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第2話 同意のような

 もしもこれが女だったら、この状況で「え? そんなつもりじゃ」って腕を突っぱねられたとしても、おいおいって感じだろうな。 「あ、ふっ……ン」  酔っ払って、うちで飲み直しませんか? なんて言われて、のこのこ部屋に上がる。それでそんな気はなかったなんて言われても、こっちがその気なのをわかってなかったわけがない。なんて言われてしまうかもしれない。  でも男同士で、同じ職場で、席が隣同士なら、「え? そんなつもりじゃ」の一言は充分通用する。 「ん、ゥ……」  でも林原先生からはまだその一言を言われていない。そして俺はそれをいいことにどんどんと事を進めている。  うちで飲み直しませんか? と尋ねたら、アルコールで頬を染めながら、少し楽しそうに笑って、コクンと頷いた。飲み屋はまだ他にもたくさんあったけれど、店を出て歩きながら、その店を素通りしても「ここでいいんじゃないですか?」と向こうから行きたい店を言われなかった。  駅のほうへ真っ直ぐ歩いて、タクシーの停留場で俺が足を止めたら、向こうも足を止めた。 “うちで飲み直しません?”  タクシーに乗らないといけない。それはつまり、家はここから近いし、教師の安月給じゃ飲み屋に行くよりも、経済的ですよ。っていう理由も通用しない。タクシーの乗ってわざわざ家飲みをする。ここから遠い俺の家で。  でも彼はタクシーに一緒に乗った。その車内ではウトウトしていて、何も話さなかったけれど、マンション下に着いて、ここが俺の住んでる所だと説明したら、小さく頷いていた。 「あ、ン……手、冷たい」 「すぐにあったかくなるよ」  それだけじゃ、今こうやって男同士でベッドの上、抱き合いながらキスをするような状況になってもいい、ってわけじゃない。俺はもちろんそんなつもりで招いたけど、向こうがそんなつもりとは限らない。 「あっン!」  限らないけど、一切抵抗されないから、俺も止めてあげる気はない。 「乳首……尖ってきましたけど?」  男に欲情するとは思わなかった。だから今日の忘年会の間中、ずっとどこか身体が火照って仕方がなかった。女と飲んでいてムラッと来たことは、そりゃあるけど、それとは全然違う。アホになったんじゃないのか? ってくらいに目がずっと、林原先生の唇を追いかけていた。指を見つめて、たまにうなじを見ては、慌てていた。見える肌全部に噛み付いてしまいたくて、暖房が顔にだけ当たっているんじゃないかと思えるほどに火照って仕方がなかった。あと、下半身も気を許したら反応してしまいそうだった。 「あ、やぁ……」 「ほら、また……」  足を開いて座って、林原先生は俺のキスを気に入ったのか、ずっと唇を追い掛けようと前のめりだ。自分の身体の前に両手を置いて、まるでグラビアのような格好をしている。男がそんな格好をしたところで、どこも楽しくないはずなのに……。 「ん、ぁ……ン」  いつもはジャージなのに、今日は忘年会だからって、シャツにベストなんて着ていた。いつものジャージだろうが、シャツだろうがあまり大差はないのかもしれない。隣の席にいた時もうなじとかを見てしまっていたから。  それでもシャツの一番下くらいしか釦を留めていない状態で、肩から今にも滑り落ちそうなくらいに開いて、女のそれよりももっとやらしい感じに尖らせている乳首を、チラチラとこっちに見せている。その表情はうっとりとしていた。アルコールのせいで理性も溶けて、キスっていう直接的な刺激に素直に感じている。 「キス、好きなんですか?」 「ん」  そう質問したら、首を縦にも横にも振らずに、ただ薄く唇を開いて、赤い舌を覗かせた。まるでこれを差し込ませて、とでも言っているみたいに、瞳を潤ませて、少し前屈みになられたら、男はキスして欲しいんだと解釈するだろ。 「あ、っふ……んん、ンく」  舌をこっちから差し込んだら、唇は素直に開いて、唾液を飲むように喉を鳴らしている。すぐそこでうっとりした顔を覗き込んだら、睫毛が震えて、キスを堪能している林原先生がいた。  舌を絡めるとちゃんと同じように答えてくれる。息継ぎをしながら、それでも唇を離さずに角度を変えて、向こうからも貪ってくれる。  キスを続けながら、乳首を指で摘んで弾いたら、甘ったるい喘ぎ声が聞こえた。女の上げる声とは全然違う。ちゃんと低いのに、その声はものすごく官能的で、毎日、隣で元気に挨拶をしてくる林原先生の爽やかな声とはだいぶ違っていた。 「あ、ン、あっやだっ」  やだって言いながら、舌で俺の唇舐めて、喉鳴らして唾液飲んでたら、拒否の言葉とは思えないだろ。 「いや?」  飲み直しましょうって、家に誘っておいて、連れ込んで、ビールを差し出しながら、そのビールを取ろうと素直に伸ばされた手を罠にはめたように捕まえて、いきなりキスして押し倒しておいて、「いや?」も何もないだろ。そう頭の中で冷静になろうとする自分がまだいた。  はっきり言って犯罪って言われても仕方がない。「セックスしませんか?」の一言を言っていない。向こうにしてみたら飲み直すはずが、押し倒されたんだ。 「あ、ダメ、抓られたら……」 「林原先生?」  でもこれだけうっとり顔されて、キスをけっこう積極的にされたら、こっちだってもう改めて「セックスしよう」の一言を言わないだろ。  ここに上がりこんだのが女だったら、「は? そっちだってその気だったから、上がったんだろ?」って言えなくもない。  でもこの状況が男同士だと、なんだか不思議と後ろめたい気持ちにもなる。ベッドでキスして乳首を愛撫されて、甘い声を上げて良がったのが女だったら、そっちだってその気だったと取れる。でもこれが男相手だと、なんとなくものすごく騙しているような気がしてくる。 「あ、ダメ、キスが……」 「え?」  前のめりになっている身体を支えるように、両手を身体の前に着いていた林原先生が、ゆっくりとその手を俺に伸ばして、シャツの袖をクイッと引っ張った。 「キスが気持ち良くて……すげ、イきそう」  そう囁かれて、もっとってせがむみたいにキスを求められたら、こっちとしては、もう完全に止めてあげられない。 「やば……金沢先生、キス上手いっすね」  自分を家に連れ込んだ相手も、それが男だってことも、隣の席の音楽教師ってこともわかっていて、唇に噛み付かれた。  肩に引っ掛かっていた程度のシャツを滑らせて、その上半身を裸にしても、何も言われなかった。それどころか二つの実のようにピンと勃ち上がった乳首を口に含んだら、まるで泣いているように高い声を上げて、またその声が女のものよりも何倍も官能的で、夢中になって舌で味わっていた。 「林原先生、乳首、感じるんですか?」  女のものよりも小さい粒を舌と指で赤く染めて、勃ち上がらせている姿は、はっきり言ってやばいくらいにやらしい。 「し、知らなっあ、そんなとこ、舐められた、初めっ」  そう途切れ途切れに告白して、目尻に涙を溜められて、どうにかなりそうだった。こんなに前戯だけで息が上がるほど興奮した事はない。どんな女ともした事がない、熱に浮かされているようなセックスをしたくて、したくて、おかしくなりそう。 「俺もこんなに興奮したの初めてですよ」  そう乳首だけで感じまくっている林原先生に告白しながら、首筋に噛み付いた。今日、酒を隣で飲みながら、噛み付いて、吸い付いてキスマークを残してみたくて仕方がなかった、少し薄そうな肌に唇で触れたら、眩暈が起きて、その拍子にベッドに押し倒していた。 「あ、金沢先生……」  俺をじっと見上げる姿を見つめながら、喉を鳴らしてしまう。生まれて初めて、自分のベッドに男を押し倒して、生まれて初めて、その顔を眺めただけでイってしまいそうになった。

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