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序章

今朝、どんよりした曇り空を見た時から嫌な予感はしていた。 案の定、ニュースキャスターの言った通り午後からは雨だった。 地上に降り注ぐ雨粒は廃れた住宅街の地面を黒く染めていく。そのスピードたるや凄まじく、アスファルトには薄く水が張っていた。 「…………最悪」 平たい学生鞄を頭に乗せ、雨の中を走る少年がいた。 すでに全身びしょ濡れで意味をなくしていたが。 透けて細い身体に張り付いたカッターシャツや、水分を含み重たくなったズボンのぺたぺたした感触に嫌悪感を覚える。 眼鏡は水滴に視界を奪われ景色を歪ませる。だからといって外せば1メートル先のものさえ見えなくなってしまうのだった。 少年は眼鏡を掛けたままごしごし目を擦った。都会の汚染された雨水は目にしみる。 すると、何かにぶつかってしまった。 電柱のような固い感触ではない。 眼鏡を上げると、少年はぎょっとした。 目の前には一人の人間が佇んでいたのだ。 それも傘を差さずに。 しかし、雨に濡れて顔に張り付く黒髪とシャツ、それからうかがえる細身の体、何より吸い込まれるような切れ長の目の奥の黒い瞳。 一瞬男性か女性か分からなかった。 とても美しい造形をしている。 「名前」 「は?」 不意に口を利いたため、少年はきょとんとした。品があり不思議な響きの声だった。 どちらかといえば男性に近い。 「お前の名前は?」 無表情のまま続けた。 「立花、豊高」 少年ー豊高は答える。 「ユタカ・・・・・・」 その名前を呟いたきり、黙ってしまった。沈黙が雨とともに降り注ぐ。 今や豊高の耳には雨音だけが響いていた。 「来い」 また不意に言葉を発した。豊高に背を向け、すたすたと歩き始める。 豊高は何故か、自分でも分からなかったのだが、後を追っていた。

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