物心ついてからの一番古い記憶は、毎週日曜日に訪れる教会で、牧師の言葉に熱心に耳を傾け祈る母の美しい横顔。 　まだ幼かったロイにとって、礼拝は退屈なものでしかなく、薄眼を開けて母を見やるたびに、母は優しく、しかし決して甘やかすことなくロイを窘めた。そんな母に導かれるように、ロイもごく自然と神を敬愛するようになったのだ。 　 　だが今ロイは自身に問う。神はなぜ自分達に、これほど不条理で過酷な試練を与えるのか？ささやかな願いや幸せが、突然現れた悪魔に、為すすべもなく奪われ消えていく。 　地獄へと繋がる掃き溜めへ、否応なしに突き落とされる。 「リリー、指名だ」 　店の主人につけられた仮名で呼ばれ、ロイはピクリと身体を震わせる。周りには自分と同じく、膝丈までしかない白い布を纏ったような衣装を着せられた男娼達。 　極度の緊張で、動くことも、顔を上げることもできず俯いていると、客がツカツカとロイに歩みより、無遠慮に顎を掴まれ持ち上げられた。そこで初めて、男が自分にむける情欲のこもった視線を目の当たりにし、ロイの恐怖は頂点に達する。 「震えているね。今日入ったばっかりなんだって？怖がらなくて大丈夫、時間を忘れるほどたっぷり可愛がってあげよう」 　半ば引きづられるように連れて行かれた部屋の中には、肘掛け椅子と、簡素な部屋に似つかわしくない大きなベッドが置いてあり、ロイと男がこれからする行為を生々しく想起させる。 　思わずベッドから視線を背けると、壁際にある窓が目に入り、夜になってもまだ日が落ちることのない空が、ロイの状況など素知らぬ顔で、美しく広がっていた。 「どこを見てる！まずはベッドに乗って着ている服を全部脱げ！」 　 　男はロイの手を乱暴に引きベッドの前に立たせ、正面の肘掛椅子に座る。その目には、自分の手中にある獲物をこれからどういたぶろうかという残酷な加虐心が、隠しようもなく映し出されていた。 （主よ、これは自分が父を哀れみ敬わず、憎み追い返した罰なのでしょうか？） 　今も鮮明に浮かぶ、怯える妹と、泣きながら父に縋り付く母の姿。昔とは別人のように、醜く堕落した父の罵声。 『お前らのように家長を平気で裏切る淫乱共は、俺が地獄へ突き落としてやる！』 　 　屈辱と絶望にうちひしがれながら、ロイは、祭壇で屠られる子羊のように、ゆっくりとベッドへあがった。