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嘘つきハッピーエンド
今流行りのオンライン飲み会を、高校時代の友人数人ですることになった。
「うぃーーす、久しぶり〜」
「そっちはどう?生きてる?」
「うるせえよ、生きてるから酒飲んでるんだろうが」
こんな軽口を叩くのも、画面越しではあるが一緒にお酒を酌み交わすのも、もう何年振りだろうか。高校を卒業してからもう数年が経ち、皆それぞれ社会に出て仕事をしている。
いつの間にか連絡を取らなくなって、しまいには疎遠になって、連絡先すらも分からないやつもいたが、ある1人の鶴の一声で、2日ほどで当時の友人が全員集まれることになった。
こんなことがなければ、顔を合わせることもなかった友人。声も、画面に映された表情も、どことなく落ち着いたように見えるが、友人たちの笑い声や空気感はあの頃から何一つ変わっていない。
しばらく他愛もない話をしていたが、やはり気になるのは恋愛事情。1人が切り出すと、せきをきったかのように1人、また1人と話し始めた。
「俺さー、最近彼女と別れちゃったんだよねー」
「マジで?それはおもろいわ」
「何笑ってんだよしばくぞ。…ったく、本当飲んでないとやってらんねーー!」
「いや、そういう坂井はどうなの?」
「俺?俺は何も変わってないよ」
「何もって…お前まさかまだ彼女出来てないのか」
「んー、まあ」
「いや俺のこと笑ってる場合か!お前もうちょっと積極的に行くべきだって高校の時から思ってたんだよなぁー!頑張れよぉー」
「お〜、うん、ぼちぼちな」
この手の話は昔から苦手だ。高校の時から彼女はいない…という設定で乗り切ってきたが実を言うと何人か付き合った子はいる。
けれど。
「なんかな〜、しっくりこないんだよな」
「え、なに?急にどうした?」
「あ、ごめんゲームの話。無視してくれ」
「ゲームしながら電話するな!俺を見ろ!」
「きついわ」
「それは泣く!!」
少しずつ酔いが回り始めて、気持ちが昂った様子の友人を軽くあしらいながら物思いにふける。
高校時代、女の子と付き合うことに、何故かしっくりきていない自分に気が付いてしまったのだ。
嫌悪感があるわけではないし、手を繋いだり、キスをしたり、恋人同士のスキンシップはある程度したつもりだ。だけど、なんの感情も湧いてこなかった。
「もー坂井が俺のこと無視するから俺の彼女の自慢してもいいー?」
「うわ、だっる…」
「いやマジで可愛いんだよ!手繋いだだけで照れるんだぜ!?めちゃくちゃいい匂いするし、それから…」
雄貴の彼女の自慢に、適当に相槌を打つ友人の声が聞こえる。
女の子が近くにいて、触れて、可愛いとか愛しいとか綺麗だとか。なにひとつ言葉が湧いてこなくて。触れた手の温もりに何も感じない自分に、ひどく怯えたことだけは今も鮮明に覚えている。
「え〜、ゆうき〜?なにやってんの〜?」
突然女の子の声がして画面を見ると、雄貴の通話画面の端からひょこっと顔を出すロングヘアーが目に入った。
「あっ、みゆ!紹介するわ、俺の彼女のみゆ。めちゃくちゃ可愛いだろ!?」
「ちょっとやめてよ〜照れるじゃん〜」
ただでさえ狭い縦画面に、2人分の顔が映った。先ほど友人たちに見せていた顔とはまた違った、雄貴の笑顔。心の底から幸せだって顔に描いてあるようだ。
その時、チクリと。
心の中で、言葉にできない真っ黒な感情が顔を出した気がした。
「…あ、そうだ。俺今日洗濯干してねえわ。そろそろ切るわ」
「マジか。それはしょうがない。また電話しような」
「今度は彼女の話聞かせろよー!」
「はいはい、じゃあね」
笑顔で通話画面を閉じると、携帯を放り投げて、小さくため息をついた。幸せそうな友人の姿に、少しでも抱いた感情に慌ててかぶりを振る。
「…最低だな」
これはアホでも分かる、嫉妬。
自分が歩むことのできない"普通の人生"をまざまざと見せつけられたようで急に惨めになってしまって。
自分の恋愛対象が男だなんて、昔の友人には絶対に言えない、言えるはずがない。
俺はこの先も、楽しく酒を飲んでいる振りをして、昔のままの俺を演じ続けなければならないのだ。
辛くはない、辛くはないけど。あの日馬鹿みたいに笑って、泣いて、信じていたはずのあいつらに、少しでも嘘をついている自分が、口を開くたび嫌になる。
「…たつき」
後ろから名前を呼ばれて、ハッとして振り返る。そこには、先程寝室に行ったはずの同居人が眠たげな目を擦って佇んでいた。
「凖さん起きてたんですか?…すみません、うるさかったですよね」
「いや別に。そろそろいい時間だし、たつきも寝ないのかなって思って」
「そうですよね、…俺もそろそろ寝ます」
同居人、というか恋人の凖さん。歳の差のせいもあるのか、色々と俺のことを心配してくれる。
そういえば明日の朝は早出だった。先ほど放り投げた携帯を回収して寝る準備を始めた矢先、
「…………たつきさ」
あくびをしながら、凖さんがゆっくりと近づいてきた。
「今、良くないこと考えてたでしょ」
「…!」
凖さんは不思議な人で、俺の考えていることが本人曰く手に取るように分かる…らしい。俺が分かり易すぎるのかもしれないが。
「…………すみません、なんか、高校のこととか思い出しちゃって…でも大丈夫です」
「俺はさ、別にたつきに胸を張って恋人ですって言ってほしいわけじゃないんだよ」
「いや、あの」
「ましてや、男が好きですとか今同居してる人がいますとか友人に言ってほしいわけじゃない」
凖さんは俺の隣にゆっくり座ると、手のひらをそっと俺の手に重ねた。
「今自分は幸せですって、心の底から思って欲しいだけなんだよ」
「…!」
「確かに世間様から見たら普通じゃ無い。子どもも産めなければこの先ずっと一緒にいられる保証も無い。…だけど」
触れた手にキュッと力がこもる。
「たった1人を何も確証のない中で愛していけるこの日々を、自分が認めなければ誰が認めてくれる?」
「!」
凖さんの眠たげな瞳に、俺の間抜けな顔が映った。
「別にお前の嗜好を、仲が良かったからってカミングアウトする必要なんてどこにもない。…まあお前が言いたきゃ止めないが、どんな形であれ、今自分が幸せだよってお前の顔に、お前が描かなきゃ」
絡められた手が、ぐいと引き寄せられた。
そのはずみで、凖さんの胸に顔を押しつけてしまい、もごっと声にならない声が出た。
「俺は今、誰よりも幸せだよ」
至近距離で見上げた顔は、この世で今、1番大好きな笑顔だった。
「…………俺もです」
自然と溢れた笑顔に、さっきまでの不安はどこかへ消し飛んでしまったようで。
そのままの流れで、自然と唇を寄せた。
「…今日はもう遅いから寝よう」
「そうですね。…また明日」
「えっ明日やるの!?困ったなあ〜準備しとくわ」
「そういうことじゃないです」
ふざけて肩を叩くと「あいて!」と大袈裟なリアクションが返ってきて吹き出してしまった。
また明日もきっと、友人たちのことだから飲み会に誘ってくれることだろう。
嘘をつくことにはなるけど、今度こそ、恋愛の話についていける気がする。
そして、自分が今1番幸せだって真実も、少し嘘に混ぜて言えたのなら。
画面越しのその瞬間が、本当になっていくだろう。
「…おやすみなさい」
「ん、おやすみ」
深夜2時。背中越しに触れた温もりに、ゆっくりと瞼を下ろした。
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