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指先一ミリの罠

 高校三年の春、一年生にひと際目立つ男子生徒が入学してきた。まるで少女みたいな容姿をした小柄なそいつは、いつも俺の隣に立っていた親友に一目惚れした。  それからというもの、俺の生活は一変した。 「こら、一平(いっぺい)。目が据わってるぞ」  窓側の、前から四番目。まぁまぁ良い席に座って爽やかな風を浴びながらも、目を細め、口をへの字にしている俺の頭を樹生(たつき)がかき混ぜた。そんな樹生の顔は俺とは対照的にニヤけている。 「あんだようっせーなぁ」 「ヒュウ! 荒れてるぅ~!」 「まぁまぁ、そんなやさぐれんなって一平」  ニヤける樹生の後ろからヒョイと顔を出した、弘斗(ひろと)の顔もまた笑っていた。 「別にやさぐれてねーし!」 「嘘つけ、すっげぇ目つきしてるぞ」 「で、そんな一平の世話役様はどこ行っちゃったわけ?」  俺は大きく溜め息をつき、顎をしゃくった。ふたりが一斉に窓の外を覗き見る。 「あれまぁ、またかい」 「あれはもう、付き合ってんじゃねぇの?」  樹生のセリフに、俺の眉間の皺はMAXになった。  みんなの視線の先でまるで恋人同士の様にくっついて立ち話しているのは、先日入学してきた女みたいな男子生徒、安田晴海(やすだはるみ)……と、俺の親友、時成(ときなり)だ。 「昼飯、ふたりで食うのかな?」 「そうなんじゃね? だってもう座り込んでるし……っておおお、一平の顔が風船みたいに膨らんでる!」  樹生はケラケラと笑うけど、俺は一ミリも笑えない。だってほんの数日前まで、あの位置にはいつも俺が居たんだ。もちろん、その隣にはこの意地の悪い樹生と弘斗もいたわけだけど。  俺たちは小学校からの親友で、いつも一緒にいた仲良し四人グループなのだ。弘斗と時成は頭が良いから、本当はもっと上の学校に行けたのに…それでも四人でいられたほうが楽しいからって、わざわざランクを落としてまで、俺たちは今こうして一緒にいるのに。 「時成は俺たちを見捨てたんだ」 「いっぺぇ~、あの時成に限ってそんなこと無いって!」 「ただ、まぁ…あの様子はちょっと今までにない感じ」 「やめろよ弘斗、そんな追い打ちかけるようなこと…」 「お前は目も口元も笑ってんだよ樹生!」  樹生の首を絞めてギャアギャアと騒いでいたら、俺たちに気付いた時成が軽く手を振ってみせた。だけどそれに、俺は手を振り返すことができなかった。  安田が時成を狙っているのはあからさまだった。俺たちの高校は普通に共学だし、生徒の半数は女子で占められている。にもかかわらず、あんな全面的に『同じ男に恋をしています!』って安田に対して、誰も何も騒いだりしないんだから、意味が分からない。  入学してきた初日から、安田は時成にべったりになった。別に時成が何か安田の面倒を見たわけでもなければ、関わる要素など一つもなかったのに。 『お昼、僕も一緒していいですか?』  手を後ろでくんで、肩を少し揺らして。どこの少女漫画から出てきたんだっていうぶりっ子感を出しながら、四人で弁当を広げているところに安田がやってきた。その時の俺は、この後何が起きるのか全く分かっていなかった。  特に安田に興味もなく、まぁ、今日くらいはと首を縦に振ったのだ。 『じゃあここ、失礼します』  安田は無遠慮に俺と時成の間に腰を下ろそうとしてきた。いつも時成は俺にくっついて座りたがるから、その時も俺たちの間に隙間など殆どなかった。が、そんなところに無理やり入ってきた安田に、俺は押し退けられひっくり返った。 『いってぇ~! おま、なんでここに入ってくんだよ!』 『あ、ごめんなさい! 時成先輩しか見てなくて!』 『はぁ!?』 『時成先輩、僕自分でお弁当作ってきたんですが、食べてもらえませんか?』  ここから安田の頭の中と眼中には時成だけになった。そしてこの日から、安田は常に俺と時成の間に割り込んでくるようになったのだ。そうして四人の輪から時成が抜けることが多くなって、あっという間にふた月が経った。 「やっぱ噂になってんな、あの二人」  廊下で二人の世界を作っている時成と安田を見て、樹生が呟いた。 「どっちも見た目が良いから、目の保養になるんだとか」 「バッカじゃねーのッ!」  思わず大きな声が出た。樹生と弘斗どころか、クラスの何名かの視線まで俺に集まる。 「だいたい、時成だって意味わかんねぇ! アイツってそういう趣味があったわけ!? デレデレ鼻の下のばしてさぁ!」 「あれって鼻の下のびてんの?」 「イケメンすぎてわかんねぇな」  チラっと盗み見た時成の顔は、今日も今日とてとても整っていて涼しげだ。  夏でも暑さを感じさせない、透明感のある白い肌。色素の薄い、サラリと流れる栗色の髪は少し前髪長めのショートヘア。背も高くて筋肉も程よくついてるから、隣に華奢な安田が並ぶとまさにお姫様と王子様。 「あんなのが、俺たちよりもいいっていうのかよ…」 「俺たち?」 「俺、の間違いだろ」 「あ!?」 「「なんでもな~い!」」 「ッ、」  分かってる、みっともない嫉妬だってことは。  だってさ、時成はどうしてか四人の中でも特に俺に甘かったんだ。それを小学生の時から高校三年になった今まで、ずっと独占してきたのだ。今更取り上げられたら、流石に俺だって子供じみた嫉妬をする。 「でもさ、一平にもそういう気持ちあったんだな」 「そういう気持ちってなんだよ」 「独占欲っていうの? 時成からの扱いになんも感じてないのかと思ってたからさ」 「確かに、普通に流してたもんな。俺も脈なしだと思ってた」 「なんの話だよ! 脈なしってなに!?」  ふたりはべっつに~! と訳知り顔で笑った。そんなふたりの後ろの方で、安田が時成の腕に絡みついて、女みたいな高い声で笑うのが聞こえた。  ◇  その日も殆ど時成と話すことなく一日が終わり、放課後を迎えた。  数学の教師に小テストの件で呼び出しを食らい、みっちりと説教を受ける羽目になり教室へ戻れば、もう誰の姿もなかった。 「なんだよ樹生たち…待っててくれたっていいのにさぁ」  膨れながらチラりと盗み見た、時成の席にもその姿はない。いつもだったら、絶対に待っていてくれたのに…。  そもそも、安田が来てからというもの禄に話もできていないし、あいさつすら交わすのも稀になった。毎日一緒だった登下校も別々になり、時成は安田にかかりきりだ。  学校内ではすでに、ふたりが恋人同士なのだという噂が広がりきっていたし、実際俺から見てもそう見えた。 「……べつに、もういいけどな。アイツにとって俺なんて、そんな程度の存在だったってことだろッ!」  力任せにカバンを引っ掴んで帰ろうとしたその時、視界の端に何かが映る。 「時成…?」  窓の外を、時成が歩いていた。その横には安田の姿がある。ふたりの姿は、体育館へと向かっていた。 「体育館?」  何かに憑りつかれたように、俺はいつの間にか走り出していた。  体育館につくと、そこはシンと静まり返っている。 「あれ…? どこいった…?」  全体をぐるりと見回すが、部活動を行っている気配もなければ、まったく人の気配がしない。さっき見たのは間違いだったのか? 首を捻り、諦めて帰ろうとしたその時。体育館の奥から物音が聞こえた。 「……ん? トレーニングルーム?」  体育館の中にある倉庫は最近改築されたばかりで綺麗で、運動部の合宿用にとトレーニングルームも作られ広々としている。でも、そんなところで時成と安田が? ひと気の無くなったそこで、一体なにを…。  そこまで考えて、心臓が一瞬で跳ね上がった。 「まじかよ、嘘だろ…?」  トレーニングルームには座り心地のいい大きなベンチソファがあって、稀にそこが如何わしいことに使われているのだと、生徒たちの間で密かに噂になっていた。  思いついてしまった親友と後輩の関係に、吐き気がこみ上げ、足はすくみそうになる。  ふたりが恋人であるという噂も耳にしていたが、そんな生々しいことまでは想像できていなかった。今あの倉庫の扉を開ければ、それを目の当たりにするかもしれない。  怖いのに、気持ちが悪いのに、どうしてか足は倉庫へと向かう。  近づいた扉に手を伸ばしたところで、中からまた、物音がした。 「何やってんだッ!」  音が聞こえたと思った瞬間、頭に血が上って力任せに扉を開く。が、そこには、俺が想像していたものとは大きく異なる光景が広がっていた。 「……あれ?」  黒い合皮を張られたベンチソファには、確かに追いかけたはずの時成の姿があった。でも、その横に安田の姿はない。  キョロキョロと周りを見回す俺に、時成がにっこりとほほ笑んだ。 「どうしたの、一平」 「え? いや……あれ?」 「ドア閉めて、こっちおいでよ」  時成が自分の隣をポンポンと叩いた。俺は少し迷ってから、開けた扉を閉めてゆっくりと時成の隣に腰を下ろした。小学生のころから一緒に過ごしてきた親友の横が、今日はどうしてか緊張する。 「なんか俺たち、久しぶりに話すんじゃない?」  でも、そう言って俺の顔を覗き込んできた時成に緊張は一気に吹っ飛んで、代わりにマグマのような怒りがあふれ出した。 「何が久しぶりだよ! お前が俺たちを避けてたんだろ!? ふざけんな!」 「俺が? 避けてなんかいないよ」 「嘘つけ! 安田にかまけて、全然俺たちと一緒にいなくなったじゃねぇか! いまだってお前、安田とここに……」  もう一度トレーニングルームの中を見回すが、安田の姿はどこにもなかった。 「ところで一平、ここに何しに来たの?」 「え…」 「トレーニングルームになんて、用事ないでしょ」 「なっ、だ……だ、」  だって、だってお前が…。 「一平?」  方眉を下げて覗き込んでくる時成の顔に、溢れ出したはずのマグマが少しずつ冷えていく。自分でだって、何がそんなに怒れて、悲しいのか、二人を追いかけたところでどうしたいのか、よく分からなかった。 「だって、時成が……安田とここに来るのを、見たから…」 「だから追いかけてきたの? どうして?」 「どうして!?」 「うん、どうして追いかけてきた?」 「だって! いまお前ら何て噂されてるか知ってるか!? 恋人だって言われてんだぞ!」 「知ってるよ」 「あっ!?」  はっ、なに!? 知ってる!? なんだよ、知ってて…は!? 知ってて否定してないって、それって…! 「まさか…、本当に付き合ってんの…?」  思わず声が震えた。 「安田が側にいれば、俺たちなんか必要ない…ってこと?」 「一平」 「もう俺たちは用無しってことか…?」  ずっと一緒にいたのに、そんなことってあんの? 思わず目頭が熱くなって俯いた。 「俺、これからもずっとみんなで一緒にいられると思ってた」 「俺は、ずっと一緒でいられるなんて思ってないし、望んでもいないよ」 「時成…」  ずっとずっと、今と変わらず一緒にいられると、信じて疑わなかった。時成が俺から離れるなんて、そんなこと一度だって考えたことはなかった。それほどに、時成は常に俺の側にいてくれたから。  鼻の奥がツンとして、堪えるように唇を噛みしめる。その隣で、時成がクスッと笑った。 「可愛いね、一平は」 「…え?」 「俺が望んでいないのは、ずっと〝みんなで〟いることだけだよ」  俯いてた視線を上げる。 「今まで晴海くんにしてきたこと、これから晴海くんにするかもしれないこと。本当は全部、一平にしたいことだって言ったら、どうする?」  言われたことの意味が分からなくて、思考も体も固まった。 「言ってる意味、分かんない?」 「わ、わかんな、え…」 「本当は、ずっとふたりきりで一緒にいたい。登下校も、お昼も、そのほかの時間も、誰にも邪魔されないで、ふたりきりでいたいんだよ」 「え、俺と…? でも、なんでそれを…安田に?」 「一平に嫌われたくないから、身代わりで発散できるか試してた」 「ん!?」  さっきよりも、もっとずっと意味が分からなくなった。 「ただ一緒に、ふたりでいるだけでいいのか…?」  俺を見つめる時成を見上げれば、それは一気にボヤけて視界いっぱいに広がった。一瞬のことだったけど、ちゅ…と微かな音を立てて離れた唇に目が吸い寄せられる。 「こういうことも、もっと先のこともしたい」 「えっ!? おっ、あっ、へっ!?」 「一平は、俺にこんなことされるの、イヤ?」  え!? だってこれって、恋人同士がやるやつで!  そんなことを口にする前に、もう一度時成の唇が俺の口を塞いだ。 「ンぅ! んっ、はぅ…んっ、はっ、」 「一平、鼻で息して」 「ふぅ…んっ、」  何が起きてて、何をされてるのかサッパリわからないまま、俺の口内は時成でいっぱいになって、ぐちゃぐちゃに犯されていた。  漸く解放されたときには腰が砕け、ベンチソファに倒れこんでいた。そんな俺の首筋に、時成がキスを落としていく。 「あっ、わっ、」 「一平、勃ってる」 「ひゃあっ!?」  時成が耳元で何か言ったかと思うと、いきなり俺のイチモツを握りこんできた。 「キスだけで勃っちゃったの、一平?」 「ンな! だっ、だってお前が、あんなエロいのするから!」 「俺の、エロかった? 気に入ってくれた?」 「気に入っ!? なっ、そんなの知らねぇよ!」 「一平」 「わっ! ヤダっ! 触んなってぇ!」  握りこんでいた俺のそれを、時成が無遠慮にぐちゃぐちゃと揉みこみ始めた。  性行為などしたこともない、もっぱら右手がお友達だった俺にそんな刺激は強すぎて、当然元気に育ってしまう。それを掌で感じ取った時成が、とんでもないことを言ってきた。 「一平、これ、舐めてもいい?」 「はぁ!?」  俺の上に乗っかって、そのくせ上目使いで聞いてくる。 「何言ってんの!? マジで言ってんの!?」 「本気だよ」 「そ、そんなの…」  嫌に決まってる。そう言いかけて、だけどさっきの時成の言葉を思い出した。 「それ…、もしも俺が拒んだら……」  時成は、俺の代わりに安田に同じことをするのだろうか…? 見つめる先の時成は、何も答えてくれない。だけどきっと、今までやってきたように。俺たちを置いて、ふたりで過ごしてきたように。  俺が拒んだこの行為は、きっと安田に与えられるんだろう。 「何も怖い事なんてないよ、一平」  時成が、俺に手を差し出す。 「拒まないで、俺の手を握ってて」  目の前に差し出された手。あとほんの僅か数ミリで触れる距離で、俺の手が止まる。 「俺が拒まなかったら、安田にはしない? 昼も、他の時間も、今までみたいにずっと俺と一緒にいる?」  そう聞いた俺に、時成は馬鹿だなって呆れたように笑って言った。 「当たり前でしょう?」  あと一ミリの距離。迷いを捨てて、時成の手をぎゅっと握った。  いつもの時成からは考えられないほど乱暴で、力任せにスラックスを下ろされ、その強さで一緒にパンツまで脱げた。散々時成に弄られていた俺の息子は立派に育っており、時成は躊躇いもなくそれを口に含んだ。 「ンぁああ! あっ、やぁ! あっ! あっ!」  右手での刺激なんて比じゃなかった。あまりの快感に身も世もなく喘ぎ、啼き叫んだ。思わず時成の髪を鷲掴んでしまうが、時成は嬉しそうに笑うばかりで。  ジュルジュル、ジュボジュボと卑猥な音を立てて啜られ、その音で耳からも犯されているような気分になった。 「やっ、時成っ、ときなりぃ!」  躰を捩り身悶える俺を、しゃぶり上げながら見上げる時成の目は獰猛な獣のようだった。俺はこのとき、漸く自分が親友であったはずの時成に喰われたのだと気付いた。でも、そんな時成を安田に取られるよりは、自分が喰われる方がずっとずっとマシだと思った。 「あっ! あぁあっ! もっ、イくぅッ!」  足をピンと伸ばし、喉を曝け出す。全身に力が入っているようでいて、全身の力が脱力したような感覚。ビクビクと暫く躰が痙攣して、漸く収まったころに時成を見れば…。 「ッ!」  俺から出たもの全てを平らげた獣は、その唇を妖艶に濡らしながらゆっくりとほほ笑んだ。 「これからも、ずっと一緒にいようね、一平」  トレーニングルームの奥の方、大きめのロッカーの中で微かにカタン、と音がした。  ◇ 「あれ、一平は? 昼飯なんだけど」  樹生が弘斗に問えば、呆れ顔で窓の外を見る。そこには、安田の時はと比べ物にならないほどの近い距離と甘さを漂わせた、時成&一平組が昼食をとろうとしているところだった。  人目もはばからず、時成は一平を背中から抱きしめ、その首筋に顔を埋めている。 「あ~、なるほど。久しぶりに朝からずっと一緒だったもんな、時成。漸く元の鞘に収まったわけだ」 「巻き込まれた安田くんが気の毒だな」 「あれは自ら巻き込まれたんだからいいんじゃない?」 「でも、随分な当て馬にされたって聞いたけど」 「なにそれ、誰に聞いたんだよ」 「時成本人。一平とのアレコレ、見せつけてやったって」  げぇ~、と樹生が舌を出す。 「アレだろ? 初日の一平を押し退けてひっ転がしたやつ。時成のやつ、アレをずっと根に持ってたんだろ。しかし結局全部、時成様の掌の上だったわけか」 「まぁでも、一平にはこの道しかなかったわけだから。早めに道が固まって良かったんじゃない?」 「ま、一平はねぇ~。あ、そういえば昨日のさ、」  ふたりは何事もなかったかのように、いつもの様に弁当を開いて、昨日見たテレビの話に話題を変えた。  樹生と弘斗にとってこうなる未来は、遥か昔から予測していたものだったから。 END

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