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家族

 ちょうどひと回り年上の姉が何回目かの ――  (3回目までは覚えていたが、その後は   馬鹿らしくなってカウントするのも止めた)  再婚をした数日後から、俺の受難の日々は始まった。     千早(ちはや)姉ちゃんの今度の旦那・  一ノ瀬 皓(いちのせ あきら)さんは 区役所の生活福祉調整課に勤務する公務員さん。  姉ちゃんったら、 今度こそは”添い遂げよう”って気持ちの表れなのか?  手堅い男捕まえたなぁ……と、思ってたら、 案の定 ”お役所勤務なら夜間の超過勤務も 休日出勤もお得意さんへの接待もかんけーないでしょ” だって。    2人は入籍した翌日、我が家に引っ越してきたんだけど……  一ノ瀬さんには亡くなった前妻さんとの間に 13才(中1)の連れ子がいる。  そいつの名前は翔太(しょうた)。  ガキの癖して、肩のちょい上まで伸ばしてる 柔らかな栗毛色の髪はサラサラで、 小動物を彷彿とさせる大きくてクリクリした瞳が なんとも印象的だった。  けど、こいつのこんな”虫も殺さない”って 見てくれに騙されちゃあいかん!  これまで俺は、国試に受かって研修に突入しても 当分の間は実家暮らしをしようって計画だったが、 この”小悪魔・翔太”も我が家に同居する事になり 考えが180度変わった。 「―― なぁ、りん~、いい加減起きろよぉ」 「るっせぇなっ。今日は日曜日! 夕飯まで絶対声かけるんじゃねぇぞ」 「引っ越し荷物のお片づけ手伝ってよ」  無視。 「ねぇってば、ねぇってば、ねぇってばっ!!」 「だーーーーっ! もう、うるせぇーな。あっち行ってろ」  俺は軽く手を払ったつもりだったが、 翔太は大げさに尻もちをついた挙句大声で泣き出した。 「あ~ん、りんたろ兄ちゃんが頭殴ったぁぁっ!  痛いよぉ ――」  ”どどどどどどどど ――”  その泣き声が聞こえるや否や、 地響きをたてて我が家のターミネーター、 長女・千早(37)登場 「りーんたろーぅ!!  ったくもう、あんたって子はいい年をして いたいけな子供いびるんじゃないわよ」 「お、俺はいびってなんか……」   「さっさと起きて、翔太くんの片付け手伝って あげなさい」 「え~~~~っ!!」  その次の瞬間姉ちゃんが繰り出した渾身の ヘッドロックが俺の頭に見事にキマった。 「うぎゃ~ ――   ギブ・ギブ……こんなの卑怯だよ」  チラリと見れば、姉ちゃんの後ろに隠れた翔太は 俺に向かって”あっかんべー”をしてた。  もちろん、姉ちゃんにはバレないように。  こ、この糞ガキ……いつか必ず一矢報いてやるからな、 覚えとけよぉ……。 ***** ***** *****  俺ん家、周囲の家よかかなり年季が入った建物だが、 昭和初期に当時の最新技術を駆使して建てられ。  あの**大震災や大空襲の猛火をもかいくぐって来たという 超レアなプレミア物件 ――。      姉ちゃん夫婦は離れに ――  母屋の1階は今まで通り家長の次兄、 そして2階に俺の部屋や物置……と 「ところでさ、何で翔太も2階なワケ?」  姉ちゃんが使ってた隣の部屋が翔太の部屋になった。 「ヘンっ。新婚夫婦の邪魔するほど野暮じゃねぇんだよ」 「野暮って……ガキの癖にいちいちムカつく奴だな」  俺はブツクサ言いながら、 重い物から先に運ぼうと1人掛けのカウチソファーを持ち上げた。 「自分は25にもなって兄弟の脛かじってる癖に、 えらそーなこと言ってんじゃねぇよ」  よりによってそのソファーの上に飛び乗り やがって ―― 「重っ ―― 下りろバカ」 「体使うしか脳がないんだから、 今のうち使っておけ」  ったくもう……重ね重ね不躾で可愛くないガキだ。  俺がソファーをわざと傾けると、翔太は驚いて俺にしがみついた。 「あっぶねえだろ。脳たりんの筋肉ばか」 「うわぁ……いかにもガキっぽい幼稚な表現だ。 あはははは ――」  高らかに笑いとばした俺を、 翔太は赤い顔で睨み付ける。 「う、うるさい ―― 僕は可愛いからいいんだ」  へっ。自分で自分の事 ”可愛い”なんてよく言えるなぁ。  そうゆう図々しいとこは感心するわ。 ***  ***  *** 「りんー……りんたろーぅ……起きろよ」  真夜中に翔太が俺を起こしにきた。 「んン……まだ、3時じゃねぇかぁ……」 「ねぇってば、起きてよぉ」  俺は重い瞼を無理矢理こじ開けるよう持ち上げた。  けど、そんな風に俺を無理矢理起こしやがった。  翔太は、顔を真っ赤にしたまま俯き何にも喋らない。 「こんな時間に人を叩き起こして一体どうゆう了見だ」  た~っぷり数十秒は黙り込んでいただろうか?  痺れを切らした俺が『勘弁してよぉ』って言うと、 翔太は蚊の鳴くようなか細い声で『トイレ』と言った。  でも俺は寝ぼけていたのと、 翔太の声があまりにも小さ過ぎたのとで、 つい『え?』って聞き返した。  すると ―― 「……ト、トイレ……一緒に行ってくれ」 「……はぁっ??」  ただでも赤い顔をさらに赤らめ儚い抗議。 「こ、こんな恥ずかしい事、2度も言わせるなよ」 「……なんだよ。1人で行けねぇんか」 「だ、だからこんな恥ずかしい事……」 「あぁ ―― うちのトイレは外にあるし、 離れからも母屋からも一番遠い庭の端っこだもんなぁ。 中坊のガキが真夜中に1人で行くのが怖いってのも 分からなくはないが……なぁ、翔太」 「……何だよ」 「人へモノを頼む前に、 そうゆう生意気な自分の態度改めろよ」 「……誰がお前なんかに」 「はぁっ?!」 「ト、トイレ、くらい、1人で行ってやらぁ」  って、出て行ったがその足は明らかに ブルブル震えていたし……1分も経たないうち また翔太はこの部屋に来た。 「……頼む、一緒にトイレへ行ってくれ」 「―― くれ?」 「……くだ、さい」 「……分かった。しゃーない、行ってやるよ」  フッ ―― なんだかんだ言っても根はしっかり お子様なんだな……。

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