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第20話 災い転じて 1

******** 俺はこんな奴を本当に好きになるんだろうか。 俺のベッドでアホ面で口を開け時折「んが」とオッサンみたいなイビキをかく奏汰を冷めた目で見下ろし跨いで、壁側に空けられたベッドの狭いスペースに横になる。 好きになるとかありえねぇよな? だってこいつ、ぜんっぜんカッコよくねーしいやでも顔はまあまあイケてるにしても、イメチェンしても結局根暗のまんまだし コンタクトは毎日つけてるけどメガネより見やすいだけっつって外見には無頓着だし 話し方も変わんねーし 一人称は「僕」のまんまだし口調くらいちょっとは男らしさ見せろよって話だし。 極めつけは「好き」と連呼して地雷踏みまくりに来て俺が困ってんの見て喜ぶようなイカれた奴だし。 なのになんで俺はあんなこと言っちゃったんだよ・・・! あーくそまじでほんの2時間ほど前の俺、何考えてんだよ! 『好きになるかもしれない』なんて言って、一時の淡い恋心に翻弄されてる奏汰をもっとその気にさせてどうすんだ俺のアホ!! 3分の2ほどを奏汰に占領されたベッドの上で、もがくにもがけず首だけを横に振る。 「んんう~蓮く~ん・・・んがっ」 「げっ」 無意識に抱きついてくる奏汰に、思わず間近にある壁を凝視して体が強ばってしまう。 あ~クソ無駄にいい体してたよなこいつ。なんつーか、いい意味で男くさくて惚れ惚れするような。 風呂で初めてこいつの全てを見せられて直視できなかった。この体に抱かれたんだ(正確には無理矢理掘られただけ)って思ったら、数日経った今でもズキズキと痛む尻が何故かウズウズしてきてしまう。 奏汰のくせにいい体しやがって。完全に反則だろ。 横向きの腕に乗せられた自分より太い腕と、脚に乗っけられた重みが俺の心臓を煽る。 重い。当然だ。奏汰はれっきとした男なんだから。 女とヤッた時には味わえなかった興奮が尾を引き摺って、自分はやはり女を抱くより男に抱かれたかったんだと再自覚した。 しかも、好きな人がいるにも関わらず、1回ヤッただけの向かいのガキを猛烈に意識してるなんて・・・俺は相当タチが悪い。 でも別に結城さんとは何も無いし操を立ててた訳でもない。勝手に俺が好きになって、いつ踏ん切りをつけようがあの人にしてみればどうでもいい事だ。 奏汰を好きになったところで、誰から責められる訳でもない・・・ いや無くはないか。音々にもおばちゃんにも責められるだろ絶対。 奏汰を好きになってもいいか、なんてダメに決まってるのに。 体に掛かる重みやひたすらに求められる優越感が、俺のストッパーを外そうとしてくる。 例えば相手が結城さんなら、例えば奏汰じゃなかったら・・・迷わず飛び込んでいけるのに。 週末 俺を含めるジムのアルバイトを辞めた数人を呼んで、オーナーと社員が送別会をしてくれる事になった。 『今日送別会だから外で食べてきます』 中谷のおばちゃんにメッセージを入れて、ジムの近くの居酒屋へ向かう。 一応奏汰にも連絡しとくか。ここんとこ泊まりに来んのが当たり前みたいになってるし、どうせ今日も来るつもりでいるんだろうし。 『遅くなるから先寝てろ』と打った文字を消して『送別会だから家来てもいねーぞ』と打ち直す。 なんだよ最初のは。奏汰が今日も来るって約束なんかしてねぇのに。しかもなんだ、恋人か嫁さんにでも送るような雰囲気だったじゃねーか恥ずかしい! 風呂場で尺られてから毎日少しづつケツの穴を弄られて、今やローションさえ使えば奏汰の指2本なら痛みも無く受け入れられるようになった。 日曜の開発だけじゃなくて、奏汰に触れて欲しい自分がいる。 まんまと奏汰を好きになっていく自分がいる。 その裏には、おばちゃんや音々や、奏汰本人に対して罪悪感が募っていく自分がいる。 「バイト組の皆さんお疲れ様~!」 オーナーの声で乾杯し送別会がスタートする。 辞めるバイト組は俺を含めて4人。みんな大学生で短時間出勤の奴ばかり。 「時給良かったのに~。急に社員入れるんだもん酷いっすよオーナー!」 「悪かったよ。君たちに自発的に退職させることになっちゃって・・・。俺も『オーナー』って言っても『いち店舗の』って括りだからなぁ。所詮雇われで上からの指示には逆らえないんだよ」 「仕方ないっすね、オーナーもいつか干されないよう頑張ってくださいね~」 「ったくお前らね、・・・精進します!」 ははは、と笑いが広がる。 大学へ入ってすぐにバイトを始めて1年ほど勤めたジムのオーナーはいい人だ。社員も皆いい人たちでアットホームな職場だった。 表向き、だけのいい人もいたけど・・・ 「塩田くん、飲んでる?」 俺の隣に座っていたフロント担当の女性社員が席を立った隙を見て、結城さんがそこへやってくる。 「飲んでますよ。ハタチなったばっかなんで飲みなれてはないですけど」 「ああそっか。じゃあ無理しないようにな。塩田くん誕生日早いんだね」 嘘っぽい笑顔で話し掛けてくれる結城さん。いつだってそうだった。俺に興味も下心も無い、あるのはきっと嫌悪感。それなのにこうして近付いてくるこの人が好きだ。絶対に自分を好きにならないって確信できるから。 誕生日か・・・。そういえば奏汰も同じ4月だったっけ、なんか祝ってやれば良かったかな。いやでも俺の誕生日より早かったよな、たぶん。てことは『お願い聞きます券』を使ったのは奏汰の誕生日の後ってことになるから・・・ って! いいんだよ今 奏汰のことはどうでも! 「どうした、もう酔っちゃった?」 ブンブンと頭を振る俺の背中を摩り顔を覗き込んでくる結城さん。背筋がゾクッと粟立つ。 「いえ、なんでもないです」 奏汰に気付かされた自分の性感帯に触れている結城さんの手。無意識に筋肉が収縮して、ゾワゾワとした感覚が走る。 「ふーん。こういうのが母性本能くすぐるワケか」 「え・・・」 どういう意味だ? 「俺も何でもないよ。アルコール初心者の塩田くんが潰れちゃわないようにしないとな、ってこと」 「あ、ハイ。気をつけます」 確かに。飲みなれてないせいかもしれないけど、まだ1杯目なのになんだかふわふわする。 久しぶりに見た結城さんの冷めた目に、高揚しているだけかもしれない。 「遅番の退勤時間に合わせて場所変えて二次会しまーす。隣のビルのカラオケ集合でお願いしまーす」 幹事の社員が会費を集めて回る。俺は尻ポケットから出そうとした財布を床に落として、かなり酔っている状態だと気付く。 「バイト組はいらないよ。送られる子達から金取れないだろ」 そう言って落ちた財布を拾ってくれる結城さん。 結局あれからずっと隣で飲んでたけど、嫌いな人間に自ら近付くなんてドMなのかこの人。マジ読めねぇ・・・。そういうとこに惹かれてる俺も俺だけど。 「すいません。ゴチです・・・」 財布を受け取って立ち上がるけど、頭痛と吐き気に襲われて俺はまた椅子に腰を下ろす。 「大丈夫? 最初はみんなこんなもんだよ。トイレまで歩ける? 吐けば楽になるから」 「・・・ぅ、ハイ・・・」 なんだかんだで結城さんに飲まされた気がするんだけど・・・。嫌いな奴の潰れるとこ見たかったとか? とにかく気持ち悪くてもう限界だ。 結城さんに支えられて居酒屋のトイレへ。 めいっぱい胃の中のものを吐き出して口を濯いでトイレを出ると、待ってくれていたのか結城さんがスマホ片手に壁に寄りかかっていた。 「すいません。もう大丈夫です」 「そう? 吐き気は治まっただろうけど、頭も痛いだろうししんどいだろ? ジムで休んでから二次会行こっか」 「え、でも・・・」 「幹事には連絡しといたし大丈夫だよ」 にっこり笑って歩き出す結城さんの後を追う。 居酒屋から歩いてすぐのビルにあるジムへ行くのに、結城さんは何故か迂回して歩く。 ジムへ着くと遅番の社員は既に誰もいなくて、防犯用につけられたままの薄暗い青のライトだけがフロアを照らしていた。 「少し横になったほうがいい。水持ってくるよ」 ロッカールームの中央に置かれたベンチに、言われるまま腰掛ける俺。 結城さんてこんなに優しかったっけ? 親切でいい人だと思ってたけど、視線はいつも冷めててふとした時に見せるあからさまな態度で嫌われてると思ってた。 もしかしたらそれは俺の勘違いだった? だとしたら俺が彼に惹かれたのも勘違いで・・・ 「ハイ水」 「あ、りがとうございます」 キャップを開けて手渡されたペットボトルの水を飲むと、「ん」と結城さんは再びそれを俺の手から取り上げ蓋を閉め床に置き、隣に座って黙り込む。 なんだ・・・? 特別親しくもなかった俺にここまでする意味がわからない。違和感すらある。静かすぎる空間が心地悪くも感じる。 「あの、結城さん。俺ほんと大丈夫なんで」 「フロントのさ、葛西さん。どう思う?」 「は・・・かさいさん、ですか? 別になんとも。明るい人だな、くらいですけど」 「じゃあさ、前にバイトでいた中尾さんは?」 「なかおさん・・・」 葛西さんの前にフロント担当だった大学生バイトで、俺がバイトを始めてすぐに誘われて一度セックスした事がある女性だ。その後 彼女はすぐにここを辞めた。 「あんまり覚えてないです」 「そう。実はさ、付き合ってたんだよね俺。中尾さんと」 「え!?」 嘘だろ。彼女も結城さんもそんなのひとことも・・・ 「浮気したんだろ? お前と」 「・・・」 正直に言うべきなんだろうけど咄嗟に言葉が出ない。 「俺 葛西さんもさ、いいなと思ってんだ。なのにあの子、どうも塩田くんを気に入ってるみたいなんだよね。・・・お前ホント目障りだったんだよ」 「ぅ・・・っ」 ベンチに押し倒されて、鎖骨の上を押さえ付けられ上半身の身動きを封じられる。 「お前みたいなのは、女抱けない体にしてやったほうが世の中の為だよ、なあ?」

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