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第1話

小さな声が確かにこの耳に届いた。 燃え盛る炎が暴れ回る音と色んな物が焼けた匂いが自分の周りに広がる中で。 『誰か……助けて…』 目の前で炎を纏ったまま天井として役割を果たしていた木の板が崩れ落ちる。鷹野は自分で生命の危機を感じ、息が上がっているのが分かった。肩が自然と大きく上下に動く。だがその奥から、確かに人の気配を感じたのだ。熱い空気がうねりをあげて唯一晒されている顔がその温度に怯む。不意に頬へ飛んで来た墨が更にその感情を煽ってきた。熱を孕むそれを拳で乱雑に拭うと、小さく言葉を吐く。 「…この奥に…」 逃げ遅れたと言われている子供が絶対にいる。鷹野は奥に感じる気配と確かに届いた声で先程の感情を払った。覚悟を決めたように口を引き結ぶと、轟々とうねる炎の奥へと飛び込んで行く。 「誰か居ますか!居たら返事をして下さい!」 鷹野は元々余り喋らず声が低いのもあり、通りにくい声質だが出来るだけ自分の最大限の大きさで声を響き渡らせる。少しずつ天井が崩れていっているのか火を纏う木の欠片が頭上から落ちてきているのが分かった。 「早く見つけねぇと、撤退命令が出ちまう」 急いて来る気持ちを出来るだけ抑えながら歩を進ませていけば、更に奥の部屋から微かに子供の声が聞こえて来た。 「…たすけて…」 それを鷹野は聞き逃さなかった。迷わずその方向へ出来るだけ早く歩いて行く。すると、部屋の端で小さな体を丸めては酷く怯えながらその子供は長身の鷹野を見上げてきた。辺りの惨状で絶望が滲む瞳を向けて来るが、鷹野は安心させるべく膝を折りしゃがんで真摯な面持ちを向けると声を掛け、肩と頭頂に手を乗せる。 「大丈夫だ、オレが君を必ず助ける。だから、諦めるな」 徐々に子供の瞳に光が戻り始めていく。すると、縋り付くように首に両の手を巻き付けて恐怖で声も出せずに小さく震えながら涙を流し始めた。宥めるように手袋越しで後頭部と背に手を添えて抱き締めてやると、するりと両の手を背と膝の裏に添えて抱き上げながら立ち上がる。だが、既に周りは火の海だ。この部屋の天井も崩れ掛けている。早急に脱出する必要があった。 「てったーい!撤退しろー!」 撤退命令が発令され家中にいる仲間伝いにそれを告げられる。出来るだけ子供を炎に触れさせないようにしながら鷹野は兎に角歩を進ませた。子供はしっかりしがみつき肩口に顔を埋めて脅えている。 「大丈夫だ、直ぐ外に出してやるから」 「……うんっ」 震えながら腕の中で小さく頷く。出来るだけ抱えたその小さな体を抱き込んで炎の中を進んで行き、漸く玄関に辿り着いては外に向かって駆けて行った。 そして、迎えるのは仲間達と遠くに集まる大勢の野次馬、そして子供の家族だった。 「伊織!」 母親らしき女性が側まで駆け寄ってくると、抱えた子供に縋る様に両の手を伸ばしてくる。すると鷹野は抱き込んだ腕を緩めてゆっくりとその小さな体を降ろしてやった。 「良かった、伊織…!ありがとうございます!ありがとうございます!」 後ろから父親らしき男性と高校生くらいの女子が駆け寄って来る。礼を何度も口にする親御と女子に鷹野は墨で汚れた顔のまま穏やかに目を細めて言葉を送った。 「悲しむ人が出なくて良かったです」 子供の家族が涙を流す目から更にそれを溢れさせた。鷹野に向かって振り向こうとするもよろめく子供を母親が支えてやる。鷹野は自分から子供の正面に回ってやると子供が徐ろに口を開いた。 「…あの、名前が知りたい…デス」 「オレの名前か。名前は、鷹野だ」 「…鷹野さん…。アナタの事、一生忘れないから。俺を救ってくれてありがと」 子供なのに、涙に濡れたままの顔で綺麗な笑顔を向けて来る。鷹野は数度ゆったりと瞬きを繰り返した後ヘルメットを取り、ゆるりと腰を折り顔を近付けると子供に言葉を送った。 「君を救えた事、一生誇りに思うよ」 強面で普段は無表情な鷹野に優しい微笑みが浮かべられるが、後ろから仲間に収集命令を掛けられる。ゆっくりと顔を離してはその家族に敬礼を向けてその場を離れることにした。

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