自国に帰ってからゆっくり話を聞くと、王様はやっぱり、他国民のことを守りたくて侵略したようだった。 自国の独裁政権を廃止したものの、王になってみると、近隣国での貧困の格差や奴隷制度、人攫いが度々行われていた現状など酷い有様がいくつも見えてきて、とても黙って見ていられなかったと。 最初は侵略するつもりはなくて、他国の王たちに「同盟を組んで警備をさせて欲しい」とか「この土地ならこの農法があっているから是非一緒に開拓したい」とかそういう話をしたそうだけど、 前国王の首を取った成り上がりで、しかも自分の子供くらい若いアギエルバ王の言葉を信用してくれる者はおらず、逆に「そう言って兵をうちにおいて、中から攻撃を仕掛ける気だろう！」とまで言われたそうだ。 それで仕方なく、自国へ吸収して無理やりにでも守ろうと思ったらしい。 王様はそのことについて「自分のエゴでしかないから…きっと私を恨んでる国民も多いだろう」と言ったが、オレはたとえエゴだとしても、王様に救われた人の方が絶対に多いと思った。 あれから王様は毎日オレと顔を合わせてくれるようになり、そして少しずつだけど、オレに触れるようになった。 だけどオレに触る時にはどうしてか毎回「触ってもいいか…？」とおずおずと確認してくる。 （…そんなことを聞かなくても、自由に触っていいのに） だからオレは王様に、質問してみた。 「…王様はどうして、そんなにオレを神聖なものみたいに扱うのですか？オレは平凡で弟みたいに綺麗じゃないし…王様は真っ白だって言ってたけど、肌だって特別白くないし、普通の色ですよ？」 「……肌の色の話はしていない」 王様はそう呟いた後またいつものようにしばらく悩んでから、ゆっくりと口を開いた。 「…聞いていたんだ。お前の母国のことは、人攫いや奴隷の話を知る以前から気にかけていた。弟王子を溺愛するあまり、両親どころか家臣さえも兄王子を蔑ろにしている国だと…実際に首脳会議などでもエルやエルの家族などを見かけたことがあるが…噂通りで見ていて腹立たしかった」 「あぁ…」 王様はそのことを知っていたのか。 両親たちに蔑ろにされることはもう当たり前すぎて何も感じなかったが、それを王様に知られたことはなんでかすごく情けなくて、恥ずかしかった。 「…お前は、両親や家臣を恨まなかっただろう」 「……え？」 言われてる意味が理解できず、首を傾げる。 「普通の人間は、自分が蔑ろにされて、他人ばかり贔屓にされていたら、恨んだり憎んだりするものだ。だけどお前はそれをすることはなかった」 「……そう、ですかね？」 「…私の元へ人質となる話が出ても、自分で良ければと嫌がることなく出てきただろう？私がお前の母国を侵略した時も…誘拐された時でさえ、自分のことではなく国のことを考えていただろう…？お前は当たり前と思っているかもしれないが、普通は自分のことが１番大事だから、必死で抵抗するものだ。なのにお前はいつだって、自分がどうなるかよりも周りが幸せになることばかり気にしている。自分が疎まれようが何されようが、周りが幸せならさほど気にならない。人を憎むことよりも先に、人の幸せばかり考えている。―…そんな綺麗な人間を、私は見たことが無い」 以前の自分の言葉になぞらえたその言葉に、顔が一瞬で熱くなる。 「……だから私の手で、触ってはいけないような気がしたんだ。醜いものはいくらでも触れることができるのに…大事なものほど、触れるのが怖い」 遠まわしに自分を大事と言われた気がして、たまらなく胸が締め付けられた。 （…きっと、王様は…） 口には出さなかったけど…オレが母国で疎まれていたから、だからオレをあの国から連れ出すために人質の話を持ち出したんじゃないだろうか。 だってよく考えたら、今まで侵略してきた国はたくさんあるのに、人質にされた人も嫁にされた人も、オレ以外存在しない。 王様はきっと、貧しい隣国や母国だけでなくオレのことさえも、その手で救おうとしてくれたのだろう。 （…こんな優しい人間を、オレは知らない） ―…２人は知らない。 会話もなければ会うことすらなかった、誘拐前の新婚の２か月の間。 外を歩く自分の姿をエルモートがいつも窓から見つめていたことを王様は知らない。 そしてそれと同じように 王様がいつも外からエルモートの部屋を見上げていたことを、エルモートもまた知らない。 終　　　2015.4.29