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第四十三話

 観客からは見えない階上の壁の影に、ジャンとロイは手を握りあい立っていた。  エディの口上がない最終幕は、二人のタイミングで舞台に出て行かねばならない。ロイが伺うようにジャンを見上げると、ジャンはもういけるか?と優しく囁き聞いてくる。  それは不思議な感覚だった。  舞台に出ている時、ロイは自分が自分ではないような錯覚を覚え、ジャンの事も、愛しい恋人ハリーとして見ている。  しかし、幕間で観客から身を隠すやいなや、ロイは一瞬にしてロイに戻り、ジャンのことも、ハリーではなくジャンとしか思えなくなる。なのに愛しさは変わらないのだ。 この手を、もっと握っていたい。 離れたくない、側にいたい。 アリアンとしてではなく、自分自身として…  心に浮かんだ気持ちが、神に逆らう罪深いもののような気がして、ロイは邪念を振り払うようにジャンから目を逸らし、瞳を閉じて深呼吸する。 (ダメだ、集中しよう。俺は今アリアンなんだ)  ジャンは、そんなロイの様子を黙って見守っていたが、やがてロイが瞳を開き、大丈夫ですと答えると、それに呼応するように、ロイの手を更に強く握りしめてきた。 「いくぞ」  ジャンの声と共に、二人は同時に走り出す。  神の前で、唯一恋人でいることが許される場所。束の間の、愛と幻想の舞台へ。

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