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【ド短編】まさら

陶器並みに白い肌と白い髪に赤い隈取のある青年が謎の少女に村を案内される。 18禁ではない全1話の和風リハビリ作。 流血表現/モブ姦を匂わす描写/明確に明るい展開ではない。  白髪に陶器と表現しても大袈裟ではないほど白い肌をした青年・真白(まさら)は案内されるままに歩いた。そこは霧のかかった道で、栗色の髪を馬の尾のように垂らし襟巻に顎を埋める少女の案内なしでは迷ってしまいそうだった。滞りなく歩いているつもりだったが灰凪(はせな)と名乗っていた少女は突然足を止め、真白(まさら)に振り返った。彼女は真白(まさら)の雪の降り積もる山の湖のような瞳を見ることはなく、その下にある赤い縁取りを不躾に眺めた。それから冷たい手で真白の顎を捉えた。風が吹いて、からからと村の道標に吊るされた頭蓋骨が2つ鳴った。  真白(まさら)は村を見て足を止めた。栗色の髪が揺れ、少女との距離が開いていく。見覚えのある村だがよく覚えてもいなかった。灰凪(はせな)は真白に気を回すふうもなく一度振り返りはしたがそのまま村の奥に進んでいった。風が吹いて、妙な匂いが鼻に届いた。獣臭い、生臭いものだった。家々はただ建っているだけといった感じで人気(ひとけ)はなかった。しかし小さくなっていく背中に視界の端から人影が飛び出していった。灰凪(はせな)の後姿がよろめいた。2人は何やら揉み合っているようで、灰凪を突き飛ばすでもなく、彼女の身体のすぐ真横で踏ん張るような体勢を取っていた。すぐさま弾かれるように逃げようとした人影を彼女は掴み、腹から道具を抜いた。そこから赤い飛沫が散る。真白はただその様を見ていた。瞬きを2回、3回。灰凪の右手にある器物が人影を薙ぎ払う。瞬きをさらに何度か繰り返す。少女の身体が地面に崩れて落ちていく。真白はその砂利が擦れるような音を聞いてやっと走り出した。  灰凪(はせな)に案内されたのは広い屋敷だった。布団を敷こうとする真白(まさら)を止め、畳にゆっくりと寝転がる。藺草(いぐさ)の目に腹から流れた血が留まった。 「大丈夫ですか」  真白は首を転がす灰凪の目を見ていた。彼女は脇腹を押さえ短く笑っていたがふと汗に濡れた顔を引き締めた。 「長くない。今から言うことを聞いて欲しい」  畳に広がっていく赤い池は面積を増やしていくばかりだった。 「兄を救って欲しいのだ」  灰凪は部屋の方向を指した。 「羽黒(はぐろ)という。お前様と同い年だ。この家の次男で、長男と血の繋がりはない」  彼女の口元がわずかに緩んだ。膝で組んだ手に血で汚れた手が乗る。 「お前様に任せたい」  灰凪は真白の色のない肌に乗せた赤い手を震わせた。活気のあった目はいくらか動きがぎこちなくなった。 「羽黒とわたしはね、この家の子に…なったんだよ」  求めている答えと違っても真白は頷いた。彼女は話を区切るたびに重ねた手を震わせた。触れ合っていないほうの手がまた別の方向を指す。そこには黒く塗られた頭蓋骨が置かれていた。上質な布がまるで座布団のようになってそこに鎮座している。 「あれが、長男だ。だから今は羽黒が…長男。この村の唯一の生き残り」  乾いた血が彼女の手と真白の肌の間を貼り付ける。天井を朦朧としながら見つめ、長く深い息をしていた灰凪はしっかりとした目でまた口を開いた。 「ここの村人は…この家を恨んでいた」  話をよく聞けとばかりに掴まれた腕が揺すぶられる。 「羽黒は村の嫁と呼ばれて…精一杯尽くした。精一杯…恨みを、その無垢な身体で払った。長年の…恨みと、憎しみと、怒りと、狂気と、鬱憤を…」  青白くなっていく顔と虚ろになっていく目。灰凪はそこに真白が居るのか不安になったようで、汚れた腕を掴む手の力が強まった。 「お前様…羽黒は無垢な男だ。好い人もいた、2人とも働き者だった、わたしも良くしてもらった。家の人柱にされたからといって一体何の咎がある?醜い欲に晒されたからといって…?」  灰凪は深く息を吐いた。 「わたしのことはもういい。羽黒を看てやってくれ」  真白は力の弱まった手を外し、畳の上に置いた。真っ黒に塗られた頭蓋骨の双つの大きな窪みが真白を静かに見ていた。羽黒のいるという隣の部屋へ移動する。日当たりがよく、障子も抵抗感なく開いた。布団の上に青年が寝ている。目蓋は閉じているが重ね合わせた白く細い指が解かれる。 「どなたです」  彼は目蓋を閉じたまま上体を起こした。袖から伸びた白い手首には染みとなって傷が幾重にも黒ずんで残っていた。 「朱緋(あけひ)ではありませんか?」 「いいえ。真白(まさら)と申します」  目蓋を下ろしたままその青年は緩く首を動かした。 「近くに来てください。顔をよく見せて」  真白は言われるままに布団の脇に膝を着いた。真白よりは人の血肉の色を持った白い手が伸びた。閉眼したままの青年は鼻や頬、唇や輪郭に触れた。 「名は何と言いますか。灰凪(はせな)にはもう会いましたか」 「真白です。つい先程会って参りました」 「ええ、ええ…(わたくし)は羽黒と申します」  羽黒は投げやりに相槌をうった。激しい戸惑いにその手は自分の乱れた胸元に縋っている。 「歩き方が知り合いによく似ていたものですから。本当に、朱緋(あけひ)ではないのですね?」 「はい」  真白は羽黒の前に座り直した。目蓋を閉じたままの彼は困惑を隠さなかった。 「本当に…?」 「はい」 「少しだけ…安心しています。少しだけ…」  青年は俯きがちになって、呟くように言った。 「外はどうなっています?お義兄様が亡くなってから、外に出してもらえなくて」 「人っ子ひとりおりません。霧に包まれて、家には蜘蛛の巣が張ってあります」  青年はくすくすと控えめに笑った。 「そんなはずありません。まるで灰凪(はせな)のようなことを言うんですね。でも、ありがとう」  羽黒は掌を真白の目の前に突き出した。 「手相を見せてください。それで大体、貴方がどんなお方か分かります」  真白は簡単に折れそうなその掌に自分の手を乗せた。すると淡雪のような指が真白の手相を揉みながら小刻みな皺を辿る。しかしすぐにその手は止まってしまう。梅の実のような目蓋が真白を見上げる。 「ごめんなさい、おかしなことを言いますが…少しだけ…ご苦労はおかけしません。ただ、少しだけ…」  羽黒は真白の胸に撓垂(しなだ)れ掛かった。その細い肩が落ちないよう、汚れていない腕で支える。 「知り合いに似ていたものですから…ああ、(うたぐ)っているわけではありません。あの人は、鶏の屠殺も出来ませんでしたから…」  真白は自身の腕や服にべったりとついた暗赤色を確認する。匂いは特にしなかった。 「私のことを風の噂で聞いてしまったのかも知れませんね」  羽黒は真白の胸元に頭を預け、匂いを嗅いだ。首を伸ばし背を反らして真白の肩にまで辿り着く。 「他の村に櫛を売りに出掛けたきり、帰って来ないんです。灰凪(はせな)は村人みんなが居なくなった、なんて言うんですよ。そんなわけ、あるはずないのに」  羽黒は真白の着物に顔を埋め、頬を擦り寄せる。 「ごめんなさい。同じ匂いがして、思い出してしまって。人嫌いな灰凪(はせな)が何故貴方様をお通ししたのか、分かるような気がします。もう…するつもりはなかったのですが、貴方様なら私…」  羽黒はやっと真白の胸板から離れた。乱れた寝間着の襟元を開いていく。 「あの…暫くは、無かったものですから…あまりよろしくなかったら、ごめんくださいませ」  白い手がべったりと血で染まった手を取り、自身の胸元まで導いた。震えが伝わる。真白は滑らかな布の質感に掌を当てただけですぐにその腕を引いた。閉ざされた目蓋の上で眉が歪んだ。そして糊塗(こと)するように小さく笑む。 「…少しだけ、昔話に付き合ってください」 「はい」  羽黒は血で汚れた真白の手を握ったまま、揉んだり撫でたりしていた。 「この村には…山の神様に生贄を差し出す慣例(しきたり)があります。時期や間隔はまちまちで…村人の寄合で決まるんです。私たち兄弟が引き取られたのもいつかそんな日が来た時のためのものでした」  そのうち彼は真白の汚れた手の甲を頬に摺り寄せはじめた。真白は手を引こうとする。しかし羽黒はそれを拒んだ。 「離れていったきり帰ってこないのか、それとも私のことを知ってしまったのか…会いに来ない知り合いへの恨み言ではなくて……あの人はまだ元気にしているのかと…」  彼は焦り、早口になった。まだ真白の指を掴んでいる。 「おそらく私は、次の生贄に選ばれます。そんな気がするんです。もう村人たちの中での利用価値がなくなったようですから。生贄は、生きたまま焼かれます。その煙を山に流すんだそうです。生命力の象徴として、若い男が選ばれます。前日の夜には村の娘と営んで…」  羽黒は顔を覆って、また真白の胸板に味を預けた。 「きっと次は私です。貴方様が現れたのも何かの兆し…どうか私をお抱きください」  真白は咽ぶ羽黒の背を摩った。腕の中の身体は強張った。そして真白は徐に立ち上がる。 「お待ちください…お待ちください!」  真白は灰凪の元に戻っていった。曇天の日の田んぼのような目が天井を映している。 「村のおっさんどもが…お前の(あん)ちゃんはまたオメコ中だって……言ったんだ」  抑揚のない声はぼそりぼそりと話した。 「お前の兄ちゃんは…一生オメコするしか、生きてゆかれないって……お前の兄ちゃんは…オメコするって本当か…って」  真白は灰凪を見下ろす。灰凪は目を閉じた。 「許せなかった…1人殺した…義兄もそのうち…羽黒を襲った…2人殺したら…(たが)が外れた…みんな憎くなった。みんな…みんな羽黒を、一生…"オメコさせる"つもりなんだと思った……」  灰凪は目蓋を痙攣らせた。 「偏狭の…若肉(わかしし)啜る…屯ろ蝿……」  真白は血の汚れが少し落ちた手を見ていた。 「僕は誰なんですか」 「…朱緋(あけひ)…羽黒の、好い人……オレの、好きだった人…」  閉じていた目蓋がわずかに持ち上がり、もう暫く経っても動かなかった。真白は彼女の着物を暴く。詰め物がこぼれ、平たい胸が露わになる。解いた襟巻からは喉の隆起が見えた。真白はまた羽黒の元に向かった。彼は顔を覆って泣いていた。 「私は地獄に行きます、私は地獄に行きます…私は…っ」  真白は羽黒の顔から手を離させた。伏せられた長く濃い睫毛に涙が絡んでいる。痩せた身体を抱き上げると彼は足を動かして暴れた。 「嫌です!乱暴はやめてください、乱暴はよしてください!」  真白は強く羽黒を押さえ、やがて抵抗をやめた。人気(ひとけ)のない家屋の間を縫う。朱緋という黒煙になった青年を探った。山に捧げられた血潮は山から村へ還ってきた。黒い煙が村のあちこちに渦巻く。同じ顔をした青年たちが4人、5人と増えていく。快活な雰囲気の浅黒い肌の青年だった。顔中に傷を付けて赤い着物がよく似合っている。彼等は真白の腕の中にいる羽黒に気付くと一斉に押し寄せ、彼を親しげに呼んだ。羽黒は困惑しながらも真白の腕から降り、無数に伸びる腕に呑まれていく。そして白い寝間着は近くの家に連れ込まれていった。真白はふらふらと歩いて家に干柿を吊るし、牛を置き、米俵を積んでいく。  風が吹く。からからと入口の頭蓋骨が鳴る。

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