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第37話

 どっしりとしたウォルナットの机が悲鳴をあげるほどの頭突きによる痛みで、少し雑念が消えて脳がクリアーになったような、無駄に脳細胞が死んだだけのような。  征一郎は脱線しかけた軌道を元に戻す。 「(回想すべきはその後のあいつの顔だろ)」  衝動的に押し倒した相手は、想像だにしないことが起こったというような顔をしていた。  お陰で頭が冷えたわけだが、あそこで更に行為を促すような態度や言葉があれば、もう少し別の展開になっていたはずだ。  ……あの表情。  本当にそんなつもりは一切なかったということなのか?  自分の精液はエネルギーにならないというようなことを言っていたのに、あの行為に性的な意味が含まれていなかった場合、釈然としないものはあるが、ちびの本意でない行為はしたくない。  だが、何の意思表示もせずに受け身でいれば、ちびはまた『してもらっている』『迷惑をかけている』と気にし続けるのではないか。 「…………………………………………」  堂々巡りの思考に、征一郎は眉間の皺を深くして唸った。  再び部屋の外では。 「お、お前が報告行けよ」 「いいやお前が」  でかい図体の男二人が、未だ尻込みを続けていた。 「ジャンケンで決めるか」 「いや俺ジャンケン弱いからあみだくじにしようぜ」 「あー!何で今日に限って篠崎さんも一之江さんもいつも事務所で暇そうにテレビ見てる葛西さんまでいないんだよ~!」  二人は頼りになる(一部除く)兄貴分達を思い浮かべた。  若頭の篠崎ならばこんなとき、組長の暗黒に怯んだりしないだろうし、舎弟頭の一之江は冷静で頼りになるし、本部長の葛西は基本的に空気を読まないので平気で部屋に入っていけるだろう。  自分達のような繊細なハートでは、これ以上この暗黒にさらされていたらショック死するかもしれない。 「お前いつもオヤが優しいからうちの組にいる奴らは幸せだって言ってんだろ」 「お前だっていつも似たようなこと言ってんじゃねーか!」 「優しいんだからビビることはねーはずだ!」 「優しいっつっても俺らのことはフツーに怒るだろあの人!」  醜い押し付け合いに決着はつかず。 「じゃ…じゃあ二人一緒に行くか」 「そ…そうだな!赤信号みんなで渡れば怖くない!」  ぐっと拳を握りしめたリーゼントに角刈りは少しだけ冷静になった。 「そんなこと言ってってから兄貴に殴られるんだと思うけどな?」  赤は止まれである。  二人はせーのでドアをノックした。 「あっ…あのー…」 「駄目だ面倒くせえ!」    ばんっ!  征一郎の大きいな独り言と、机を打って立ち上がった音の衝撃で、リーゼントとチンピラはふっと意識を失って倒れた。  部屋の中では、ループに疲れた征一郎が、結論を出しつつある。 「(グダグダ考えんのは性に合わねー…。ちびのことはちびにしかわかんねえし、あの親父が何か企んでたらもはや俺にはどうしようもねえしな…)」  ここで一人延々と考えていても、全て征一郎の勝手な想像でしかない。 「(直球で聞くしかねえだろ)」  それがどんな結果になろうとも、『その時はその時』である。  アニマルの命にかかわらないことはアバウトな征一郎だ。 「そうと決めたらさっさと帰るためにも仕事に励むことにするか…」  部屋を出ると、そろそろ報告に来るはずだった部下が廊下で昼寝をしているではないか。 「ってオイ、お前ら何寝てんだ!報告はどうした!?」  それが自分のせいなどとは露ほども思わず、征一郎は哀れな舎弟に雷を落とした。

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