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第1話

 目が覚めたら、そこは別世界だった……。  何て、シンデレラストーリを40代のおっさんが、経験しなくてもいい気がする。 「あっ、目が覚めましたか、智也さん」  目の前の、少しくすんだ金髪な彼に目を見開いた。  仕方が無いと思う、見覚えの無い男に自分の名前を知られてる何て誰が思うだろうか? 「……っ!?」  立ち上がろうとして、体が覚えの無い痛みに悲鳴を上げ、失敗する。  体は、目の前の彼に助けられてベッドの上に戻された。 「危ないですね、大丈夫ですか?」 「あっ、ありがとう……じゃない!」  そうじゃない、そうじゃなくて!!  何で今こんな事になってる?と言うより、今ここに自分が居るのだろう? 「ここどこ?キミだれ?」 「覚えてないんですか?」  ニッコリ、そう笑って言う彼にひゅっと息を飲む。  その、目が少し恐ろしくて……。咄嗟に、目をそらして頷いた。 「昨日、俺をココまで乗せてきてくれたじゃないですか」  昨日……、その言葉に思考をめぐらせると、ハッとする。  そういえば、最後の客が彼だった。  それで、ここについて、代金を貰った後……、貰った後? 「あれ……?」  もらった後の記憶が、朧気によみがえってくる。  だんだんと、顔に血が上ってくるのが解る。 「思い出しました?」  真っ赤になって、うな垂れる。思い出した。  そうだ、その後何か訳がわからなくなって、早く帰ろうとしたら手を掴まれて……、あんな……。 「忘れてくれ……」  発情期のような、あんな醜態。可愛いオメガならまだしも、こんなおっさんの……。  見苦しいにも程があるだろう。 「忘れても良いけど、智也さん今日からココに住むんだからね?」  解かってる?と首を傾げた彼に、俺はポカンッ、と口を間抜けに開けた。 「はぁ?」 「あー、智也さん飛んでたもんね。仕方が無いよ」  と言って、見せてきたのは番の証明書。  ……番の証明書? 「なっ!!」  その紙を奪い取り、よくよく見ると自分の名前も彼の名前、赤石優人と言う名前もきちんと記載されており、その下にはコピーのために黒くなってしまっているが、受理済みと言う判子がドンッと主張していた。 「つ、つが、番?」  おそる、おそる、首の後ろ側に手を持って行くと、少しへこんでいたり、がさがさしているのがわかる。  たぶん、歯型の跡でがさがさしているのは、出血した後の瘡蓋だろう。  その痕に、涙さえ滲んできた。 「うわぁああああああああああああ!!!!!!」  こう、混乱するのは仕方がない事だと思う。  この年になって、番を持つことになるなんて思っても見なかった。それに、番の相手が年下なんて……何で……。 「えっ、おっ、落ち着いてください!智也さん!?智也さん!?」  ある種、パニックに陥った自分を助けてくれたのは、やっぱり彼しかいないわけで。  叫び声を発する口を塞がれた、その方法を理解した途端、思考回路はキャパシティオーバーで  はい、終了。 「じゃないよ!!」  と、飛び起きれば、さっき目を覚ました時よりも日は高く上っており、時間の経過を知らせた。  ベッドから起きて、あたりを見回す。流石に、素っ裸で部屋をうろつく訳にはいかない。  が、どこを見ても自分の着ていた服が無い。  仕方が無いから、ベッドのシーツを借りて寝室を出る。  出れば、そこはリビングになっていて、キッチンを見れば、キッチンテーブルにご飯と手紙が置いてあった。  そこには、仕事に行って来るので、ご飯を食べて大人しく待っていてくださいと書いてあった。  丁度、タイミングよくぐぅ、とお腹が空腹を知らせる音を鳴らす。  その音に、ため息を吐いて素直に椅子に座った。  いただきます、と手を合わせて食べる朝には遅い、昼には少しはやい食事は、冷めてもとてもおいしかった。  食べ終わって、少し家の中をうろつく。  洗濯場を探して、洗濯機の中を覗いても自分の服は出てこなかった。  寝室のクローゼットの中には、何着か彼の服が入っていたが、着る気にはなれない。  はぁ、とため息を吐いてリビングのソファーに座る。テレビもつける気になれず、ごろんっ、とそのまま横になった。  空調が効いてるのか、寒くは無かったけどシーツを握り締めた。  これからどうなっていくのか、不安しか残らない。  そう、考えているうちに再び眠ってしまった。  ―――ともなりさん  うぅ……  ―――智也さん  もうちょっと、ねかせて  ―――風邪を引きますよ、智也さん!  あったかいし、だいじょうぶ、だいじょう…… 「智也!!起きろ!!」  いい加減、痺れを切らしたのか、彼の張り上げた声にパチッと目を開く。  突然の事に、あたりを見回して彼と目が合った。 「あえ?」 「おはよう御座います、智也さん。まだ眠いなら、寝室にどうぞ」  いや、起きる、と体を起した。その時、外の景色が目に入る。  結構上層部にあるのか、街の灯りが綺麗だった。  ……いや、そうじゃない。 「会社!遅刻だ!!」  ハッとして、慌てて立ち上がろうとして纏っていたシーツに足を取られる。  その体を、彼が支えてくれる。その事に、ホッと息を吐いた。 「大丈夫ですか、智也さん」 「だいじょうぶ……じゃない!」  仕方ないな、と言う風に息を吐いた彼は俺を抱えたまま、一人がけのソファーに腰をかけた。  当然、俺は彼の上に座るしかないわけで……。 「ちょ、ちょっと?」  おっさん抱えて楽しいですか?と問いたくなるような、気恥ずかしいようなちょっと戸惑ってしまう。 「ゴチャゴチャ考えすぎなんですよ、智也さんは」  と、はだけたシーツを直してくれた。と、同時に首筋に赤い痕まで残された。  だから、おっさんにそんなもの付けてどうするんだよ。 「良いですか、智也さん」  その、少し強めの口調に体が無意識に固まる。  それが、アルファ故の力なのかは解らないけれど。 「俺と智也さんは番になったんです。車なら、部下に会社まで返しに行かせました。ついでに、辞表を提出してきました」 「なっ!?何勝手に」 「俺と番になるって事はそう言うことです。働かなくてもいい」  その言葉に、怒りがこみ上げてくると同時に何故か悲しくなって来た。  何で勝手に決めてしまったのだろう?俺に、俺のことなのに、相談の一つもなかった。 「お前、俺に何にも言わずに?勝手に?何を考えてんだよ」 「働きたいんですか?なら、俺が智也さんに仕事を差し上げます」 「そうじゃない!」  どうして、そうなる。  どうして、理解してくれないんだろう? 「俺が、オメガでこの年でようやく入れた会社なんだぞ?何で、そこを勝手に辞めさせられなきゃならないんだ」 「俺が、智也さんの番になったからです」  当然、と言った態度の彼に俺は怒りを通り越して呆れてしまった。  アルファだからなのか、この傲慢さは。バースで人を見た事は無いけれど、これほど酷い事は無いと思う。 「俺が、お前に捨てられたらどうしたら良いわけ?」 「俺が、智也さんを捨てる?ありえません、大体何を思ってるのか解かりませんが、智也さんの項を噛んだ時点で俺は一生を智也さんと過ごすと決めました。俺も、智也さんも離れられませんよお互いに」  そう言う彼の顔は、凄く清々しくてはぁ、とため息を吐いてしまった。  彼にとって、今がどれほどのものだと言うのだろう?未来が、何一つ確かなものなど無いと知らないのじゃないか? 「アルファなら番の解消が出来るんだろう?俺は、お前に捨てられる可能性だってある」 「……もしかして、智也さんって鼻が鈍い?」  俺のフェロモンの匂い解かります?と、言われて一応かいでみるが解からない。  首を振れば、そうかそのせいか、と妙に納得した彼。  どういうことだと、首を傾げる。アルファのフェロモンなどあるのか? 「何が……」 「明日、病院に行きましょうね」  ニッコリと笑った彼に、逆らうことは出来ない。そう、この数時間で学んだ俺だった。  再び、ため息を吐いた。どうしたら、彼を止められるのだろうか? 「そうだ、お前とか呼ばないで名前で呼んでください」  ずっと、気になってたんですよ?と言う彼に、少し困った。  名前、と言われて頭の中を探る。 「名前?」 「まさか、忘れたんですか?」  そのまさかだ。  と言うより、名乗られた記憶が無い。彼の名前は一度確か書類……番の証明書で見ただけだ。覚えてない。  頷けば、彼は仕方が無いというように苦笑する。 「じゃあ、今度はちゃんと覚えててくださいね。俺の名前は、優人です。ゆーと」 「……ユート?」 「そうです、今度から俺を呼ぶときはそうやって名前で呼んでくださいね。お前とか言われても返事しませんから」  そう言って、ユートは俺にキスをして掛けてきた。  本当に、綺麗に笑う奴だと思う。目、以外は。  全てを見透かしてくるようなあの目が、少し……いや、だいぶ苦手だった。  ユートの宣言どおり、次の日彼に連れられて病院に来た。  大きな病院のバース外来で、一度診察に入り、検査をして、結果を聞くためにもう一度診察室へと入った。 「先天的な嗅覚異常ですね。発情期フェロモンなどでも特別強いフェロモンの匂い以外は感じる事が出来ないでしょう」  バースとしての、嗅覚異常だった。普通の生活のにおい、たとえば料理の匂いなんかは感じることが出来る。  けれども、アルファの匂いや同じオメガの匂いを感じることが出来ない。  それは、今まで気にしたことが無かったが、問題あるものなのだろうか?  ユートが治療法について聞いてる。  粗方、話を聞いて診察室を出る。男が二人、しかも一人はこんなおっさんでもう一人は美青年。奇異の目で見られるのは必然だったかもしれない。  俺達の他の男二人組みの隣に腰をかけると、ユートの顔を覗き込んだ。 「何でユートが俺よりも落ち込んでるんだい?」  少し、思いつめた感じのするユートの顔に、俺は首を傾げる。 「智也さんは危機管理が無さ過ぎます」  と、俺の肩をガシッと掴んできたユート。  何気にその力は強くて痛い。  何がそんなに深刻なのか解らない。危機管理は確りしているつもり……こうして、ユートに捕らわれてしまったけど……。 「嗅覚異常って事は、自分の発情期も体に変化が無いと解からないって事ですよね?」  確かに、と頷いた。体がだるくなってこないと、解からない。普通は、そうじゃないと言うのか。  自分の体が熱っぽさを帯びてきたら、それが発情期の始まりだと思った。  だから、自分がどれ程のフェロモンを撒き散らしているのかなんて知らない。自分じゃ、自分の匂いはわからない。 「普通の一般的なオメガの人は、自分のフェロモンも僅かながら感じることが出来ると聞きます。  そのフェロモンの変化で、もう直ぐ発情期が来ることを感じるんです。無意識にでも。  それが、智也さんは全く出来ない。  と言うことは、いきなり発情して誰かに襲われてたって可笑しくも無い状況です。解かりますか?」  そんな可能性があったのか、と感心してしまった。と言うことは、オメガであることで雇ってくれて、発情期の休暇もちゃんとある会社にも守られていたのかもしれない。だとすれば、本当に良い働き口を失ってしまった。  そんな普段と変わらないような俺の姿を見て、ユートははぁ、とため息を吐いた。  ユートの話に寄れば、オメガの嗅覚異常は、アルファと違ってとても深刻な問題らしかった。  自覚が無いからか、深刻な問題と思えないのが自分なのだが。  俺の場合は、発情期がとても軽くて、薬飲んで部屋で大人しくしていれば、直ぐに終わってしまう。そんなものだったから。 「智也さん、今回の発情期は俺が項を噛んだ衝撃で終わってしまいましたけど、次は三ヵ月後です」 「うん、それが?」 「三ヵ月後、俺が番になったことで変化したことがあれば直ぐに言ってください」  その迫力に、つい頷いてしまった。  それに、満足げに笑ったユート。すると、俺の名前が受付のほうから呼ばれて、あぁ、会計か。と腰を上げようとした。けど、肩を抑えられて再び座らされた。 「まっててくださいね」  と言って、歩いていってしまうユート。自分の病院費ぐらい、自分で払うというのに。  なにやら、カードを取り出した彼が会計を済ませると、そのままユートの部屋に帰ってきた。  そう、帰ってきたんだ。自分のアパートの部屋は、これまた勝手にユートが解約して服とか必要なもの以外を捨ててしまった。  だから、俺はココに帰ってくるしかなくなった。  優しそうな外見としゃべり方をしているくせに、やはり、凄くやることが唯我独尊で俺様?って言うんだろうか?一言言うなら勝手だ。 「ユート、あの」 「何ですか、智也さん」  帰ってきて、ユートは進んでコーヒーを淹れに行って、俺にはすることが無い。  家事も、ハウスキーパーがやってくれる。だから、本当に何も無い。 「俺は、何をすればいい?」 「何も。ただ、居てくれればそれだけで」 「……暇なんだ」  この家の中を探検してもいいのかもわからない。どこか、入ってはいけない場所があるかもしれない。  だったら、とユートはリビングのソファーに座っていた俺の手を取って、ある部屋に向かう。  そこは、書室、と紹介された。書室と言うだけあって天井まで届く本棚に所狭しと書籍が納められていた。 「ここなら、退屈せずに済みますよね」  俺は、その圧巻さにあぁ、としか返事を返せなかった。確かに、本を読むことは嫌いじゃない。  が、あれ?俺、ユートに読書が好きだ何て言ったか?  ポツリと疑問が浮かんだが、目の前の本のほうが興味を引かれた。  が、手に取ってみて少し問題があった。 「ユート」 「何でしょう?」 「辞書がないと読めなさそうだ」  どの本をとっても、日本語で書かれては居らず、英語やフランス語、ロシア語などで書かれていた。  多国籍過ぎる。自分の頭では理解できそうに無い。  日本語が書かれた本があればいいのだが、どうやら見つけられそうにも無い。 「今日、帰ってきたらプレゼントします」  少し、しょんぼりとした俺にそう、ユートは言って笑った。  とりあえず、表紙に惹かれて数冊持ってそこを出た。  英語なら、わからない単語はありつつ、頑張れば読めるものもあるはずだと。 「では、行って来ます。帰ってきたら、おかえりって言ってくださいね」  そう言って、ユートは仕事に出かけて行った。ユートが何の仕事をしているのかは知らない。  けど、とっても重要な役職だろうとは推測が付く。  何せ、こんな勝手が出来て許される位なのだから。  余談だが、帰ってきたユートを迎えて手渡されたのは、電子辞書だった。  この年になると、機械にも疎くなってくる。  当分、この辞書と格闘することになりそうだと、肩を落とした。  ここの生活にも慣れてきた頃、それは突然だった。 「はい、俺だけど……」 『智也さん?今、家ですか?』  アレだけ過保護だったユートだが、散歩でもしないと俺の体がどんどんと肥満に向かってくと懇々と言えば少しの間なら、と必ず帰ってくるならとそれを許してくれた。俺の元帰る場所は、ユートによって奪われて帰ってくる場所などココしかないというのに。 「家、だけど何かあった?」 『良かった。俺の、仕事部屋に封筒有ると思うんですけど』  そう言われて、ユートの仕事部屋の扉を開いて電気をつけた。  すると、机の上にA4サイズの封筒が一つあった。 「あぁ、有ったよ」 『すみません、それ急いで届けて貰っても良いですか?』  焦ったような、安堵したようなユートの声に解かったと返して通話を切った。  ユートのオフィスは行ったこと無いが、きっと大丈夫だろう。  仕度を簡単に済ませると、外に出た。  案外、地理と言うのはタクシーの運転手をやっていた頃に身に付いているもので、どこだか直ぐに把握できた。  ただ、車と徒歩では全く景観が違うので楽しかった。 「あの、すみません」  ビルに入ると、受付嬢に声をかける。  名前を言えば大丈夫だと、前にユートは言っていたが、今の今まで来る用事などは無く、始めて来た。  本当に大丈夫だろうか?と不安になりながら。 「はい、どうなさいました?」 「あ、えっとユート、あぁ、赤石?くん居ますか?」  苗字でなんて呼ばないから、少し戸惑う。  一瞬、ユートの苗字が出てこなくて焦る。 「すみませんが、赤石とは赤石優人でしょうか?」 「あっ、そうです」 「どう言ったご関係で?アポイントメントはお済でしょうか?」  質問攻めのような形に、戸惑う。  誰か、とも思うがこの会社で知っているのなんてユートぐらいしかいない。  ユートにうそつき、と言ってやりたくても、この場にユートが居ないことで余計に焦る。 「えっと、あの俺コレ持ってくるように頼まれたんだけど……」 「確認いたします、御名前は?」 「前白 智也です」  そう言えば、名前を言ってなかったと今更になって思う。  それだけ言うと、受付嬢の顔色がサァッと変わった。 「たっ、大変申し訳ありませんでした。こちらです」  いきなりの、対応の変化についていけない。けれど、とりあえず促された場所について行く。  エレベーターの一つに一緒に乗り込む。  彼女が押したのは、どう見ても最上階のボタンだった。 「……ユートって何者?」  ポツリ、と呟いた声に反応は無かった。求めても居なかったけど。  彼女に案内されて、着いた場所には社長室と豪華なプレートに書かれていた。  って、社長!?  コンコンッ、と止める間もなく彼女がノックして扉を開けてしまう。 「……ねぇ!お願いよ!私と結婚しましょう?番って、男なんでしょう?だったら、女の私のほうがいいと思うでしょ!?」 「煩い、仕事の邪魔だ出て行け」  冷たい声。聞いたことも無い、ユートの声に俺は目を見開いて驚く。  彼女の方は、慣れているのか気にもしていない様子で、女性が居るのにも関わらずユートに話しかけている。 「失礼いたします、社長。前白様を御連れいたしました」 「あぁ、ご苦労。戻って良いぞ。あぁ、それからこの女も一緒に連れ出してくれ」  かしこまりました、と言って彼女はユートにすがり付いていた女性の腕を引っ張りながら出て行った。 「見苦しいところを見せてしまいましたね」 「いや、その……コレ」  と、何とも言えずとりあえず目的であった封筒を差し出す。 「ありがとう御座います、今御茶を用意させますね」 「いや、いいよ。もう……」  帰るから、と言い掛けた言葉はユートにさえぎられる。 「もう少しでお昼なんです。だから、少し待っていてください」  ねっ?と言ったユートに、俺は頷く以外の返事を持っていなかった。  頷いた俺を見て、満足げに笑うと、再び仕事に向かった。あの封筒の中身を取り出して何かをしている。  社内に電話をかけたり、本当にせわしない。  何をしてるのか、根本的に住んで来た世界が違うから解からないが、その姿がカッコいいと思ってしまう。  初日は、驚きと怒りでいっぱいだったというのに、時間って言うものは凄いと思う。  それ以上に、番としての絆がそうさせているのかもしれないが。  番と言えば、何でユートが俺を番に選んだのかもわからない。ユートなら選び放題だったはずだ。  こんな、地位も名誉もない、年ばかり食ったただのおっさんをどうして……。 「俺、前に言いませんでしたっけ?智也さんは考えすぎなんだって」  仕事が終わったらしいユートがいきなり顔をだして吃驚した。  ユートの言葉に答えを返さず、吃驚させないでよ、と笑えば頬を掴まれてユートに睨まれた。 「誤魔化すなよ、智也さん」  前から少し考えていたけど、ユートは少し……性格が悪い気がする。言葉遣いしかり。  猫を被っているのか、それが少しずつはがれてきてる。まぁ、それでも大事にされてないわけじゃ無い。 「……考えすぎって訳じゃないよ。ただ、ユートがどうして、俺を番の相手に選んだのか解からなかっただけだから」  その答えを聞いて、ユートははぁ、とため息を吐いた。  そして、俺の隣に腰をかけた。その顔は、またこの人は……、とでも言いたげである。 「前に俺、智也さんに嗅覚が鈍いって聞いたこと有ったじゃないですか」  その言葉に頷きを返す。  確かに、オメガとして最低限あるはずの嗅覚は異常をきたしていて、今現在もクスリを一日一度服用している。 「俺にとって、智也さんの匂いはとても魅力的です。離れがたい。だから、初めて会ったときから解かってました。俺の運命だって」  運命、その言葉を聴いて、俺は目を見開いた。  運命なんて、そう簡単に見つかるはずも無い、絶対の番だ。  それを、俺に感じたというのか、ユートは。  俺は何も、感じてないのに。 「でも、智也さんはそれが解からない。貴方をはじめて抱いた時、あんなにも嬉しそうに笑ったのに。本能が告げていても、理性がそれを感じ取ってない。理性で解かるものを、貴方が感じていないから」  そこで、俺は気が付く。ユートの匂いがわからない、それがどういう事か。  ユートが、本能が運命だと告げても、俺にはそれが解からない。 「バース的な嗅覚異常って言うのは、危険性を伴うと共に、互いに至高の相手を見逃すとても、悲しい障害です」  スッと、ユートの手のひらが俺の頬を撫でる。  最近、ようやく少し感じるようになったユートの、甘いお酒のような匂いに酔いそうになる。 「だから、早くそれを治して、俺と言う運命の番を感じ取って欲しい。そうしたら、俺が貴方を求めている意味がきっと解りますから」  その言葉に、俺は頷く事しかできない。  発情期までは、あと数日に迫っていたある日の事だった。  そうして、数日がすぎ、体に熱っぽさを帯びてきた。  発情期の始まりである。  いつものように、薬を服用しようとして探すけれども、見当たらない。  内心、ものすごく焦っている。  そうだ、薬は……と、考えてユートを探した。  もともと持っていた市販の抑制剤や、避妊薬は全てユートに没収されてしまっていたのだった。  抑制剤は、本来働く本能を薬で抑えてしまうため、副作用がとても強く出る。  大抵のオメガの場合、乱用しなければ大丈夫なのだが、やはり子供は出来にくくなるという。  飲むのを止めて、番を作ればそれも変わってくるが。 「ゆ、と……」  手を伸ばそうにも、かなり早く発情期の熱が回っているのか、全くと言って良いほど力が出ず、ぐったりとベッドから起き上がれそうにも無かった。  そんな折、寝室の扉を開けてユートが帰ってくる。 「あっ、起きてたんですね智也さん。体の調子は……」 「ゆーと……」  ベッドに近づいてきて、腰を掛けたユートは俺の顔を覗き込んでくる。  そんなユートに、楽になりたくて俺はすがりつく。 「つらい、たすけて……ゆーと」 「始まったばかりですもんね……」  そう言うと、ユートは俺の頬にキスを落とした。  本能が叫ぶ、そこじゃないのにって。でも、触れられて嬉しいって。  ふわり、とユートのフェロモンの匂いがする。  うっすらと、ユートも興奮しているようで、顔が赤い。  そんなユートの姿に、思わず顔が緩む。  クラクラと漂ってくるフェロモンの匂いに、酔ってくる。発情期の熱の回りが、いつもよりもユートのフェロモンを感じている分、早い気がする。  もっと、と手を伸ばせばユートからの抵抗はなくそのまま、ベッドになだれ込んだ。 「かわいい、智也さん」  そう言って、触れて来るユートの何もかもに反応する。体が、否応なしに感じてしまう。  こんなこと、初めてだった。体中が喜んでる。ユートじゃなきゃ嫌だと叫んでる。  もっと、もっととユートのフェロモンを欲しがって、暴れる。  40代にもなって、恥ずかしいとも思うがそれと同時に、ユートが番が側にいる今の状況をこの上ない幸せだと思ってしまう。  逆らえない。触れていたい、触れてほしい。  そんな欲求があとからあとから湧いてくる。際限のないくらいに。  手を伸ばせば、ユートは笑って受け入れてくれる。俺を、むさぼってくれる。  それが、どれだけ幸福な事か。今まで、知りもしなかった。  オメガの最大の幸せが、そこに見えた気がした。  パチっ、と発情期の熱に溶けていた意識が戻ってくる事を感じる。  ふわり、と体を起こして見れば、ここに来た日と同じように一式身に纏っていない、産まれたままの姿。  スッキリとした体を抱えて、シーツを纏いベッドを下りた。  ベッドのそばに置いてあった自分の携帯を見て、最後に記憶している日から数日が経過していることが分かった。  ユートの姿を探してみても、見当たらず携帯をもう一度見ると、ユートからメールが来ていることが分かる。  開けば、どうしても参加しなければならない会議があるので、会社に行ってくるとのこと。  たぶん、眠っている間に発情期が終わったのだろう。薄くなったフェロモンで、終わったことを知ったのか、発情期明けに一人にしてすみませんと、最後の部分に書かれている。  そんな事気にしなくていいのに、と俺はそんな文を見て笑う。  とりあえず、さっぱりとしたかった俺はシャワーを浴びる事にする。  今日まで、お手伝いさんには発情期期間と言う事で休んでもらっていた。  明日から、なのでゆっくりとシャワーは浴びられる。  シャワーを浴びて、服に着替えた俺はリビングのソファーに座って髪を拭く。  だいたい、雫が落ちなくなった所で立ち上がって冷蔵庫の扉を開けた。  普段、飲み物を取る以外に開ける事のない冷蔵庫の中を、じっくりと眺める。  警告音が鳴るが、少し辛抱してほしい。 「……今日のお昼はどうしよう?」  パタン、と良いだけ冷蔵庫の中身を確認して閉じる。  食材らしきものは、入っているのだけれども生憎と俺は料理が出来ない。  お湯を沸かして、カップ麺などを作ることは出来るがそう言った物も見当たらない。  仕方ない、と俺は少し硬そうなフランスパンとジャムを見つけたので、それを取り出して切って皿に盛る。  普通の包丁しか見当たらなかったために、切り口がひどい事になってしまっているけれど仕方がない。  いただきます、と手を合わせてその可哀想なパンにジャムを塗って食べる。  ジャムもきっと高いのだろう、すごく香りのいいアプリコットジャムだった。  発情期中は、隙を見てユートが色々食べさせてくれていたと思う。朧気にしか覚えていないけど。  社長で、料理も出来て、ハイスペックで本当に何でこんな寂れたおっさんを番に選んだのか、本当に疑問に思う。  運命だと、ユートは言うけれどまだ何となくでしか解からない。  でも、それでも彼と過ごした発情期を経て、一つ分かった事がある。  彼を、ユートを俺は手放すことが出来ないのだと。側にいて、抱き合って、あの暖かさに安堵を覚えた。  ユートが未だ、何を考えているのか分からないことは多いけれど、きっと彼に付いて行けば大丈夫だと思える。  ユートは、俺のだと本能が俺自身にでさえ訴える。  俺は、ユート無しでは生きられないのだと感覚的に理解が出来た。  ごちそうさまでした、と食べ終わり食器を持って立ち上がると、少し悲惨な事になっているキッチンを見やり、苦笑いする。  掃除することは嫌いじゃない、けれど自分で汚したとなると少しだけため息を吐きたくなるのは仕方が無い事だろう。  さっと、キッチン周りに落ちたパンくずを集めてゴミ箱に捨てる。  それから、まな板と包丁、使った食器を洗って水切りする。  それだけやって、ホッと息を吐いた俺は昼まで本でも読もうといつもの、バルコニーのノッキングチェアーに座ってサイドテーブルに電子辞書を置き、読書を始めた。  調べながら読むので、進まないがそれでも理解できれば楽しい物語だ。  しばらく、読書に夢中になっていると、バルコニーに繋がる広い窓がカラカラカラと音を立てて開くのが分かった。  それと同時にふわりと漂ってきた香りに、ふと頬が自然と緩む。 「おかえり、ユート」 「ただいま、智也さん。一人にしてすみませんでした」  そう言って、俺を抱きしめてキスしてくるユート。読んでいる本と言い、ユートは日本人と言うよりは欧米人のような感覚を覚える。  ただ、それも嫌じゃないので好きにさせるが。本当に嫌なら抵抗もする。  でも、ユートは俺が本当に嫌がることは、あの勝手に退職届を出したと言うこと以外はしなかったし、しないと思う。  すると言う事は、ユートには何かそれをしなければならない理由があるってことだ。だから、俺はきっと最終的には怒っていようが受け入れてしまうのだろう。随分と、ユートには優しいものだ。これも、本能なのだろうか? 「智也さんは、ご飯食べました?」 「恥ずかしいけれど、俺は料理できなくてね。パンを切って、ジャムで食べたよ」  それを、恥ずかしくて少し顔を赤くして言ったら、ユートに抱きしめられた。何この人かわいいと言われて。 「朝ごはん、作っていけばよかったですね。すみません。その代わり、お昼ご飯は腕によりを掛けますよ!」  ニコニコとして、座っていた俺の手を引いてユートは部屋の中に入っていく。  バルコニーは寒くなって来たから、なるべく長い時間はいて欲しくないと言っていたことを思い出した。  その証拠に、部屋の中は暖かいと言うのに、厚手のカーディガンを肩から掛けられた。 「別に、体が弱いわけじゃないから平気だよ」 「智也さんの体を大事にすることは、当然です」  そう言って、肩から外そうとしていた手を遮られてしまった。  ユートは何気に過保護なんじゃないかと思う時がある。  まったく、と肩を竦めつつも俺はそれを拒むことが出来ないのだ。  ユートが俺を気にかけてくれている、そう思うだけで心がとても温かい。  そんなぬくもりを手放す事なんて、出来ない。  それを、今言葉で伝える事は出来ないけれども。  それから数日後のこと。  ユートは、俺を余所行きの服に着替えさせると、こう言った。 「すみません、今日は俺の実家に付き合ってください」  ユートの運転で着いたのは、高級住宅街の一等地に立つ大きな日本家屋。  思わず、そのたたずまいを見て、俺はアホのように半開きに口を開けて、ぽかん、とその家を見上げてしまった。  ユートはそんな俺の事を見て、クスッと笑うと俺の腕を引いて中に入っていく。  中では、着物を着た割烹着を着けた綺麗な女性が俺たちを迎えてくれた。 「まぁまぁ、優人坊ちゃま。おかえりなさいませ。お久しぶりでございますねぇ」  そう言って、彼女は俺たちにスリッパを用意してくれる。 「ただいま、時栄さん」  お邪魔します、とこそっと言った俺に時栄さんはほほ笑んでまぁまぁ、と笑う。 「坊ちゃまのお客様ですか?どうぞ、ごゆるりと……」 「違うよ、時栄さん。彼は俺の番です」  そう言ったユートに、驚いた顔をしてまぁまぁ、と言う時栄さん。口癖なのかな? 「坊ちゃま、では少し間がお悪いかと」 「あぁ、分かってて連れてきたんだ。じゃなかったら、連れてこないよ。こんな所」  そう笑って言うユート。ここは、ユートの実家だと言うのに酷い嫌いようだな、と感じる。  時栄さんは何とも言えず、とても微妙な顔をして笑う。  俺たちはそんな時栄さんに案内されながら、応接間へと向かう。  お客様がいらっしゃっていますが、と言った時栄さんにはユートがいいからいいから、と押し切ってしまった。 「父さん、帰りました」 「帰ったか。なら、一度そこに座りなさい」  そう言って、目の前に客がいるにも関わらずユートを隣の席を進めるユートの父。  俺の存在は、まるっと無視されているように思う。そう感じたのは、ユートも同じようでスッと目が細くなりユートは父を睨むように見ている。 「いえ、用が済んだらすぐに帰りますので」  その声は、どこまでも冷たかった。 「俺には、番が居ますので婚約のお話はお断りいたします。それじゃなくても、俺は前から言っていたはずです。見合いはしないと。いい加減にしてください」 「何が番だ。さっさと解消してしまえ。お前には必要ない。アルファに、オメガなど不要だ」  それを聞いて、俺はぎりっと奥歯をかみしめる。  ユートがオメガを尊重するアルファだから忘れていた。こういう考え方のアルファも多数いるのだと言う事を。  そんな俺の手を、大丈夫だと言うように強く握ってくれたユート。ただ、怒っているだけかもしれないが。 「番の解消?するわけないでしょう。必要かどうかは俺が決めます。あなたみたいな、中途半端なアルファじゃない」 「貴様、親に向かってなんて口の利き方だ!!」  バンッ、とひじ掛けを叩いてユートの父親は立ち上がる。  睨みつけて来る父を前に、ユートはそれを鼻で笑う。 「オメガが、アルファにとってどんな存在か知らないくせに。知ろうともせず、ただオメガを凶弾し生きてきたあなたに、分かるはずなんてない。まぁ、分かってもらおうとも思ってませんでしたけど。けど、俺に見合いは不要なので、今後煩わしい案件を持ち込まないでいただきたい」  この間も、勘違いしたバカな令嬢が来たばかりだ、と言ったユートに俺は前に書類を届けに行ったときに居た女の人を思い出した。 「アルファはアルファにしか理解されない、お前もいつか分かる日が来る!」 「彼が居る限り、あり得ませんよ」  そう言って俺の手を引いて抱き寄せるユート。  俺は、ろくな抵抗も出来ずその腕の中にとらわれてしまう。  そんな俺に、ユートの父から凄い眼光が注がれる。  アルファだろうその威圧に、思わずユートにしがみついてしまう。 「お前は、オメガで恥ずかしくないのか、アルファを篭絡させて」 「勝手に彼を悪者にしないでください。俺と彼は運命で結ばれています。俺も彼も、出会うべくして出会った番です。番を持たないあなたには分からないでしょうけど」  不愉快です、と言ってユートは俺の手を握ったまま応接間から出た。  言い争っている途中のようにも感じたが、それでいいのかと少し振り返る。  パタパタと言う足音が後ろから近づいてくるのも分かっていたから。  振り返った瞬間、ユートに握られている手と反対の手を取られたと思えば、思いっきり頬を叩かれた。爪が伸びていたのだろう、爪痕も手形と合わせて出来ていて、気が付いた時には血がにじんでいた。  叩かれたショックで、呆然と俺は解放されていた手をほほに充てる。  手が、ぬるっとした感覚で濡れる。 「アンタみたいなオメガが居るから!この、泥棒ネコ!!」  よくよく見れば、先ほどの応接間で空気になっていた客人の娘さんだった。  涙をボロボロと流しながら、同情を誘うようなしぐさをする。  焦ったように、俺に大丈夫かと聞いてくるユートに俺は大丈夫だと返す。 「私がどれだけ、彼のために努力してきたと思ってるの!?勝手に、取らないでよ!!返してよ、私の婚約者なのよ!!」 「黙れ」  静かに、怒気を孕んだ声が響く。  ビクッ、とわめいていた女性の声が止まる。それどころか、関係ない使用人までがくがくと青い顔をして震え出したのを見て、ユートを止めるために肩を叩く。  そして、俺は彼女に向き直る。 「俺は、アナタが誰なのか知りません。けど、ユートを返すことは出来ない。ユートは、俺のです」  抽象的な言い方しかできないけれども、ユートは自分のものだとはっきり言える。  そして、俺はユートのモノなのだと。 「俺が傷つけられてユートがあなたに対して怒るのも当然です。俺は、ユートのモノだから。自分のモノを傷つけられたら普通は怒るでしょう?御璽が傷つけられたあなたみたいに」 「認めない、認めないんだから……」 「あなたが認めようが、認めまいが、それは変わることのない事実です。人の感情まで自由に操作できれば、人間など存在しなくなりますよ」  それだけ言うと、手当てしなければと言うユートに引っ張られてその場を離れる。  そう言えば、ユートを遮って結構偉そうなことを言ってしまったし、いろいろと話しすぎただろうか?と手を引くユートの顔を恐る恐る見てみると、彼は少しうれしさを滲ませたような顔をしていた。  俺は内心首を傾げるしかない。怒らせたままかと思っていたのに。 「本当、心臓に悪い」  車に乗り、部屋に戻る。車の中では、会話など一切なかった。  俺が無駄に緊張していたからかもしれないし、ユートはユートで何か考え事をしているのか、話しかけてくる様子は一切なかった。  そうして、部屋に戻れば頬の傷の手当てをして、息を吐いたユートに抱きしめられた。  で、そのセリフである。  ユートは分かりずらいが、赤く染まっており何だかこちらまで恥ずかしくなるような気がした。 「俺、何かしたかな?」 「俺の事、大好きじゃないですか智也さん」  ぶわっ、と俺は顔に血が上るのが分かる。  それが羞恥なのかどうなのか、自分でも解からないが今はユートから隠れてしまいたい気分で逃げようとしたらユートに捕らえられた。  座っているユートの上にバランスを崩して座り込んでしまう。 「俺は、初めて智也さんの気持ちを聞けてうれしかったです。まぁ、あの女には腹が立ちましたけど」 「いや、あの時はユート怒ってたから必死で……」 「もっともっと、色々なコト聞かせてくださいよ」  無理だ、と俺は首を横に振る。  そんな姿を見て、えぇー、と子供っぽく不満を言うユート。  そんな姿も、いとおしいと思ってきてしまっている時点で、もう既に大好きと言っても過言ではないくらいユートが好きなのだろう。  これから、またユート絡みで色々起きるだろうが、離れたくないって気持ちがあれば大丈夫な気がしてきた。  だって、その時だってユートは側にいてくれるのだろうし。  俺が一人で対応することなんてないだろう。  いつか、ユートが父親と和解できたらいいと思うが、それは俺が居る限り二人が違う価値観を持ち続ける限り不可能なのだろうかと考えてしまう。 「でも、あまり無理はしないでくださいね」 「えっ?」 「この間の発情期で、ゴムは使ってませんし、避妊薬も飲んでません」  それだけ言われて、はっと気が付く。  そうして、下腹部を少しさすってみる。  ここに、新しい命が宿るかもしれない。この年になってまで、考えたことは無かった。  その手に、ユートの暖かい手が重なる。 「ココに、宿るかもしれない命があることを忘れないでください。それは、俺とあなたの宝物になるはずだから」 「……うん」  そうなると、いいな。  本当に、心の底からそう望んで俺はうれしくなって笑った。  その顔を見て、酷くユートが驚いた顔をしていたのが印象的だった。  END

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