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第11話 思いがけない1日

 六月一日、晴れ。 「お前達。飯の途中で済まねェが、大事な話がある。箸を置いて聞いてくれ」  その日の朝、食堂でご飯を食べていたら突然お義父さんがやって来て言った。凄く真剣な顔をしていて、俺達全員、思わず押し黙ってしまう。 「お前らは一年中、盆も正月も関係なく働き続けている。お前らだけではなく、この遊廓にいる者は皆同じだ。だがな、お前ら、よく聞け」  お義父さんの顔が一層険しくなった。訳が分からないけれどとにかく怒られるのかと思って、俺はぎゅっと唇を噛みしめた。  が── 「今年から六月六日は『弥代あじさい祭り』として、この廓にある全ての娼楼が見世を休んで祭りに参加できることになった、らしい」 「……え?」 「祭り……?」  きょとんと目を丸める俺達を見て、お義父さんが複雑そうな顔になり額に手を置いた。 「上からのお達しでな。今後あじさい祭りを弥代の夏の一大行事にしたいらしい。軍のお偉方も招くとかで、気合が入ってるんだと」 「………」  誰も何の反応も示さず、お義父さんが喋り続ける。 「んで、ウチを含む幾つかの大店の娼楼が屋台を出すことになった。番頭の漸治を店主として、お前らにも交代で店番をしてもらう。自由時間もたっぷりあるぞ。張見世はなしだ。当日は一日中、祭りを楽しんでくれ」 「うそ」 「……ほ、本当に?」 「お、お祭り……?」  そこでようやくぽつぽつと声があがり──俺達は一斉に叫び始めた。 「やったあぁぁ! 休みだあぁぁ!」 「祭りだっ! よっしゃああぁ!」  信じられない。よっぽどの病気じゃなければ絶対に休ませてくれない娼楼という場所が、まさか俺達を一日とはいえ自由にしてくれるなんて。 「お義父さん! 屋台って何やるのっ?」  雷童さんが飛び上がってお義父さんに訊ねる。 「ウチは鯛焼き屋だ」 「た、鯛焼き!」 「うっわあ、凄い!」  歓声を上げる俺達に向かって、お義父さんが「静かに!」と叫んだ。 「いいかお前ら。張見世をやらねェ分、屋台で稼いでもらうぞ。当日はうんと着飾って、客を根こそぎかっさらうんだ。屋台が出せるのは大店の娼楼だけだからな。他も気合を入れて来るはずだ。負けるんじゃねェぞ、お前ら!」  うおおおぉ、と兄さん達が雄叫びをあげた。もちろん俺も。  弥代あじさい祭り。生まれて初めてのお祭り──嬉しくって息が止まりそうだ。 「よし、話は以上だ。……ったく、面倒くせェモン考えやがって……屋台出すのに幾らかかるってんだ、ったく……」  ぶつぶつと文句を言いながらお義父さんが食堂を出て行った。さすがは弥代遊郭一の守銭奴……何よりもお金の心配をしている。 「そうと決まれば、ゆっくりしてられない!」 「俺も……!」  突然雷童さんと風雅さんが残りのご飯を勢いよくかき込み始めた。そうして慌てた様子でお茶碗を下げ、止める間もなく走って食堂を出て行ってしまう。 「二人共どうしたんだろ……お祭りまでまだ日にちがあるのに」  箸を持って茫然としていると、牡丹さんが笑ってその理由を教えてくれた。 「義父さんが『着飾れ』って言ってただろ。二人共それぞれの旦那に新しいキモノでもねだるんだろうよ」 「な、なるほど……」 「俺もぼんやりしてらんねえな。旦那にあてて手紙でも書いてくるか」  牡丹さんが立ち上がると、「俺も」「俺も」と小椿さんや銀月さんまでもがそれに続いて食堂を出て行ってしまった。 「……一郎太さんは?」 「俺はあまり目立ちたくないから、前に次郎太と写真を撮った時に着ていた物で済ませるつもりだが。彰星はどうするんだ? ここに来て間もないから、持っているキモノの数も少ないだろう」 「う。……ど、どうしよう……」 「俺のでは大きいし、次郎太のでは小さいな……」

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