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トーマスの受難【刹那番外編】

「というわけで、明日から新作の稽古に入る。稽古中にセリフが変わる事は当然あると思うが一応全部頭に入れてきてくれ」 「おー!」 「次はコメディか」  オーク座の稽古場で、ジャンにトーマスの新作を渡された俳優達は、皆喜び勇んで脚本を読み始める。そこへ、オリヴァーの悲痛な叫びが響き渡った。 「なんだよまたニコラスが主役かよ!ちくしょう!」 「まあまあオリヴァー落ちつけって」  ダニエルやチャーリーが肩を叩いてオリヴァーを宥めるも、オリヴァーはその場にいた作者であるトーマスに食ってかかってくる。 「トーマス!おまえまで俺を裏切るのかよ!」 「いやいや、裏切ってないから!おまえは今回も重要な役どころだろうが」 「俺は主人公やりたいんだよ!おまえならと思ってたのに!みんなしてニコラスを贔屓しやがって!」 「違うから!純粋なイメージで決めてるんだよこっちは、次はおまえで考えるからちょっと落ちつけ、な?」 「本当だな?男に二言はないな!」 「いや、まだ構想中でハッキリとは約束できないけど…」 「なんだよそれ!もうやだ俺、やめる!」  そう叫ぶやいなや、トーマスに背を向け本気で出て行こうとするオリヴァーの肩を掴み、トーマスは必死に止める。 「嘘嘘!本当に次はおまえで考えるから!」 「うるせー!おまえなんて信じないぞ俺は!座付きの劇作家になった途端お高くとまりやがって!」 「はあ?どこがだよ!とまってねえよ」 「とまってるだろうが!前はよく二人て飲みに行ってたのに、最近忙しい忙しいって俺の誘い断ってばかりじゃねえかよ!」 「…」  オリヴァーの言葉に、トーマスは一瞬返事を返せなくなった。  確かに、オリヴァーがニコラスに嫉妬し不満を抱えていることに気づいていたにもかかわらず、ここ最近、新作にかかりっきりで、話しを聞いてやれていなかったのは事実で、オリヴァーがそう感じてしまうのも致し方ないのかもしれない。 「飲みに中々いけなかったのは悪かったよオリヴァー、でもそれはお高くとまってたからじゃなくて、俺も今回の戯曲を期限内に書き上げて、エドワード伯爵に認められなきゃいけなくて必死だったんだ」  フォローしてやれていなかったことを反省し、心から謝ると、トーマスの制止を振り払い出ていこうとしていたオリヴァーの歩が止まる。  そんなオリヴァーの背中に、トーマスは必死に訴えかけた。 「おまえがいるからうちの劇団がなり立ってるのわかってるだろ?今回の戯曲にも絶対おまえが必要なんだ!頼むよオリヴァー、お願いだからやめるなんて言わないでくれ!」  すると近くにいたダニエルが、そうそうと更にオリヴァーをおだてあげはじめる。 「そうだぞオリヴァー!おまえがいなきゃオーク座は始まらない!アリアンだって、ある意味グラウディオンが影の主役みたいなもんだったじゃないか!おまえが出ていたからこそアリアンは成功したんだぞ!いいか、劇作家ってのは、本当に実力がある奴は出し惜しみするもんなんだ、なあ、トーマス?」 「そう!そうなんだよ!」  いや、出し惜しみとかではないけどと思いつつ、トーマスは勢いよく頷きダニエルに同意する。 「なんだよまったく、そこまで言われちゃ仕方ねえな」  言いながら振り向いたオリヴァーの顔は、先程までの怒りなど忘れたように満面の笑みを浮かべており、トーマスはホッと胸を撫で下ろした。  じゃ、台本読みするかなと、すっかり嬉しそうに機嫌を直したオリヴァーを横目に、トーマスは小声でダニエルに礼を言う。 「ありがとうございます」 「いいってことよ、あいつは我儘だが憎めない奴だし演技力はあるからな、エリックと違って扱いやすい単純な奴で良かった」 「確かに…」 「ダニエル!早速台本見ながらセリフ合わせしてみようぜ」 「おうよ!」  トーマスは自分の書いた新作を手に和気藹々としだす俳優達を一安心して眺める。 「リリー!リリー!」  と、こちらで起こっていた自分が原因のトラブルなどどこふく風のニコラスの弾んだ声が聞こえトーマスが振り向くと、ニコラスが嬉しそうにロイに話しかけていた。 「リリー!今度は俺ら夫婦役だね」 「そうですね」    だが、ニコラスがロイの肩を抱き、ロイが笑顔で答えたその時 「おい!」  ジャンが突然二人に近づき、ニコラスの腕を掴んだ。 「え?」  ニコラスはジャンの大声と行動に驚いて不思議そうにジャンを見やり、ロイも困ったような表情を浮かべている。  ジャンは、別に用ってほどでもないんだがと、一応笑顔らしきものを浮かべて言っているが、目は全く笑っていないし、ロイの肩を抱いているニコラスの腕も離さないので完全におかしな空気になっている。  トーマスはすかさず三人の元へ近寄ると、ジャンの肩を叩いた。 「ジャン、ちょっといいか?」  トーマスが声をかけると、ジャンはニコラスとロイの様子を気にしながらも、わかったよと渋々トーマスの後についてくる。  トーマスは、ジャンが時々寝泊まりする執務室へ向かい、念入りに誰も近くにいないか確認したあと、小声だがはっきりとした声音でジャンに言った。 「あのなあ、おまえがロイと結ばれて浮かれる気持ちはわかるけど、さっきの態度は明らかに露骨すぎるだろう!おまえらの関係が周りにバレるわけにはいかないんだぞ!」 「ああ、確かにそうだよな、自分でもわかってる…」  沈んだ表情で俯き、暗い声でそう答えるジャンを見て、ようやく恋が成就したのに、これ以上責めるのは可哀想かとも少し思ったが、トーマスは心を鬼にして言葉を続ける。 「いいか、ロイが女役をやめて俳優に転向するのがいつになるかわからないが、しばらくの間オーク座の女役をやってもらうかぎり、こうゆうことは常に起こりうるし、おまえがちゃんと自分を律して…」  トーマスが途中で言葉を止めたのは、反省してるとばかり思っていたジャンが、なぜか突然手に持っていたトーマスの戯曲の台本を開き読み始めたからだ。 「おい、話し聞けよ!俺の戯曲しっかり読み込んでくれるのは有難いけど今じゃねえだろ!」 「なあトーマス、この場面のニコラスとロイのキスシーンやっぱりなしにしないか?コメディだし、ラブシーンなんて無くていいだろ?」 「は?」 「というか今回の戯曲、いっそのことオリヴァー主役でいいんじゃないか? あいつ、ロイをリリー呼びして特別感味わってる感じがムカつくんだよ!ああくそっ!オーディションなんかしなきゃよかった!もう次俺が書く時はニコラス脇役にして俺がロイの相手役で出てやる!」 「…おい」  理不尽な文句を垂れ、私利私欲で人が苦労して書いた脚本まで変えようとするジャンに、トーマスは思わず底冷えするほど冷たい声を出していた。  今回共にピンチを乗り越えたことで、ジャンは貴族である事に甘え父親から逃げてるわけじゃない、覚悟を持って劇作家でいようとしている凄い男だったと心から見直していたというのに、ロイと恋人になった事で独占欲が膨れ上がったジャンは、すっかり愚かな男になりさがったらしい。 「いい加減にしろ!馬鹿かおまえは!」  怒りのまま発っせられたトーマスの怒声に、ジャンは呆気にとられたような顔で呑気な言葉を口走る。 「…なんか、久々におまえに本気で罵倒されたかも」 「そんな事言ってる場合じゃねえだろ!」  その後、トーマスの数時間に渡るジャンへの説教が行われたのは言うまでもない。 後書き これはエピローグ前、ロイとジャンが両思いになった直後の話しです。 ここまで読んで頂きありがとうございました😊

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