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第三十七話

「おいジャン!起きろ!おい!」  頭の中で直に響くトーマスの大声から逃れようと、ジャンは寝返りを打つ。 「ジャン、起きてください」  だが、後から聴こえてきたロイの声に、ジャンは驚き目蓋を開いた。  目の前には、心配そうにジャンを見下ろすロイの顔があり、今自分がどんな状況なのかわからなくなる。 「何やってんだよおまえは!エマが俺らを呼びに来てくれなかったら、オーク座のみんなに醜態さらすとこだったぞ!」  ロイの隣りに立つトーマスが、怒りもあらわに捲し立て、ジャンはようやく全てを思いだした。  ジャンは昨日、エリックの説得に失敗したのだ。絶望を紛らわすようにパブへ立ち寄り、酒をあびるように飲んで…。そこから先の記憶はあやふやだが、途方もない無力感に襲われた事だけは、はっきりと覚えていた。 「もう聞かなくてもわかるけど、説得できなかったんだな!」  トーマスに確認され、ジャンは呆然としたまま頷く。 「…ああ、どうしよう…」 「もういいからとりあえず行くぞ!ほら立て!ロイも手伝って!」 「はい」  ジャンの腕をトーマスとロイが掴み、ふらつく身体を二人がかりで支えられ、どうにか立ち上がる。 「二人が来てくれて本当に助かったわ!もう全然起きないからどうしようかと思ったのよ。昨晩はやけに荒れてていつものジャンらしくなかったけど、私はあなた達の成功を祈ってるからね」 「ありがとうエマ!」  店の前まで出てきて手を振るエマにトーマスが礼を言い、ジャンは引きずられるように歩き出した。 「みんなが集まるまでまだ時間あるから、少しでも休んで酒を抜いとけよ!」  インに到着しベッドに寝かされたジャンは、部屋から出て行くトーマスの声を聞きながら、情けない気持ちで目を瞑る。  今までも飲み過ぎることはあったが、こんな酷い酔い方をしたのは初めてだ。  と、突然額に冷たさを感じ目を開けると、そこには、濡れた布をジャンに押し当てるロイの姿があった。 「ごめんなさい、冷たかったですか?汗をかいて辛そうだったので、冷やせば少し楽になるかと思って」  ジャンのために、インから水の入った洗面器と布を借りてきてくれたのだろう。そんなロイの優しさは、弱っているジャンの心を包み込み、いくらか気持ちを軽くする。 「ありがとうロイ、すまないがこのまま側にいて、手を握っていてくれないか?」  いつもの自分なら意識しすぎて、こんな大胆な事は頼めなかったかもしれない。しかしジャンは今、ロイに縋らずにはいられなかったのだ。  ロイはジャンの額の汗を拭きながら、もう片方の手でジャンの手を強く握る。  ロイの手の温もりに、無力感に覆われていた心がみるみる癒されていき、その心地よさに導かれるように、ジャンは再び瞳を閉じる。  状況は最悪でしかないのに、ジャンはこの時、愛する人に触れられる幸せを噛みしめていた。

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