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太陽と月6 ※(最終話)

 王城の控室へ戻ると、ラロが素早く僕の衣服を脱がしにかかる。もう時間が無いので恥ずかしがっている場合じゃない為に、僕は待機してくれていた侍従たちに大人しく身を委ねた。   「遅かったな」   「あはは〜ちょっとミルティア様に絡まれてしまいましてね」    ルストスの言葉にエディの顔色が変わる。   「大丈夫だったのか?」   「はい。ルストスが助けてくれましたから」    脱衣の合間になんとかエディに返事をする。ルストスが後の説明は引き継いでくれたようだ。僕はドレスを着付けられ、そちらに構う余裕が無くなってしまった。  侍従達は当然手際よく手伝ってくれるが、僕自身が動いた方が早く着ることができるものもある。基本的には以前陛下との謁見で着たものと似たようなタイプのドレスだ。  僕は華奢な方だけれど、肌を多く露出すればやはり男だと分かり、ドレスが不自然に見える角度もあるので、今回はできるだけフリルやレースで肌を隠すデザインになっている。当然刺繍もふんだんに入っており、生地の色は暖色系でエディの正装に合わせてあった。    髪も少しふんわりとした形に結い直して多めに横髪を垂らし、花の髪飾りをつける。靴のヒールはやはり少し低めのものにしてもらった。転んでは元も子もないからだ。更に当然今回は手袋をしない。    侍従たちと事前に着付けの練習を重ねていたこともあって、思いの外早く終わった。椅子から立ち上がる僕を見て、エディ達も話を切り上げる。   「お待たせしました」   「フィル……今日も本当に美しい」   「え、エディも……かっこいいです」    僕が恥ずかしくなって目を逸らすと、精霊の合図を聞いたルストスがもうホールに向かおうと提案してきた。僕はエディに手を引かれ、ルストスは嫌そうにお兄様の手を取り、会場へと戻る。  そこにはルシモスが待っていて、僕たちをタイミング良くホール内へ導いてくれるのかと思ったのだけれど……ルストスを険しい顔で問い詰め始めた。   「ルストス!まさか……お前は……王妃を……」   「兄様……決して、悪いことをしたわけでは……」   「分かっています。ただ、このようなこと……陛下はご存知なのですか?」   「……いいえ」 「お前は……本当に……」    ルストスの返事に兄は悲痛な面持ちになり、やがて諦めたように扉の前から退いた。   「上手くいくかどうかは……本人たち次第です。兄様も、ウィリアム様のお相手がおられないことは良くないと分かっておられたはずです」   「ええ……ですが、私が言いたいのは……お前が誰に相談することもなく、それを行なったことについてです。いいえ……分かっているんですよ。我々はアーニア様に近過ぎる。話すことによって今回の未来が変わった可能性も分かります。ですが……お前は」   「……心配してくださって、ありがとうございます、兄様。僕はちゃんと大丈夫です」   「……中でアンジェリカ様が演壇の用意をしてくださっています。まずはそちらで挨拶を」    ルシモスはため息をついて扉を開けてくれた。僕はルシモスこそ心配になってそちらを見ようとしたけれど、エディに今は駄目だと言われて我に返る。そうだ、僕はこちらに集中しなければ。ルシモスにも振る舞い方の練習に付き合ってもらったのに、台無しにするわけにはいかない。    僕たちが貴賓席の近くに用意された舞台に上がると、ウィリアム様が来られてまず僕たちを紹介してくださった。それからエディが僕の素性を話し、お兄様が挨拶をした。僕もその後挨拶をして……緊張したけれど、ちゃんと練習通りにできたと思う。    こうして僕がオルトゥルム王族であることが明かされ、見た目からも分かるようにエディと半身になったことも発表された。フレディアル家のことや、僕の母の名前については結局伏せられることになった。  ただ白竜の御子として色素がなく異色な見た目だったとわかる僕が、至純としてエディの色に染まっている為に……貴族たちからも僕の素性について疑問が投げられることはなかった。まあ、小声でどんな噂をされているかまでは分からないけれど……    いよいよ僕たちが踊ることになったとき、ウィリアム様が手袋を外してアーニアをダンスに誘った。アーニアは戸惑いつつも、自分も手袋を外してそれに応える。閑吟のルストスがオルトゥルムの王子であるアルヴァト兄様を接待し、リグトラントの太陽は半身と踊る。  その光景は負の噂話をしていた人たちの口を噤ませた。  女性嫌いの皇太子殿下の新しい一歩も、オルトゥルムとの新しい絆の片鱗も……それらは全て精霊国リグトラントの明るい未来を期待させるものだったからだ。  僕はしっかり練習の成果を出し、踊りきった。その後はエディのそばに寄り添って、皆に教えられた通り柔らかく微笑んでおく。そうしていると僕のことを睨む目の数は、少しずつ減っていった。      レアザへ戻ってきた頃には、僕はかなりくたびれていた。忙しい一日の最後に重いドレスで踊ったのだから、当然といえば当然なのかもしれない。  僕はドレスを脱ぐのにも時間がかかるため、先にお兄様に湯浴みをしてもらい、エディと一緒に楽な格好になってのんびりと湯殿が空くのを待っていた。   「今日は疲れただろう。頑張ったな、フィル」   「ん……はい。そうですね……」    ドレスの一番下に着る、本当にシンプルな白のワンピースのみになって、僕はベッドに寝転がっていた。そうしていると寝てしまいそうだったけれど……エディの方はまだ元気そうだ。やっぱり元々の体力が違うなぁ。僕も運動を頑張っているんだけど……  ベッドに腰掛けていたエディが僕に覆い被さり、手を重ねてきた。   「疲労も、治せたらいいんだが……」    魔力交換による治癒は、傷や毒、痛みを消せても、体に蓄積した疲労や悪性の腫瘍などを取り除けるわけじゃない。僕はここ最近はずっとダンスの練習で疲れていたし、疲労からくる痛みは誤魔化せても……正直なところ、いつまた熱を出すのではないかと不安な気持ちもあった。  僕が何か言おうと口を薄く開くと、そこへエディが己の唇を落としてきた。手と同じくしっかり重なる唇、口内へ入り込む熱い舌から……エディの魔力が流れ込んでくる。   「ん……んッエディ……」  疲労自体は消えていないはずだけれど、魔力交換の作用で足や体の痛みはぼやけていった。以前、朝のルシモスの診察の前に魔力を流すキスをしてしまって、問診で体の不都合を何も答えられなくなってしまったことがある。あのときは二人でルシモスに苦言を呈された。  僕は魔力の行き来に気持ち良くなってきて、頭がふわふわし出したけれど……慌ててエディから逃れるように動いた。   「フィル、逃げないでくれ」   「お……お風呂に、入れなくなってしまいますから……皆に見られるのは、流石に恥ずかしいです……」    僕が腿を撫で上げるエディの手を思わず股に挟んで止めるが、既にほとんど力が入らない。当然エディは何食わぬ顔でそこから抜け出し、緩く反応を示す僕のものを手の甲と指でそっとなぞった。   「あッ」   「今日は、二人で一緒に入ろうか」    エディの指の関節が、敏感な筋を擽る。もどかしくて、くすぐったくて、僕は涙目になってエディを見上げた。   「い、今一緒に入ったら、僕は……」 「ふふ……別に構わないだろう?」   「も、もう……立てないですし……」   「それこそ、問題ないな」    エディは身を起こすと、ベッドでくたりとしていた僕を抱き上げ、魔法で扉を開けながら一階に下りた。兄様はもうお風呂からは出ていたみたいだ。ほっとしたのも束の間、控えていた侍従達もエディが下がらせてしまう。……本気で二人きりで入るつもりのようだ。  広い脱衣室には、僕が定期的に侍従たちからマッサージや手足の剃毛を受けている革張りのベッドがある。エディはそこへ僕を座らせると、まずは自分が服を脱いだ。均整のとれた美しい肢体が露わになって、性懲りも無く見惚れる。   「エディの身体は……やっぱりすごくきれいですね」   「……そうか?俺はフィルの方が余程綺麗だと思うが……」     そう言うので僕もふらつく足で何とか立ち上がり、ワンピースと下着を脱いだ。薄金の髪が背中にかかる。エディと比べると随分と貧相な身体だ。  エディがそっと手を引くのでついていくと、脱衣室の大きな鏡の前に連れてこられた。二人で並んで見ると……肌の色からしてまるで違う。染まったはずなのに未だに生白い僕の肌と、健康的な色のエディ。僕は髪も未だにエディよりはるかに薄い金色だし、エディのような赤い差し色もない。瞳の色も近付いて見なければほとんど左右の違いが分からないだろう。   「やっぱり白竜の御子だから、こんなに白いのかなぁ……筋肉もつかないし」    僕が鏡の中から実際の自分の体の方に視線を動かし、白い二の腕を摘んで呟くと……後ろからエディの手が絡んできた。   「ん……エディ……?」   「綺麗な色だ。初めて見たときからずっとそう思っていた」   「初めて……?」    そういえばずっと聞きそびれていた。エディは一体いつから僕のことを……そう尋ねようとして、鏡越しに目を合わせた。くせで魔力を視ようしてしまったけれど、鏡には魔力までは映らない。それどころかエディには僕がやろうとしたことがバレてしまう。   「ふふ……フィル、鏡もガラスに金属を薄く塗ったものだから、魔力は映らないよ」   「う……あの……」    僕はちらりと振り返ってエディを見上げた。優しく穏やかな魔力の揺らぎ。この感情の名前を、僕はもう知っている。   「エディは……いつから僕のことを……」    そう言うと、エディが妖しく笑って僕の身体を撫でた。鏡に全部映って見えてしまうので、あまりにも恥ずかしい。思わず身を捩って体ごとエディの方を向いた。見上げると当然のように唇が降ってくる。   「……最初から」   「最初から?」   「初めて見たとき、フィルの美しさに目を奪われた」   「えっ!?初めてって……あの夜にですか?」    僕が驚いて目を見開くので、エディはおかしそうに笑った。   「そうだ。一目惚れだった。そう言っただろう」   「あ、あれは、だって……そういう事にするって……言ってたから……本当だとは思ってなくて……」   「本当だよ。その後、フィルの刺繍を見て……心から愛しいと感じた。俺がそばで暮らしの手助けをしたい、ずっと共に生きていきたいと……その時点で思っていたんだ」   「う……ぁ……」    僕は真っ赤になって俯いた。嘘は言ってない。それどころか、答え合わせになってしまった。あの夜、僕の刺繍を眺めるエディの中に見た、さざ波のような穏やかな魔力の揺らぎ。あれは……そういうことだったんだ。  そんな……そんなことって、あるんだろうか。じゃあ僕は……なんにも心配する必要なんてなかったんだ。至純だからそばに置いてくれたわけじゃ、なかったんだ…… 「……俺は最初から、自分のやりたい事しかやっていないよ、フィル。ノルニで出会った時から……どうやって君の気持ちを手に入れようかと……そればかりを考えていた」   「エディ……僕は」    自分のことを話そうとしたところで、くしゃみが出た。エディが苦笑して、僕の背を押し、浴場へ向かう。   「すまない、風邪を引いてしまうな。フィルの話は後でゆっくり聞かせてくれ」   「ん……はい」    返事をして何も考えずお風呂に入ってしまった。  身体に湯を掛けてから浴室用の椅子にそれぞれ腰掛け、まず髪を洗った。そこまでは良かった。そのあと……僕の背後をとったエディが僕の身体を洗い始める。その手付きに思わず身体が跳ねた。   「エディ……ッだ、だめですよ……さ、触り方が、あっ」   「……そういえば初めて一緒に浴室へ入ったのは、フィルが転んだときだったな」  そんなことを言われてしまえば、たちまち別の羞恥が沸き起こって……僕は涙目でエディを振り返った。   「あ、あれは……忘れてください……」   「ふふ……あんな経験、忘れられるものか。あの時だって俺は必死だったんだ」   「……え?」   「本当はずっと、こうしたくて」   「あ!」    泡の所為で当然普段より滑りが良くなっている。エディに触られているとただでさえどこもかしこも気持ちが良いというのに、それが何倍にも膨れ上がる。  音の響く浴室に羞恥を感じながらも、僕は声を抑えることが出来なかった。   「あッ……ん……待って……エディ……ッ」   「フィル……どこを触って欲しい?」   「うぅ……っ」    耳の中に吹き込まれるエディの、いつもよりも艶を帯びた声に僕は脱力した。浴室用の椅子にそれぞれ腰掛けているのに、僕は背後のエディにほとんど寄りかかるような体勢になってしまう。   「どこが好きだ?」   「ん……ッあ」   「フィル……言ってくれなければ分からないよ」    そう言われても、エディの泡まみれの手が身体を這っているので、まともに話すことができない。態とやっているのだと分かる。僕は震える身体に力を入れて、何とか口にした。   「い、つも……エディが、してくれるところ……」   「どこだ?ちゃんと教えて、フィル」    エディの手がするりと僕の手のひらの下へ滑り込んで、僕は息を呑む。そんな……そんな恥ずかしいこと、出来っこない。そう理性が訴えかけるのに、熱に浮かされた僕の身体は意思に関係なく勝手に動く。  本当はもう焦らさないで、一番強く快感を得られるところを触って欲しい。でも、それではすぐに終わってしまう。それも熱に浮かされてしまった今ではなんだか惜しく思えてきて……僕はエディの手を、そろそろと自分の胸元へ持っていった。   「ここ……」    エディの手が僕の薄い胸板を撫でる。泡に埋もれた小さな突起をエディの手が掠めていく度、僕は身体をびくりと撓らせた。   「あ、ンッ、はぁ……っそ、こ……」   「……ここが好き?」   「ん、すき、すき……ぃっあ、あっ」   「……本当に、フィルは可愛い。堪らないな」  エディの指先が僕の胸部のふた粒を擽り、僕はいよいよもって自分の身体を支えられなくなる。   「はぁ……っエ、ディ……ごめん、なさ……」    身体ごと振り返って、横抱きにしてもらえるようにぐったりと凭れ掛かる。支えてもらいながらふと視線を落とすと……眼下に勃ち上がったエディのものが見えて、僕は思わず泡まみれの手をそこへ這わせた。途端に、焦ったようなエディの声が響く。   「待て、フィル……それは……」   「僕も、エディに触りたい……」   「……フィル……そんなに可愛いことを言われては、我慢が出来なくなってしまう……」   「いいじゃないですか、もう」    僕がそう言って手を動かそうとすると、エディに手首を掴まれた。憮然として見上げると、思いのほか切羽詰まった表情のエディがいて……目を離せなくなった。   「俺から手を出しておいてこんなことを言うのは悪いとは思うが……ここで最後までしたら、本当に……フィルが体調を崩してしまうよ」   「……でも、触れたいです。僕だって、いつの間にか……エディとこういう事をしたいって、思うようになっていて……だから」    僕がそう言うと、エディは瞠目した。困らせていると分かっていても、僕はいつもエディに翻弄されてばかりなので、今はエディの困惑も僕の妖しい悦びを煽る。  今度は僕が手の中に泡を立て、エディの身体に塗り付けた。首、腕……美しく筋肉が付き、誰よりも武勇を秘めたその身体を、僕だけが好きにできる。僕だけがその権利を持っている。そう思うと興奮した。  僕なんかとは比べるまでもない硬い胸板や、綺麗に割れたお腹を通り過ぎ、僕は再びそこを手にかけた。   「フィル……ッ」    珍しく余裕の無い声にぞくぞくして、僕は笑った。思わず魔力を見ると、暖色の階調が葛藤と困惑にのたうっている。   「ふふ、エディ……まだ悩んでいるんですか?」   「……ああ。フィル……さては、視たな?」   「隠し事をしても、全部分かってしまいますよ」    そろそろと窺うように手を動かす。そうするとエディは苦しげに息を詰まらせた。   「……ッフィル……やはり、だめだ。せめて上がってから……」   「……嫌ですか?」    僕が聞くと、エディは眉根を寄せて深く息をした。    「嫌なことは、ないが……しかし」   「本気で嫌なら、ちゃんと言ってください。エディなら、僕を押し退けることもできるでしょうし」   「……っまた、そんな……俺を試すようなことを言って……」    僕はエディとちゃんと向かい合い、脚の間に入るような格好で、両手をそこへ添えた。片手は下の膨らみをできるだけ優しく転がす。   「フィル……ッ……どこで、こんな」   「……エディが、僕にするでしょう?」    あまりにも当たり前の事だったので素直にそう言ったのに、エディは憮然として僕にも手を伸ばした。   「あっ!だめ、今……っ僕が、してるのに……ッ」   「フィル……俺にも触れさせてくれ」   「エディがしたら、僕は……何にもできなくなってしまいます……から……」   「……こんなに煽られてしまっては……俺も我慢ができそうにない。諦めろ、フィル」   「あっ!」    向かい合ったままエディに引き寄せられて、エディの膝上に座らされた。そうして背中を支えられれば、何度かしたようにお互いの中心が触れ合って、僕は堪らず身を震わせる。そこへ体や手から垂れ落ちた泡が絡み合って、快楽を得る助けとなる。   「ほら……フィル……一緒に触って」   「あ、あっだめ、だめ……ッすぐ、いっちゃうから……ぁっ」    僕はエディの肩に片手を置き、もう片方の手で口元を押えた。手についた泡が頬にも残ってしまったけれど、そうやって堪えるようにしていなければ、たちまち達してしまいそうだった。  一緒に触ってと言われたけれど……そんな余裕はとうになくなっている。涙目になって快楽に耐える僕にエディは苦笑して、更に体を引き寄せてきた。ほとんど抱きしめられるような格好だ。   「ん……エディ……?あっ!?」    するりと後ろに回ったエディの手が、僕のあらぬ所を撫で上げるので、僕は鳥肌を立てて身を震わせた。   「……一度泡を流そうか。中にはちゃんとしたものを使わなければ」    そう言って身体に湯がかけられる。泡が流れてホッとしたのも束の間、後ろにぬるりとした感触が走って動揺した。悔しいことに、いつも使っている潤滑剤だと分かってしまう。   「あ、あっ!な、なんで……いつの間に」    寄りかかっていた身体を起こそうとするが、力が入らない。僕はエディにしがみついて刺激に耐えた。   「ん、んっ……エディ……」   「はぁ……この体勢だと、フィルの可愛らしい顔が全く見えないな」    柔らかくなった後ろから指を引き抜かれ、エディに身体を持ち上げられる。乳白色のつるりとした石でできた湯槽に連れて行かれると、その縁に身体を下ろされた。冷たさに身構えていたけれど、お尻も壁に預けた背もそれを感じることはなく、石は温かかった。   「フィル、俺の首に腕を回して」   「は、はい……え?あ、あの……なにを……あ、嘘……待って、エディ」    背中を壁に預けたままエディに足を持ち上げられ、後孔に宛てがわれてしまって、僕は混乱する中ゆっくりとそれを飲み込む羽目になった。   「ん、あッ」   「フィル、ちゃんと支えるから力を抜いて」   「う……ぁあっ」    最初に感じる、どうしようもなく苦しい圧迫感のあと、すっかり覚え込んだ快感がじわじわと立ち昇ってきて……僕は震える腕で必死にエディにしがみついた。背中には壁があるし、エディに落とされる心配はしていないけれど……何だか、以前にも似たようなことがあったような……  思い起こそうとしたところで、記憶の中には明確な思い出は無かった。じゃあこの既視感は何なんだと考えようとするが、押し寄せる快楽にたちまち何も分からなくなってしまう。   「んっ!ぅ……ぁあっ!」    いつもより、深い……それが分かって、恥ずかしさと気持ち良さがない混ぜになる。深くまで押し込まれる分、強かに擦り上げられている気がして、僕は涙目になってその刺激に耐えた。  エディが僕を押し潰すのでは無いかと思う勢いで、噛み付くように口付けてくる。その間もゆっくりと腰を動かされるので……こんなの、おかしくなってしまう。   「ん、んぁ……あっ!」    エディの脚が浸かる湯が跳ねる水音の合間に、湿った肌同士がぶつかる音が混じる。立ち込める湯気の中、濡れた髪が身体に張り付く。エディの首裏へ回した自分の腕が、びくりと震えた。   「いっ……ぁ……あっ……!」   「フィル……ッ」    触れてもいないのに、僕の前からぽたぽたと白濁が零れる。同時に内部のエディを強く感じて、ますます身体が跳ねた。しばらくそうして、エディを感じていると……中にじわりと魔力が広がるのが分かった。体の芯がそれに呼応して、再び甘い波が訪れる。二人でそれに浸りながら、何度も唇を重ねた。   「ん……んっ……エディ……だいすきです。愛しています……」   「俺も君を……フィルだけを、ずっと愛している」  幸せだった。エディに最初からこんな気持ちでいてもらえたなんて……いますぐ過去の自分に耳打ちして、教えてあげたい。あの一人ぼっちだった頃の僕に。    すっかり力の入らなくなった身体をエディが支えてくれて、僕はクラクラし始めた頭で何とか行為の名残りを洗い流した。  部屋に戻り、何故か用意されていた水入りの桶を使って、エディが僕の額に冷たい布を当ててくれる。少しのぼせてしまったけれど、魔力交換もしたし……きっとすぐに良くなるだろう。   「フィル……すまない。やはり無理をさせてしまったな」   「いいえ……大丈夫です。僕もしたかったから……」    そういうとエディは困ったように笑う。  僕は軽く深呼吸をして、目を閉じた。身体から熱を逃がすように意識をする。エディは熱に強い体質だけど、僕は染まった今でもエディほど体温も高くないし、よく熱も出る。とはいえ太陽の魔力を得たので、ある程度熱は操ることができるようになった。  魔力を巡らせると重かった身体が段々と熱から解放され、僕は起き上がって水差しから水分を摂った。濡れた布も桶の縁に掛ける。   「フィル……」   「……もう大丈夫です」    僕がベッドに腰掛けると、エディも隣へ来て僕を強く抱き締めた。   「今日は……本当にいろいろありましたね。僕、ちゃんとできていたかな……」   「大丈夫だ。フィルの姿は……間違いなく皆の目に焼き付いたし、対オルトゥルムへの感情も上手く誘導できたはずだ」    オルトゥルム、と聞いて僕は身体を離し、目を伏せた。言わなければとずっと思っていたのに……随分と先延ばしにしてしまった。でも、言葉が出てこない。  僕自身は間違いなくそうしたいし、そうすべきでもあると思っているけれど……これはエディの立場や気持ちを無視した決定だった。いや、一応まだ正式に決定した訳じゃないけれど……僕の心は決まっている。  黙ったままの僕に、小さく息を吐いたエディが違う話を振る。   「そういえば……ウィリアムは、アーニアと踊っていたな」    その話題には流石に顔も上がる。僕はルストスの呟きを思い出していた。   「リグトラントの未来が決まったと……ルストスが」    そう言うと、エディは少し驚いた様子だった。   「ルシモスの話はそういうことか。まさか、アーニアが未来の王妃に……?いやしかし、確かに彼女ならば……」   「あの、そうなったときって……ここには……」   「そうだな……アーニアは後宮へ移り住むことになるだろう。とはいえ今日一日ではルストスの話が実現するのが何年後になるかは分からない。ウィリアムは性急なことはしないはずだから……本人が言い出すまでは、このままフィルの侍女として暮らすだろう。アーニアならば王族と結ばれたときのことも教わっている。時期もあの二人なら最適を選ぶはずだ」    「……はい。分かりました」   「しかしそうなると……フィルのそばにいる護衛が居なくなってしまうな……アーニアは侯爵令嬢としての作法も完璧だったし、護衛としても侍女としても申し分なくて……中々それに代わる人物は……」    エディはそこで何かを思いついたようだったが、何かを言う前から自分で嫌そうに顔を顰めた。   「エディ?」   「……いや、何でもない。いずれにしても数年は先の話だ。それまでに他の人材を見つければいい話だから……」   「数年……あの、エディ……僕は……僕はこれから、エディのそばでどんなことができるでしょうか」    僕がそう訴えると、エディはそっと僕の手を取った。   「フィルが……やりたいことは、なんでも。王族としての俺の公務には付いてきてもらうが、それ以外は好きにしてくれていい」   「僕にできることは、まだ……ほとんどありませんが……僕も将来は、エディのそばで仕事をしたいと思っています」   「フィル……」   「も、もちろん……戦ったりは、できそうにありませんが。僕は治癒ならできるし、それ以外の事務仕事ならできるはずです。覚えてみせます」    目を見て伝えれば、エディは泣きそうな顔で笑った。   「本当に、俺は……フィルが俺の半身になってくれて、良かった。俺の隣を健気に歩こうとする君が……愛しくて堪らない」   「エディ……」  僕は軽く深呼吸をしてエディの顔に手を添えた。そっと口付けて、意を決して伝える。   「エディ、僕と一緒に……数ヶ月ほど、オルトゥルムへ来てくれませんか」   「……それは」   「できることが少ないと言っても……僕にしかできないこともあります。僕は……オルトゥルム王族の血を引き、呪いを祓う白竜の御子ですから……」    エディは思ったよりもずっと落ち着いた瞳で僕を静かに見ていた。アルヴァト兄様から聞いた話をして、オルトゥルム行きを考えた経緯を説明した。   「今夜のことがあったので、アーニアは連れては行かないつもりです。エディが考える僕の新しい護衛は、すぐに来てくれそうな人ですか?」   「……いや、まだ学生だ」    僕はそれを聞いてしばし黙り、どう考えても心当たりが一つしかないことに気が付く。   「……まさか、ルドラとアレビナですか?」   「双紅蓮は……適任だろう。ルドラはフィルの幼馴染だし、アレビナは貴族としての作法や知識に関しては完璧だ。強さはもちろん申し分ない」   「……でも、それじゃあやっぱり……オルトゥルムには連れていけませんね」   「大丈夫だ。俺が必ずついていく。魔獣が出ても大丈夫なよう、準備をする。元々俺がいなくても戦える部隊として鍛えているから、問題はない」 「エディ……」    自分から言ったくせに不安になり、それが出た表情のままエディの顔を覗き込むと……意地悪く笑うエディにキスをされた。   「ん……」   「一つだけ、俺が長期の休みを勝ち取る手段がある」   「……なんですか?」    僕が聞くと、エディはゆっくりと立ち上がり、僕の前に跪いた。僕の手を取り、エディが自分の額に近付けて、それから手の甲へ唇を落とす。なにやら儀式めいた仕草だったけれど、僕は……生憎とその意味を知らない。   「エディ、何を……」   「俺と結婚して欲しい」   「それはもちろん、嬉しいです。僕もしたい。でも、結婚は……オルトゥルムの事が落ち着くまではできないって……」    戸惑う僕の髪が、何処からか吹いてきた温かい風に揺れる。   「今日の様子を見れば……平気だ。ここまで大々的に発表してしまえば、貴族院も飲むしかないだろう。むしろ俺たちの結婚を、オルトゥルムとの新しい未来の象徴として如何に生かそうかと頭を悩ませることになるはずだ」    エディはここで言葉を区切り、改めて僕を見上げた。   「いくら王族といえど、婚姻後は多少は浮かれた行動を取ってもいい」    そう言って立ち上がるエディの顔が、月光に照らされて見えた。   「二人で旅をしよう。オルトゥルムを巡って……またここへ戻って来よう。そうだ、ノルニにも行こう。レデ夫妻の事情もあるから、二人に王都へ来てもらうよりも……俺達が行ったほうがいい。今のフィルの姿を、一緒に見せに行こう」    僕も立ち上がってエディに抱き着く。エディからは相変わらず、陽だまりの匂いがした。   「……はい。楽しみです。あの……エディ。僕とずっと一緒に……いてください」   「もちろん。死ぬときまで一緒だ。フィルが嫌だと言っても、離すつもりはないよ」    僕はおかしくなって、エディの首元に顔を埋めて声と身体を震わせた。   「ふふ……確かに最初は驚いたし、王子様にどう接していいか分からなかったし、たくさん悩みましたけれど……それでも、会ってからエディが嫌だったことなんて、一度もないです」   「フィル……」   「エディ。愛しています。そうだ、寝る前に……僕の気持ちの変化も、聞いてください」    そう言って、エディをベッドに誘う。天蓋をくぐれば柔らかい月明かりからも隠れて、エディを見ているのは僕だけになる。   「俺もフィルを愛しているよ。明日は休みだから……ゆっくり聞かせてくれ」    二人でベッドに寝転がるときに、ふとエディの魔力が視えた。優しくて、穏やかで、でも弾むような……それを目の当たりにすると流石に照れてしまって、僕は視線を逸らした。感情の名前を理解した今、それが視える僕には平静を装うことは難しかった。  でも……  僕は自分の身体を視た。すっかり色付いた魔力は、もう透明だったあの頃のように誤魔化すことはできない。自分の中にもエディと全く同じ魔力の揺らぎが視えて……僕は真っ赤になりながら、エディと出会ってからの思い出を振り返ることになった。  これからもこの暖かな色合いの中、ずっとエディの隣で生きていく。      

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