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第9話 天凱の気持ち・7

「………」  お腹空いた。足が縛られたままだから動くことも出来ず、体がだるい。  俺は床に横になり、たくさん積まれた商売道具の赤い布団をぼんやりと眺めていた。  窓がないため、あれからどれほどの時間が経ったか分からない。時間と期限が分からない罰というのは、想像以上に厳しいものだった。  目が霞んだり息が苦しいということはないから、多分それほど時間は経っていないはずだ。しかし最果で空腹に慣れているとはいえ、寿輪楼に来てご飯の美味しさを知ってしまった俺には空腹が物凄くきつい。  飴玉。チョコレートケーキ。白いご飯とお味噌汁。次々頭の中を過ぎって行く食べ物の絵に、開きっ放しになった口から涎が垂れた。 「……彰星」 「はい」 「俺だ。生きてるか、彰星」 「……天凱さん?」  扉の向こうでコンコン、と二度叩く音がした。 「ああ、俺だ。お前の顔が見たいよ、……彰星」  天凱さんがいる。この扉一枚隔てた楼の廊下に、天凱さんが来てくれている──。 「雷童に聞いた。勇蔵がお前に酷いことをしたと……それなのに相手が警察の身内というだけで、お前が罰を受ける側になってしまったと」 「雷童さんが……やっぱりあの人は、優しいなぁ……」  少しだけ微笑みながら、俺は扉の方へと無意識に這いずっていた。少しでも天凱さんの声を近くで聞きたかったからだ。 「体調はどうだ。怪我は」 「大丈夫です。俺は元気ですよ」 「……済まなかった、彰星」  貴方のせいじゃない。言いたいのに、こみ上げてくる複雑な感情で胸がつかえて言葉が出ない。 「何とかご楼主にかけあってみる。必ず今日中にお前をそこから出すから、もう少しだけ耐えてくれ」 「いいえ。……いいえ、天凱さん。どうか俺のために無茶はしないで下さい……お願いです。罰が終われば俺はここから出られます。天凱さん、お願いですから何もしないで……」 「勇蔵に聞いただろ、俺も売られてきた子供だった」 「………」  唐突に言われて、一瞬頭の中が空転した。 「一歩間違えれば俺もどこかの娼楼で客を取らされていた。……お前を他人と思えないんだ」 「天凱さん……」 「今はお前の元に通うことしかできないが、俺が三代目になって自分で商売ができるようになったら、必ずお前を身請けする。……将来の伴侶が苦しんでるのに、放っておける訳がない」 「ふ、う、……」  涙が止まらなくて、俺は床の上でうずくまった。  天凱さん。  貴方が好きで、好きで好きで堪らない──。 「だから俺に任せてくれ、彰星。いいな」  俺は震える手で扉に触れ、この向こうにいる天凱さんの温もりを少しでも感じ取ろうとした。  鼻をすすり、もう片方の手で涙を乱暴に拭う。 「天凱さん」 「………」 「貴方のその言葉だけで、俺は一生分の勇気をもらえました。もう大丈夫です。何も怖くないし、苦しいこともありません。どうか俺がここから出た時は、一番に揚がって下さいね」 「彰星……」 「それから、チョコレートのケーキも欲しいです」 「ふふ」  ようやく天凱さんが笑ってくれて、俺も扉に向かって微笑んだ。  あまてらす様。  子供だった天凱さんを守ってくれて感謝します。  そしてそんな彼と俺を引き合わせてくれて、ありがとう。  俺は彼のために生きることを決めました。  あまてらす様。  彼を愛してもいいですか。  第9話・終

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