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第14話 三千世界の彼方まで・5

「じゃあな爺ちゃん達。また来るから、その時はケーキ持ってくるからな!」  綺麗なお花と、良い匂いのするお線香と、三人の温かい気持ち。たまにこうして自分のことを思い出してくれる人がいるって、何て幸せなんだろう。  ……やがて手を繋いだ三人の姿が見えなくなると、これまでじっと黙っていた天凱さんが俺の肩を抱いて囁いた。 「大恋愛の末に、だってよ。お前、俺がいない所でサキにそんなこと言ったのか?」 「だ、だって間違ってないじゃないですかっ?」  初めて港で目が合った時のこと。  初見世の夜に大泣きした俺を抱きしめてくれたこと。  甘いお菓子を食べさせてくれたこと。  いつでも手を繋いで俺の隣を歩いてくれていたこと──。  全部全部、昨日のことのように思い出せる。 「見てみろ、星が出てきたぞ」 「わ、……本当だ」  俺達がいなくても弥代には億千の星が降る。今も昔もあの星の一つ一つが、かけがえのない命の光。──シリウスは今日も一番に力強く輝いている。  天照(あまてらす) その御名呼びて身焦がさば  三千世界に星のふるなり 「……ん?」 「いつかの大晦日に、俺がノートに書いた天凱さんへの『気持ち』です。墓場まで持って来れたので、この際天凱さんにだけ教えます」  日に日に失われてゆく魂の意識が、完全に天に昇り消滅してしまう前に。  俺達の中で一番思い出深い頃の姿のまま、二人一緒にいられるうちに。 「照れ臭くなる(うた)だ。……全く、彰星は何十年経っても、彰星のままだなぁ」 「ど、どういう意味ですかっ」 「わははは」  天凱さんが俺の手を握り、自信に満ちた顔で笑う。 「一ノ瀬堂も安泰だ。星天とサキはしっかり切り盛りしてくれているし、飛天はちゃんと勉強もして、あんなに心の純粋な子に育ってくれている」 「そうですね。俺も安心です……」 「………」  俺達の決意と共に、握った手と手が薄く、溶けて行く……。 「そんじゃ、……そろそろ行こうか」 「……はいっ」  きっとそこには兄さん達もいるだろう。  俺を産んでくれたお母さんもお父さんもいるだろう。  何から話すか、決めておかなくちゃ……。 「可愛いよ、彰星」  強く強く抱き合いながら、俺達は星空の向こうへ飛んで行く。  海を越え雲を越え、弥代の空から三千世界の彼方へと。 「彰星、寒くないか?」  天凱さんの胸の中。俺は甘い香りに包まれて静かに目を閉じ、微笑んだ。 「いいえ。凄く、凄く……温かいです」  勇ましく風を切りながら、俺達はシリウスを目指して飛んで行く。  ──その先にあるのはきっと、俺達が夢に描いた優しい光の新世界だ。  三千世界の星たちへ・終

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