10 / 22
2人を繋ぐもの
「すげぇおもしろかったな~!」
気付けば映画は終わっていて、脳天気に笑いながら席を立つ和也に続いて立ち上がる
何も言わないまま劇場から出て携帯を見ると、着信があった。
相手はいつも遊ぶ仲間の一人で、かけ直すと内容はなんてことないーーークラブのお誘いだ
「和也は行く?」
通話状態のまま聞くと
「まさか!今から彼女に逢いに行く!」
と即答
『悠は?』
その問いに、俺は思わず口ごもった。
今日の昼には、また元の生活に戻ろうと誓ったのに
湊人のことは忘れようと決めたのに
「……やめとく」
その答えしか、出なかった。
電話を切って和也と別れた帰り道、1人苦笑を噛み殺す
俺マジで何してんだろ
クラブ以外にどうせ行くとこなんてないのに……
「……あ」
危ない危ない、省吾との約束忘れてた
慌てて電話を掛けると2コールですぐに繋がって
『おぅ』
「和也終わった。どこ行けばいい?」
『あ〜……いつもの店で待ってる』
「了解」
よく行くカフェ兼メシ屋はここからなら5分くらいでいける
俺は足早にその店へと向かった。
* * * * *
「いらっしゃいませ〜」
案内しようとする店員に待ち合わせだと告げて、店内を見回す
あ、いた。
一番奥の4人掛け席で、手を上げる省吾
頷いて向かう途中、省吾の向かい側に誰かが座っているのが見えた。
なに……女連れ?
予想外のことに多少驚きつつ
「ごめん、待った?」
省吾に声をかけながら女を見やって
「…………!」
思わず、絶句
「久しぶり」
固まった俺に笑いかけて、綾香はそっと席を立った。
省吾の隣に移動してから、俺を座るよう促す
とりあえず2人の向かい側に座るけどーーーなんか、顔が見れない
「ホットチョコで良いよな?」
と言って店員に声をかける省吾
その隣で少し俯き加減に座ってる綾香は、ちょっと痩せたみたいだ
最近では会うどころか連絡すらとってなくて、本当にほったらかしだったな……
「あ〜……なん、で?」
どう言っていいかわからず、曖昧に呟きながら省吾を見る
真っ直ぐ見つめ返す顔は、そこそこ付き合いの長い俺でも見たことないくらい真剣な顔で
「……あのさ」
「待って」
一拍置いてから切り出した声を遮ったのは、綾香
反射的に目をやれば、完全に視線がぶつかり合った。
気まずい……というよりも、なんか変な感じだ
こんなに真っ直ぐ見つめ合ったの初めてかもしれない
俺ーーー普通に付き合っていた時でさえ、まともに顔なんか見てなかったんだ。きっと。
「私から、話していい?」
凛とした綾香の声に、省吾が頷く
ただ見ていたら、綾香は俺を見てはっきりと言った。
「悠、私のこと……好きじゃないよね?」
これは……なんて返せばいいわけ?
言葉も出ない俺に、綾香は微かな笑みを零した。
「最初から、悠が私を好きじゃないことは気付いてた。それでもいつかは、本当に好きになってくれるんじゃないかって……ずっと思ってたの」
独り言みたいに、ポツリポツリと喋る綾香
自嘲気味な笑みを浮かべながら続ける
「悠の嘘も浮気も……全部知ってた。それでも良いって思ってた。“彼女”は私ーーーいつか私を特別に想ってくれるって、信じて……」
嘘も、浮気も
綾香が知ってること……知ってたよ
特に隠したこともないし、伝わってもいいかって思ってたから。
小さく頷きながら、店員が持ってきたホットチョコレートに口をつける
柔らかな湯気の向こうから、まっすぐ見つめてくる綾香
この視線にも気付いてた。
いつも、物言いたげに俺を見つめてただろ?
そんなお前の言葉にも、想いにも
応えられないことを、俺はわかってたんだ
最初から、ずっと。
「悠が私を好きじゃなくても、私が悠を好きならそれでいいって思ってた。でも……やっぱり、つらかったんだ」
つらくてつらくてどうしようもなくてーーー
少し涙目で話す綾香を見つめる
目をそらすのは、駄目だと思った。
「泣いてる私のもとに来てくれるのは、いつも悠じゃなくて……」
省吾君だったーーーそう呟いて隣を見る綾香
俺も視線を流せば、少し眉を寄せたまま省吾が頷いた。
なんとなくこの状況からそういう話かと予想はしてたけど、改めて聞くとなんかビックリした。
「お前……いつから好きだったの?」
聞いたら省吾が苦笑して
「……お前らが付き合う前から」
なにそれ
全然知らなかったし、気付かなかった。
いつだったかーーー告白してきた綾香を“彼女”にしたことに、深い理由なんてなかった。
ただ……湊人にも“彼氏”がいるなら俺も“彼女”作ろうかな、なんて思っただけで
最低だけど、本当にそれだけでーーー
「バカ……言えよ」
小さく毒づいてから視線を戻す
一つ頷いた綾香が、話を続けた。
「最初はただ相談に乗ってもらったり、遊んだりしてただけだったんだけど……気付いたらどんどん、惹かれていってたの」
好きだと言ってもらえることが、どれだけ幸せかわかったの
そう笑いながら言う綾香は確かに幸せそうで、輝いてみえる
俺が見たことない綾香がそこにいた
それは、こいつのおかげなんだな
省吾に目を向けるとやけに思い詰めた顔をしていて
軽く首を傾げたら、突然ガバッと頭を下げられた。
「悠……ごめん!」
「は?」
「最低だよな、俺。ダチの女に……っ」
あぁ、なんだ。そんなこと気にしてんのか
バカだな……俺にそれを責める権利はないし、むしろ俺の方が
「ごめん」
はっきりと言い切って頭を下げたら、多分驚いたんだろう
何も言わない二人を見上げると、案の定目を見開いて固っている
俺はとりあえず、綾香を見つめて口を開いた。
「恋愛じゃ、なかった」
軽い気持ちで弄んで、傷付けて
「ほんとに、ごめん」
お前は本気だって気付いてたのに
俺なんかを好きでいてくれたのに
ほんと、最低だな……
「俺、欠陥人間だからさ。わからないんだ……人を好きになる気持ちとか」
自嘲気味に笑って、綾香を見つめる
一つ、伝えたいこと
曖昧な俺が綾香に感じた、確かな気持ち
「でも俺、綾香のこと嫌いじゃなかったよ」
恋愛感情じゃなくても
男と女じゃなくても
「……ありがとう」
呟いた綾香が、涙を零してーーー微笑んだ。
俺は、この子にどれくらいつらい想いをさせたのかな
好きなヤツに遊ばれるのがどれだけつらいか
今なら少し、わかる気がするんだ。
……なんでだろ
「ねぇ悠、さっき自分を欠陥人間だって言ってたよね」
涙を拭った綾香が、紅茶を飲みながら言った。
「うん」
「それはほんと、そうだね」
「確かに」
からかうような綾香の言葉に省吾が乗っかる
なんかちょっとムカついたけどおもしろくなって、3人で笑ってからーーー綾香が話しだした。
「その欠陥をね、私が治したいと思ってた。でも……無理だった」
ふと視線がぶつかると、どこか苦笑を浮かべて
「他のダレカが、治しちゃったみたい」
……は?
意味がわからなくてそのまま見つめていたら、綾香は小さく嘆息して言った。
「悠はもう、人を好きになる気持ち……知ってるはずだよ」
なにそれ
意味わかんない
「気付いてないのね……」
呆れたような声で、続ける
「私といる時に、いつもダレのこと考えてた?」
それが、悠と別れようと思った一番の理由だよ
そう言って綾香は笑うけど、俺は固まったままだった。
綾香といる時
他の女といる時
いつだって、頭をよぎったのはーーー
「は……なに、それ……」
かろうじて言葉を紡ぐ
ホットチョコレートを一口飲んでみても、咳払いをしてみても、動揺がおさまらない
好き
好きってなに
マジで意味わかんない
湊人を思い出してたら、なんだっていうんだよ
ただよく会ってたから、よく思い出しただけ
ただ、それだけ
「あ、ちょっとごめんね」
パタパタとトイレへ向かう綾香
我に返って顔を上げれば、省吾と目が合った。
その顔が、なんか辛そうで
「省吾、ほんとに気にすんなよ」
念を押すと苦笑して頷く
「あぁ……大事に、するから」
わかってるよと笑ってから、ふと聞いてみた。
「なぁ……好きってどんな気持ち?」
どんな感情が、ほんとの“好き”?
なんかもうわかんないことばかりで疲れた
素直に呻くと、聞こえたのは笑い声
「バカだな……」
「なに笑ってんの」
「考えすぎなんだよ」
フッと軽く息をはいて、省吾は言った。
「逢いたいとか、触れたいとか……一緒にいたいとか。そんな単純なもんだろ?」
好きってのはさ。
逢いたいとか
触れたいとか
一緒に、いたいとか
その言葉を反芻している間に綾香が戻ってきて
「そろそろ帰ろっか」
という言葉に頷く省吾
俺も一緒に店を出て、別れる寸前
「今までありがとう」
綾香が差し出した右手
お礼を言われるようなことなんて何一つしてないけれど、とりあえずその右手を強く握って言った。
「これからもよろしく」
親友の彼女だしーーー俺の言葉に綾香が笑顔で頷く。
その隣で綾香を見つめていた省吾
少し目を細めて、柔らかく微笑んで
その顔から伝わる感情はひとつ。
“愛しい”
本気で好きなんだな……
軽く手を振って二人を見送ってから、俺は少しだけ違和感を覚えた。
なんか、あの顔見たことあんだよな
綾香が俺に対して?
あ、和也が彼女に対して?
違う……別の、誰かーーー
歩きながら考えてみるけれど、まったく思い出せない
“愛しい”
“好き”
そんな言葉と同時に、ふと浮かぶ湊人の笑顔
『逢いたいとか、触れたいとか……一緒にいたいとか』
また頭をよぎる省吾の言葉。
もしそれが、恋だというのなら
『逢いたい』
そう思ったから、いつも誘っていたんだろう
多けりゃ週3ペースで逢ってたっけ
でもあれは、逢いたいっていうより……ヤりたいってやつでしょ?
なんて言い訳をしてみたって、本当はわかってる
ヤりたいだけなら、他のダレでもよかったこと
わざわざ湊人を呼んだのはーーーきっと、ただ逢いたかったからだ
『触れたい』
これもただヤりたいだけって理由をつけて、深く考えないようにしてた。
でも、湊人を見れば無性に触れたくなること
触れた時の快感や充足感が特別なことも、気付いていた
『一緒にいたい』なんて
きっと最初からそうだったんだ
初めてクラブで湊人を見つけて
カウンター越しに声を掛けたあの瞬間
振り向いた湊人と見つめ合った、あの瞬間ーーー
きっと、俺は恋に堕ちていた。
「バカじゃないの……」
小さく呟いて自嘲気味に笑う
今さら気付いてどうすんの
俺が湊人を好きでも
湊人は俺を好きじゃない
湊人にとって俺はただのセフレで、ただの過去で、ただの思い出になったんだろう
ふと横を見ればショーウィンドウに自分が映っていて
その顔を見た途端に、思い出した。
さっきの省吾と同じ顔をしてたのは……俺だ
あの日のポラロイド写真に刻まれた
湊人を見つめる、俺自身だーーー
“愛しい”
その感情は、伝わっていたんだろうか
湊人ーーー……
その時、ふとある光景が浮かび上がった。
いそいそと写真を自分の鞄にしまって
『この2枚はさ、特別な場所に隠しておく』
と、笑った湊人はあの時
『いつか見つけてみて』
とも、言っていた。
いつかーーーそんなの
「今しか、ないよな……」
気付いたら、走り出していた。
人込みをすり抜けて、全速力で向かう“特別な場所”
あれから
湊人との関係は完全に途切れてしまって
改めて2人の距離を感じたんだ
会えないと、顔なんてまったく見られなくて
電話が繋がらないと、もう声すら聴けなくて
2人が一緒にいたという証は、何一つなくて
でも、忘れられないんだ
顔も
声も
感触も
匂いも
湊人のすべてが、今もずっとーーー……
無意識に思い浮かぶあの日のこと
“初めて”のデートは、本当に楽しくて楽しくて
どうしようもなく幸せだった
隣に湊人がいて、手を繋いで、見つめ合って
その時だけは俺のものだったからーーー
あの日刻んだ薔薇はもう消えてしまっただろう
そんなのわかってる
わかってるけど
湊人
湊人
逢いたいよ
もう一度だけでも、いいから
だって俺、言いたいことがあるんだ
遅いと笑うかな
でも仕方ないじゃん
だって今日初めて知ったんだ
この感情の、名前をーーー
「あれ?悠、来たのかよ」
「あー!悠だぁ!久しぶりぃ!!」
「ねぇあっちで飲もうよー」
驚く仲間や群がる女を押しのけるように突っ切って、一直線に向かうクラブの一角
バーカウンターに倒れこむように両手をついて荒い呼吸のまま見やれば
「やっと来たの」
少しだけ眉を下げて、イツキが微笑んだ。
ともだちにシェアしよう!