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第12話 確率ゼロの馬鹿な作戦

「え? 飲み会っすか?」  郁登と同じ体育教師で、郁登以上に単細胞そうな、失礼な話だけど、風邪って言葉すら知らない気がする、元気な大嶋先生に声を掛けた。  今まで接点なんてひとつもなかった、教師としてグループ分けするとしたら、一緒には絶対にならなそうな俺からの誘いに、無邪気に興味を示している。単細胞で馬鹿、って思うけど、俺も同じくらいに馬鹿で、しかも呆れるくらいに諦めの悪いアホだ。 「ええ、ひとり欠けってしまって。相手はたしか……新人女子アナだったかな」 「! マ、マジっすか!」  女子アナなんて言っても、地方テレビの女子アナだから、今、大嶋先生の頭の中に浮かんでいる有名どころの女子アナとは違うかもしれないけれど、嘘ではない。それに地方だとしても、それなりに女子レベルは高いだろうし、彼なら食い付いてくれるだろうって思った。  さすが単細胞、大嶋先生だ。声がやたらとでかい。っていうか、でかい声で反応してくれないと困る。 「そんなの行きます! 行きます! っていうか、行かせてくださいっ!」  俺は目の前にいるのに、はしゃいだ大嶋先生は挙手をして、自分が参加する事を猛烈にアピールしてくれる。  そんな大嶋先生の肩越しにチラッと自分の席のほうを伺った。 「……」  郁登がこっちをじっと見つめていた。 「じゃあ、大嶋先生、八時に駅前でいいですか?」  自分で笑ってしまうくらいに下手くそな駆け引き。いや、駆け引きにもなっていない。復縁を迫る元カノの相談をしてきた郁登に、俺はあんたが好きなんだぞって、相談事を完全シカトして、口喧嘩になった。そしてその数時間後に、女子アナとのコンパの話をこれみよがしにしている。  引き止めて欲しくて、俺の事を気に掛けて欲しくて、わざと気を引こうと、墓穴を掘りまくっている。自分でもわかっているんだ。こんなの逆効果でしかないって。  一晩一緒になっただけ、その場の、酒の勢いなだけなのに、そんな相手が女とのコンパに行こうがどうしようか気になんてしないだろ。どうぞどうぞ、女子アナと宜しくやっていただけたら、そのほうが自分としては無駄に迫られる事がなくなってありがたいくらいです。ってくらいだろ。  実際、こっちを見ている郁登は驚いてはいるけれど、怒っているわけじゃない。 「オッケーです! 八時に駅前っすね!」  そう、八時に駅前だよ、郁登。  俺がどこかの女と、あの晩したみたいなセックスをして欲しくないって思って、迎えに来いよ。ふざけんなって怒って、さらいに来い。 「ええ、それじゃ八時に」  自分でも不自然なくらいに時間と待ち合わせ場所を繰り返し、大きな声で伝えた。すぐ目の前にいる大嶋先生にじゃなくて、その向こうでこっちを眺めている郁登に、願いを込めて繰り返し伝えていた。  来てくれる……って思ってはいない。どちらかといえば、願っている、のほうが言葉としては合っていた。 「さすがにジャージじゃないんですね」 「あったり前じゃないっすかぁ♪」  にっこりと満足そうな笑顔を大島先生が向けている先には、綺麗に作ったような笑顔の女子メンバーが並んでいる。  地方テレビとはいえ、それなりに皆、整った顔をしていた。雑誌を見ては流行ファッションチェックに余念がない感じ。ケバすぎず、ちょうどいい感じに露出もあって、男が好きそうなポイントをしっかりと押さえている。  三人対三人、ちょうどいい人数だ。 「えー? 音楽の先生なんですか? いいなぁ、なんか優しく教えてくれそう」  もうすでに揃ってしまった人数。友人が寒いからと、予約してくれた店へ案内するのを、ズルズルと後方で引っ張るようにまだ駅前に立っている。 「金沢先生、行かないんすか?」 「あー、はい、行きます」  きょとんと不思議そうに、先頭にいる俺の友人と、まだ駅前にいる俺との間で、何で店に行こうとしないのかって、少し困っている。  でも駅前としか郁登は知らない。店の名前を俺は伝えていない。だからここから動いてしまったら、郁登がいくら俺を探しに来たところで、出会うことはなくなってしまう。夜の街中で、お互いにむやみに探し回って、見つけられる確率なんて、ドラマじゃないんだから、ほぼゼロだろ。 「行かないんですか?」  ひとりの女の子がずっと俺の横にいて、ずっと猫撫で声で話しかけていた。郁登を好きになる以前だったら、確実にこのまま一緒にコンパで飲んで、俺の家へ誘っていたと思う。でも今は、駅前に来て欲しいと願うあのジャージを探すのに、目の前をチョロチョロされて邪魔なだけだった。 「……そうだね、行こうか」  でもそろそろ時間だろ。とっくに待ち合わせの八時は過ぎている。そしてこんな馬鹿で下手くそな気の引き方は大概失敗に終わるって、子どもじゃない俺はわかっていたのに。どうしてもやってしまった。子どもじみていようが、下手くそだろうが、必死だったんだ。  あの晩、郁登に落とされた時から、必死すぎて、大人の上手い恋愛の進め方を忘れてしまった。がむしゃらで、直球で、馬鹿な方法しか思い付かないくらいに、郁登への片想いに夢中になっていた。 「寒いし、もう、行こう……」  馬鹿だな……この歳になって、いい大人が片想いに夢中になって、必死だったなんて。  そして、今までの自分に早く戻らないとって、郁登よりも小さくて、女らしい小柄で腕にちょうどよく収まるサイズの彼女を連れて、皆がすでに向かっている店へと歩いた。 「学校の先生には全然見えないですよ~」  こんなにこういう酒の席ってつまらなかったっけ? 時間が経つのってこんなに遅かったっけ? 二時間が、以前ならあっという間に感じられていたのに、今はチラチラと時計を見ては、個室の襖から郁登が飛び込んで来てくれないかって、願いを込めて見つめてしまう。  来るわけがないのに、駅前に来なかったのに、どうやって数え切れないくらいにある居酒屋の中から、この店を探し出すんだよ。  そもそもそんなに必死に探し回ってもらえるほど、郁登が俺のことを考えてくれるわけない。 「金沢先生、この後、どうするんすか?」  こそっと耳打ちする大嶋先生は二次会へ行く気満々らしい。俺はその耳打ちにハッと気が付いたくらいに、このコンパの間ずっと上の空だった。横にいた彼女のことを見ていたはずなのに、記憶に残っているのは時計と襖と郁登の顔だけだ。 「すみません、俺、帰らないと」 「えー?!」  そう残念そうな声を大嶋先生と一緒に、ずっと最初から横にいた彼女が上げている。  彼女の場合は二次会には行かなくても、この後、ふたりでこの輪から抜け出すってプランを期待していたんだろう。  郁登を諦めるにしたって、このまま彼女を部屋に連れ込む気には到底なれなかった。もちろん二次会に行く気にもなれない。 「大嶋先生、それじゃあまた学校で」  挨拶をすると、呑気でそして楽しそうに浮かれた返事が返ってきた。俺はそれとは正反対に全く気分が浮上してくれない。このコンパ自体が、釣りのエサと同じだったんだから、浮上出来るわけがないんだけれど。ただ郁登の気を引きたいがために開いたコンパなんて、その作戦が成功する確率がほぼゼロってわかっていたくせに、ずっと待っていた俺はこの場を楽しむどころか、時間が経てば経つほど、気分が沈むだけなんだ。  来てくれるかもっていう期待が、来てくれない、っていう事実に変わるだけ。そして自分が落ち込むだけの馬鹿な作戦。  コンパは二時間と、その後、ダラダラしていたから、全部で二時間半くらい。駅前に郁登がいるわけがない。車が停めてあるコインパーキングは駅前にはない。今、勝手に足が向いている駅前に俺が行く必要はない。  ないのに、まだ淡い期待を抱いて、駅前に向かう、本当に呆れるくらいに馬鹿なんだ。 「……」  いるわけがないのに、探してしまう。今日、ずっと視界の横に映っていた、白いジャージを。 「……嘘」  白くて、郁登の敏感そうな肌を目さえおかしくなっている俺には、引き立てているように思える白いジャージを探してしまう。 「……郁登?」

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