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第三十五話

「だから、この際オリヴァーをハリー役にして、グラウディオンを代役にやってもらうしかないんじゃないかと話していたんですが、怪文書のせいで皆に断られてしまって」 「…」  女王の許しを得て晩餐会から退席したジャンは、舟でサザークに向かう道すがら、トーマスに事の一部始終を聞き深く考えこんでいた。  アリアンは、ケルト神話の月の女神、アリアンロッドから取った名で、月の女神アリアンと人間の青年ハリーの悲恋をモチーフにした戯曲だ。  確かに、オーク座の俳優達の中からハリーの代役を選ぶとしたらオリヴァーが一番適役なのかもしれない。だが、アリアンの弟グラウディオンも、後に物語を引っ掻き回す重要な役どころであり、オリヴァーは、悪役ながら、どこか憎めないそのキャラクターを見事に表現していた。  そう簡単に、エリックのハリーも、オリヴァーのグラウディオンも諦めたくはない。 「配役はこのまま変えたくない」  しばらく考えた末ジャンがそう言うと、トーマスはわかりますと頷く。 「俺もまったく同じ気持ちです。ただ他に方法が思いつかなくて、ジャン様は何かいい案がありますか?」 「…おまえさ、その話し方と俺への呼び方なに?」 「え?」  オーク座の現状を知るのが先だと黙っていたが、さっきからトーマスの自分に対する話し方が明らかにおかしい。 「普通に話してるだけですよ」 「いや、明らかに違う!」   ジャンがトーマスに詰め寄ると、オリヴァーが揶揄うように入ってくる。 「ジャンの貴族姿見てビビったんじゃねえの? 女王陛下の質問にもまともに答えられないでブルブル震えてたし、ほんとおまえ情けなかったぜ」 「うるせえ!あんなところに引き出されたら誰だってビビるだろうが!」 「ロイはちゃんと女王陛下に答えてたぜ、なあロイ、トーマスだらしなかったよな」  オリヴァーがロイの肩を組み同意を求めると、ロイはトーマスを庇うように首をふる。 「そんなことないです。ただ、トーマスさんのジャンに対する話し方はいつもと違って本当に変です。どうしちゃったんですか?」  遠慮がちなようで率直なロイの言葉に、ジャンは、相変わらずだと思わず頬が緩む。 「ロイはまだ子どもだからわからないんだよ!大人には大人のセンシティブな感情ってもんが…」 「ゴチャゴチャうるせえ!ロイの言う通りだ。おまえ今度俺にそんな口のきき方したらテムズ川につき落すぞ」 「なんで丁寧に話してるのに脅されんだよ!」 「お、やっといつもの二人らしくなってきたじゃん」  ジャンとトーマスのやり取りを見ながら、オリヴァーが冷やかし、ロイも楽しそうに笑う。  離れている間、何度も思い出していたロイの笑顔を久々に間近で見たジャンは、感情が昂り、えもいわれぬ愛しさがこみ上げてくる。 (あーくそ、今それどころじゃないのに) 「で、何か案はあるのかよ、女王陛下の前でおまえ、私に案がありますって言ってたよな」  意図せず悶々としているジャンに、すっかり元の口調に戻ったトーマスが尋ねてきたが、ジャンはあっさり首を降った。 「いや、ない」 「はあ?じゃあなんだったんだよあの自信満々な発言は!」 「あの場ではああ言うしかないだろう!」 「いや、そりゃそうだけどさ」 「とにかく、サザークに着いたら俺はそのままエリックの家に行ってもう一度説得してくる。今日はもう遅いから、明日の朝早くにまたオーク座に集合しよう」 「わかった、でもエリックの説得は相当難しいぞ、もしダメだったらどうするつもりだ?」 「…死ぬ気で説得するしかないだろ」  真剣に話し合ってうるうちにサザークに到着した4人は、それぞれの場所へと別れ、ジャンは1人エリックの家へと向かった。

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