
『抱けるか抱けないかで言ったら絶対無理だよな』
天がΩだと知らない当時の友人達は、ゲラゲラと笑いながら天にも同調を求めた。
頷くしかなかった。
バレたくないために引き攣った苦笑も出来ず、かと言って自分で自分を卑下するようで笑う事も出来なかった。
母も「まさか天が」と思っていたらしい。
両親共にβ判定されているので、よもやほんの数%の確率が天にあたるとは予想もしていなかったという。
天の場合、三ヶ月周期でやってくる発情期の度に、夫との死別によって苦労をする羽目になった母の給料の約一ヶ月分にあたる高額な抑制剤を買わせてしまった罪悪感が、学生時代はずっとあった。
こんな性で無ければ、ただでさえ貧乏な母子家庭の家計を圧迫しなくて済んだのにと、何度思ったか知れない。
本当は進学したかった。
これからの世の中は情報社会であるし、専門学校に通って専門的な知識を学び、IT企業に就職するというのも一つの選択肢……いや、夢だった。
けれどこれ以上、母に迷惑はかけられない。
天が育つ毎にどんどんと歳を重ねていく母を、少しでも楽にしてやりたいと思って就職したのがこの会社だ。
大企業の傘下で、高卒で受け入れてくれたここの仕事にもようやく馴染めていた。
それがほんの一回薬を飲み忘れたせいで、すべてが不意になる恐怖に天の体はさらに震えた。
「……っ、……っ……っ、……」
まずい、意識が朦朧としてきた。
下腹部が異常なほどに疼く。
まだ誰も受け入れた事のない秘部がジンジンと熱を持ち、性器が下着内で張り詰めて痛くなってきた。
職を失うばかりか、このままではフェロモンを嗅ぎ付けた誰かに貫かれて処女まで失う事になる。
天は、薄れゆく意識の中でそんな覚悟をしたその時だった。
「これ緊急抑制剤だ! ここ置いとくから脇腹か太ももに打て!」
勢いよく開いた扉から、先程の男性の声がした。
言うだけ言ってまた扉は閉まり、かろうじて意識を飛ばす前だった天は四つん這いでじわじわと移動する。
「……っ、緊急、……抑制剤……っ」
目を細めた天の視界の先には、ヒートを一時的に無効化する緊急抑制剤の小瓶と注射器が、紺色のハンカチに包まれて置かれていた。
ともだちにシェアしよう!