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第50話

■都内某所 征一郎宅 寝室  征一郎は、寝起きがいい。  恐らく幼い頃からの習慣だろう。かつて黒崎の屋敷では、両親が毎日早朝から家を大破しながら死闘を繰り広げていたので、闘いが始まる頃には起きて、巻き込まれない場所に避難しなければいけなかったからだ。  母が亡くなってからも、芳秀が何か楽しいこと(つまり本人以外の人類にとっては迷惑でしかないこと)を思いつくたびに「征一郎様、会長を止めてください!」と若衆が泣き付いてくるので、家でゴロゴロした経験などほぼない征一郎である。  それに比べて今は……。  目の前に、寝息を立てるちびのつむじがある。  安らかな寝顔を見ていると、つられてこのままもう一眠りしてしまいそうだ。  極道として生きていくことを選んだ以上、自分に平穏な生活など一生訪れないと思っていたというのに。  これに慣れてしまってはいけないと己を戒め続けていたが、今はわからなくなっていた。  失うことを恐れて遠ざけることは、ちびのためにはならないのだ。  目が覚めて一番にやったことは、腕の中で眠るちびが熱を出していないか確かめることだった。  首筋や額に触れてみるが、前回のような発熱の兆候はない。  『中はやめておこう』と思っていたのについやらかしてしまったので、無事な様子に大きく安堵しながらも、では一体熱が出た時と昨晩の違いは何なのかと不思議に思った。  とりとめのないことを考えながら、柔らかい頬を撫でる。  寒い日に布団の中に入ってきた猫にするように撫で続けていると、ちびはくすぐったそうに身じろぎした。 「ん……」  ぱしぱしと瞬きをすると、至近の征一郎を見上げてふにゃっと笑う。 「せいいちろ……おはよう……」  起こしてしまったようだ。  無遠慮に触っていたので決まりが悪く、小さく「おう」と返す。  ちびは緩慢な動作で身を起こした。 「…朝ごはん、食べる…?」 「俺のことはいいから、寝てろ。今は一応熱はないみたいだが、無理するとよくないかもしれねえだろ」 「でもおれ……大丈夫だから……」  言い方が悪かったのか、ちびはしゅんとして俯いてしまう。  とてもしょんぼりした様に征一郎は滝汗をかいた。 「わ……、わかった。無理はするなよ」  心が弱すぎるだろ、俺。  演技でこれをやられたら、虚偽だと見破っていても己を貫き通す自信はない。  ちびはわがままを言ってしまったと思っているのか、本当にいいのだろうかとこちらの様子を窺っている。  仕方がないと征一郎は一つ咳払いをした。 「あー…何だ。この後のことだが……シャワーを浴びようと思うんだが、お前も洗ってやろうか」  唐突な話題転換だったが、目を見開いたちびは、やがてじわりと表情を綻ばせる。 「うん……!」  目も眩むほどの笑顔だった。

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