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有料彼氏・中編

開演時間がもうすぐだったので、商品を受け取って速足でスクリーンへと移動する。 スクリーンへ移動すると意外にも客は子どもだけでなく、大人やカップルの姿も結構あり、日曜なこともあってか、前列以外席はほとんど埋まっていた。 既に座ってる人に足場を開けてもらいながら彼の後について席へと向かうと、自分たちの席はスクリーン右側の壁の真横とその隣だった。 彼がそのまま壁の真横の席に座るだろうと思いその隣に座ろうとすると、「ちょっと、青はこっち」と小声で注意される。 どちらでも大して変わらないのに何故わざわざ変わる必要があるのか首を傾げていると、無理やり引っ張られ壁際の席に座らされ、その隣にドスンと彼が座った。 「……っ」 声も出せずに目をぱしぱしさせていると 「…こっちだと反対隣が男になっちゃうでしょ。青の隣はオレだけ」と耳打ちされる。 その言葉で一瞬に顔が熱くなったのが分かったが、上映時間になり部屋が暗くなったので、オレの顔が赤くなったことはバレなかったと思う。 真ん中の飲み物ホルダーにポップコーンと飲み物の載ったトレーを差し込んだ彼を見てから、CMや注意点を映しはじめたスクリーンへと視線を移す。 すると急に左手をとられたかと思うと、そのまま彼の膝の上でまた恋人つなぎをされてにっこりと微笑まれる。 (…これが、映画デートなのか…) 心臓がドキドキしっぱなしで、休む暇もない。 繋がれた手にばかり集中してしまいガチガチに固まっていると、空いてる方の手で頬をツンツンとされたので彼の方を見ると、ポップコーンを手に取り「あーん」と声には出さずに口パクで伝えてくる。 びっくりしてぽかんと開いてしまった口に、「あーん」とそのままポップコーンを突っ込まれ、その拍子にオレの唇に彼の手が触れた。 オレの心臓はまたドキリと跳ねたが、彼は気にした風もなくそのまま自分でポップコーンを食べ始めた。 緊張やドキドキで最初ロクに頭に入ってこなかった映画は、流石日本のアニメというべきか。 笑いあり涙あり感動ありで、初めて見る大人でも楽しめる内容になっていて、いつのまにかガッツリ見てしまった自分も、危うく涙を流しそうになるくらい感動してしまった。 エンドロールが流れ始め、人がぽつぽつ帰り始めた中で小声で 「…意外に楽しかった」と呟くと「オレも」と笑顔を返される。 すっかり見入ってしまって硬くなった体を伸びをしようと手を動かすと、ずっと彼と手をつないだままだったことに気づく。 まだ出会ってから2時間しか経っていなくて緊張もドキドキも治まらないけど、当たり前のようにそばにいてくれて、オレだけに優しく微笑む彼。 きゅんと胸が高鳴る半面で、お金を払ってるからだと思うとなんだか空しくもあった。 映画館を後にしながら「次はどこいこっか?」と尋ねられるが、正直オレは映画以外何も考えてなかった。 そもそも映画を選んだのも、"初デートは映画館がいい(話が弾まなくても気まずくならない)"というネット情報を見たからであって、特別見たいものがあったわけじゃない。 普通の人が味わうような初デートをしてみたかっただけなのだ。 「えっと…どうしましょうか…すいません、考えてくるって言ったのに、映画しか考えて来ませんでした」と正直に話して俯くと、 「そっか。じゃあとりあえず3階のゲーセン行かない?映画の半券で1回無料のとかあるんだってよ!」と呆れることなく笑顔でまた手を繋がれる。 「っ…はい」 残り時間が50分になった頃に、ゲーセンへと到着した。 「青どれか欲しいのある?オレこーいうの得意なんだよ」 「え…えと…」 クレーンゲームを前にそう尋ねられるが、正直オレは男だからぬいぐるみには興味ないし…かといってフィギアとかに興味あるわけでもなく。 視線をきょろきょろ彷徨わせていると、1つのものに目がいった。 「…こ、これ!」 「え?どれ」 それはオレの大好物のチョコ菓子がどでかいパッケージに入っているものだった。 (こんなに入ってたら、1週間は毎日食べれる…っ) そんな風に思っていると隣からぷっと吹き出した笑い声が聞こえた。 「はは。青はポップコーンといい…お菓子大好きなんだね。それは半券使えないみたいだから後で取ったげる。あ、半券はこれ良くない?青にピッタリ!」 そう言って彼が指さしたのは、青い兎の小さなぬいぐるみのキーホルダー。 「どう?」とオレだけに向けられる笑顔に、NOと言えるはずもなかった。 すぐに彼は店員さんを呼び、オレのと彼ので合わせて2回無料で遊べるようにしてもらった。 「よっしゃ見てて!あそことあそこの人形の向きがいいから、2回ともいけると思うよ」 そう言って彼はつないだ手を放して笑顔を消して真顔でゲーム機に向かう。 さっきまでとは違う真剣な顔にまたどくりと胸が跳ねた。 スーっと彼の操作によって動いていくクレーンは、彼の狙いだった人形を少し通り越してから止まった。 (なんだ…口ばっかりで全然違うところ行っちゃってるよ…) そう思っていると、彼の狙いは人形本体ではなくそれについていた輪ゴムだったようで、そこに綺麗にクレーンを通し、見事にゲットした。 「す、すごい」 「だろ?」そう言うと彼は2回目も同じ手口で見事ゲットし、 「やったね、これで青とおそろい!」と言ってにっこり笑った。 人形を取り終えてからオレの欲しかったチョコ菓子のレーンへと向かい、1回目で箱の位置をずらして、2回目でバッチリ取ってくれた。 「…ありがとう」 「どういたしまして」 おそろいの人形に大好きなチョコ菓子。 初デートでの初プレゼントに胸が温かくなり、思わず顔がにやける。 「…ねぇ青、せっかくゲーセン来たんだし、一緒にプリクラ撮らない?」 「え…」 「初デート記念にさ!」 「え、ちょ…」 そう言うとそのまま隣にあったプリクラ機の中にグィっと勢いよく引っ張られる。 「え…や、やだ」 「いいじゃん1回くらいさー」 そう言いながらオレを無視して彼は料金を入れ終えて、室内の画面がプリクラ紹介から自分たちの映像に切り替わった。 「……っ」 画面の中にはカッコいい彼氏と、女装したオレの姿。 写真を撮るために密着しているその2人は、どこからどうみても男女のカップルにしか見えない。 (なんだこれ…) その画面を見た途端に急にとてつもない馬鹿らしさと嫌悪感が襲って、彼の手を無理やり振りほどき、機械の外へと出る。 「青…?!」 急に飛び出したオレに、慌てて彼も外へ出てきた。 「…ごめん。そんな嫌だと思わなくて…ごめん」 そう言って当たり前のようにオレの手に触れようとした彼の手をパシリと叩いて拒絶する。 「…すみません。急に体調が悪くなって…ちょっと早いですけど、これで終わりにさせて下さい」 「え…?」 「楽しかったです。ありがとうございました」 「え、青…!」 目も合わせずに言い切って、後はダッシュで逃げ切った。 彼が追いかけてくる声が少し聞こえたが、駅に着くころにはもうなくなっていた。 「はぁ…はぁ…」 駅についてすぐにコインロッカーから荷物を取り出し、共用トイレへ入る。 誰もいないトイレの鏡に映るのは、女装してすっかり女みたいになった自分の姿で。 「……っ」 (気持ち悪い…) 勢い任せにウィッグを取って、乱暴に化粧を落とす。 バシャバシャと無理やり擦って顔を上げると、やっと見慣れた自分の顔。 (お金を払ってこんなん…バカみたいだ…) びしょびしょに濡れた自分の顔に、涙が滲んだ。 オレはゲイで、でも今まで1度も男に好かれたことが無くて… だから一時でもいいから、有料でもいいから、男と恋愛してみたくてこのサービスを利用したのに。 さっきプリクラ機に映し出された自分の姿は、誰がどう見ても男女のカップルだった。 (彼が優しくしてくれたのは、オレが女のフリしてるから…) オレは男に好かれたかったけど、女になりたかったわけでも、女として愛されたかったわけでもない。 (オレは自分のままで、恋してみたかったのに…) 彼と並んだ自分の姿を見た瞬間、自分のその本心がとてつもなく溢れ出し、あの場にいるのが嫌で嫌でたまらなくなってしまったのだ。 女装してでもこのサービスを利用したいと思ったのは自分なのに なけなしの大金を払っても女性のフリをしなければ男に相手にしてもらえないのだという現実が、ただただ悲しかった。

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