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おまけ・キハール編 (完)

あの日、ノルセルが隔離された個室を出てアルタイルの自室へと連れていかれた後の小話 ----- 「…お帰りなさいませ」 アルタイルとノルセルがアルタイルの自室へと入ると、そこには先ほどの執事・キハールが待機していた。 「あぁ。どうなった?」 「国王様と王妃様にお伝えしましたところ、とりあえず至急顔合わせを願いたいとのことでした」 「そうか。…ノルセル」 「は、はい!」 「着替えを用意するから、今すぐ湯浴みをしてそちらに着替えてくれ」 「え?!は、はい…っ」 その返事を合図におどおどして周りを見回していたノルセルがメイドに連れられて風呂場へと消えていく。 室内に残されたのはアルタイルとキハールの2人だけとなり、アルタイルは大きなソファーにどかりと座ると、キハールを真剣な眼差しで見た。 「…キハール。ずっと考えていたんだが…夜伽の者の処遇に2通りあると言ったが、本当に口を封じることがあるのか?今までそうされた者はいるのか?」 「……はい。いらっしゃいます」 「…そうか…」 アルタイルは長いまつげを伏せて、大きなため息をついた。 自分が知らなかったとはいえ、まさか王家の"しきたり"のせいで(いのち)を落とされる者がいたことが、信じられなかったし、どうしても納得できなかったのだ。 嫌な沈黙が続く中、キハールはもう一度口を開いた。 「…ただ、昔は"語り手"という選択肢しかありませんでした」 「……」 その言葉にアルタイルは返事はせずに視線だけをキハールへと向けた。 「昔は一夫多妻が認められておらず、一夫一妻が当たり前でした。そのため夜伽のしきたりも当たり前のように行われており、(めい)を受けた者と終えた者が王宮内に常に数名在籍しておりました。その中で夜伽を終えた者は"語り手"としての仕事だけでなく同志と交流したりし、同志に囲まれながら余生を過ごしておりました。 …しかし時代は変わり、一夫多妻制の制度が認められ、ほとんどの王族が多数の側室を設けるようになったため、夜伽の者はほとんど必要なくなってしまいました。実際、ここ何百年もの間このしきたりは行われておりませんでした。 …ですがそうなると、夜伽の(めい)を受けたものはその(めい)を終えた後、他の夜伽の者がいない為"語り手"としての仕事をする機会も同志と交流する機会も全くなってしまい…かといって他の従者と同じ仕事をさせる訳にもいかず、他者とは接触できないように隔離された部屋で1人、余生を過ごすして頂くようになってしまったのです」 キハールはアルタイルをまっすぐ見つめていた視線を、床に落とした。 「…その結果、夜伽を終えた者は皆…精神を病んでしまうようになったのです。閉ざされた室内に1人。外に監視はいるのに馴れ合いを禁じられ話し相手にもなってもらえずに孤独に過ごす。…そんな生活が延々と続く中で正常でいられる方がおかしいと私は思いますが… 自分こそが王族に愛されていたはずだと錯覚する者や発狂する者、殺してくれと願う者、そして…自害する者が後を絶たなかったそうです」 「……っ」 「…"語り手"以外の選択肢ができたのは、それを見るに見かねたためだそうです。他に夜伽の(めい)を受けてる者や受ける予定の者がいない場合で、夜伽を終えたものの精神が強くないと判断できる場合は…その口を閉ざしてしまうのが、本人のためにもなるのではないかと…」 そこまで話し終えるとキハールは急に頭を下げた。 「…アルタイル様、申し訳ございません。私はアルタイル様に嘘をついておりました」 「……嘘?」 突然の謝罪に、アルタイルは怪訝な顔を向けた。 「……はい。夜伽を終えた者の処遇は、本来、王族の方にお伝えすることや…ましてや選んで頂くことはないのです。すべての処遇は、王族の方には内密に行うよう決められておりました。本来はアルタイル様専属の執事である私が、ノルセル様の処遇を決めなければならなかったのです」 「……」 「…しかしノルセル様が"語り手"になるにしては他に夜伽のしきたりを行う予定が全くなく、ノルセル様の精神の強さを考えると…本来は"口を閉ざす"という選択肢になったのだと思います。…ですが私は、アルタイル様とノルセル様を見ていると、その答えがどうしても正しいものだとは思えませんでした。…だから私は"しきたり"を破り、アルタイル様に選択を願ってしまったのです。私は執事失格です。申し訳ございませんでした」 そう言ってキハールは深く頭を下げた。 きっと何度あの場面に戻ろうともキハールは同じようにアルタイルに選択を願っただろう。 だが王家と王家のために用意された"しきたり"に絶対的な忠誠を誓ってきたキハールにとって、"しきたり"に背くことは主に背いたことに等しかった。 アルタイルは立ち上がり、頭を下げたままのキハールのそばへ寄る。 「…頭を上げろ」 「……っ」 「…時代が変わり夜伽がほとんど必要とされなくなったから、その後の処遇も"語り手"だけではなくなったのだろう?さらに時代や背景が変われば、選択肢が増えていくのは当前だ。"しきたり"は古来からのものを守るために必要なものかもしれないが、時代に応じて変えることも必要なのだと今回のことでよくわかった」 そう言い終えると、アルタイルはぽんとキハールの肩へ触れた。 「…お前の選択は正しかった。お前ほど私を理解している執事はいない。私の執事はお前だけだ、キハール。これからもよろしく頼む」 「……はいっ」 いつも表情を崩さないキハールの目に、初めて涙が浮かんだ。 (この方に一生ついていくんだ) 初めてアルタイルの専属執事となった日、キハールはそう心に誓っていた。 だけど今日改めてその思いが強くなり、そして、アルタイルに仕えられることを誇りに思った。 終   2015.7.29

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