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第44話
まずは名前でも聞こうと口を開きかけた隆也だったが、近付く人の気配を感じたので断念し、警戒してそちらを窺う。
「ちび太ー?いるの?」
ゆっくりとした足取りで角を曲がり姿を現したのは、芳秀、征一郎に次いで目障りな相手で、思わず「げっ神導」と正直な呻き声が漏れた。
横で少年も「神導さん」と呟いている。知り合いのようだ。
「よかった、いたんだ。って、何故樋口隆也と一緒?」
近くまで歩いてきた神導は、少年と隆也を見比べて秀麗な眉を顰めるが、不愉快なのはこちらの方だと言いたい。
この少年がこんな気持ちの悪い奴の知り合いだったなんて。
「まさか……こいつお前のペットか何かなのか?」
神導は裏でどんな汚いことをやっているのか無駄に金儲けの上手い奴で、忌々しいことに幹部の頂点にいる。
今金回りのいいヤクザは大概ドラッグをシノギの中心にしているが、こいつは違法な商売は一つもしていないという。
大方、金のあるジジイにでも尻を振っているのだろう。幼いころから芳秀の愛人をしているという噂もある。
隆也からすれば男がどれほど綺麗な顔をしていようと気持ちが悪いばかりだが、そういうのを好む権力者は少なくない。
経営する裏のクラブで、自らショーをすることもあると聞いている。
この少年が神導の持ち物……商品だったとしたら、先程の『ドキン』はむしろ陰謀の可能性が。
さりげなく後退しつつ訊くと、神導は「ちょっと」と不服そうな表情になった。
「なんかもう少し違う関係浮かばないわけ?」
「M奴隷か?」
「そんなに僕に調教されたいんだ。ふーん……」
不穏な空気に、隆也は少し怯んだ。
そんな己に苛つくが、しかしこの男は襲名披露の折、陰口を叩いた幹部の腕を日本刀で切り落としたりするようなイカれた奴だ。
腰抜けの征一郎よりも神導の方が芳秀の実子なのではないかという噂は、流れるべくして流れているものである。
用心するに越したことはない。
警戒する隆也に、神導は日本刀を持ち出したりはせず、少し雰囲気を和らげて肩を竦めた。
「残念ながら違うよ。でもまあ君の物にはならないから」
「お前の物でもねえのに何でそんなことが言えるんだよ」
こんな言い方をするということは、この少年は幹部のその上、つまり会長である芳秀の物だということか。
匂わされた事実に、隆也は眉を寄せる。
愛人か、それとも隠し子か、疑問は聞こえてきた足音にかき消された。
「ちび?おい月華、いたのか?」
征一郎である。
その長身が見えた途端、隆也の横を小柄な影が駆け抜ける。
「征一郎……!」
少年は一直線に征一郎の方へと走っていった。
キラキラした瞳は、自分に向けられたものとは明らかに輝きが違う。
「ちび。悪かったな、一人にしちまって」
「ううん……。大丈夫」
年端も行かぬ少年が長年宿敵としてきた男の腰に抱きつき、すりすりと猫のように額を擦りつけて甘える様を目の当たりにして、隆也は色々な意味で見てはいけないものを見てしまったような気持ちになった。
……何だコレ。
こいつ、あまり女の噂を聞かねえと思ったらこういう……。
すすけていると、神導がにたりとする。
「そういうわけだから」
言いたいことはよくわかったが、釈然としない。
「何でてめえが得意気な顔してんだ」
「僕はいつでも誰に対しても得意気だよ」
「うるせえふざけんな!」
これだから、黒崎芳秀とその身内は嫌いなのだ。
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