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第1章 気になる新人
三年前にAOグループの傘下に入っている地元の企業に就職し、表向きは順風満帆な人生を歩んでいる男が、不機嫌を隠しきれない面持ちのまま、靴音をたてて廊下を歩いていた。
男の名は、兵藤 要 。
子供の頃からスイミングスクールに通っていたためか、髪は塩素で赤茶けた色をしていて、スイマーらしく上半身は逆三角形の長身。恵まれたのは体型だけじゃなく、両親のいいとこ取りをした、容姿端麗な顔立ちだった。
目立つことが好きで、サークルやクラブ活動に積極的だったこともあり、学生時代は出逢いも多く、生まれながらにして人目を惹くその容姿は女にとてもモテたが、ときにはトラブルの原因にもなった。
現在もその関係で、会社の渡り廊下で苦虫を潰した表情をしている。せっかく用を済ませて、さっぱりした気持ちで、仕事に取り掛かりたかったというのに――。
(好きな女をとられるかもしれないからって、あからさまに避けることはないだろうよ! 自分に惹きつけておく努力をしてないんちゃうか)
トイレの帰りに、廊下ですれ違った彼女を連れた同期に声をかけたら、話しかけるなよと言わんばかりの表情をされた上に、曖昧な返事を残して、逃げるように立ち去られてしまった。
(人のもんに手を出す主義じゃないのにな……って、そんなん分からないか。こういうときは、ほとほと自分の容姿が嫌になる。背が小さいとか足が短いなんて、マイナスポイントがあればええのに)
意気消沈しながらそんなつまらないことを考え、部署に続く廊下をとぼとぼ歩くと、兵藤の目の前に見慣れない集団が現れた。
3月中旬というこの時期。そしてその集団を引き連れている人事のお偉方の姿で、入社予定の新人を連れていることが、簡単に導くことができた。すれ違いざまに、横目でソイツらの顔ぶれを確認してみる。当然、向こう側からの視線も堂々と受けてやった。
「恰好いい」とヒソヒソ話をする女子社員が3人に、小さいのから小太りなヤツと……ん?
列の一番後ろにいる、ひょろっとした男に、兵藤の目が釘付けになる。
どうしてその男に目が留まったのか――短く切り揃えられた、柔らかそうな黒髪の下にある大きな垂れ目から、人の良さが滲み出ているだけじゃなく、すっと通った形のいい鼻筋の下にある、きりっと引き締まった唇が、清楚な感じを引き立てていた。
フレッシャーズという言葉が似合いすぎるその容姿に、意味なく敵対心を抱いてしまう。どんなに頑張っても、兵藤はそれを出すことができない。新人じゃないからそれは当然のことだが、目を惹くその姿に嫉妬せざるおえなかった。
すれ違う兵藤に新人たちが視線を投げかけているのに、垂れ目の男は手にした書類を見たままで、嫉妬に満ち溢れているであろう、自分からの視線をスルーして、そのまま通り過ぎていく。
(何や、嫌な予感がするわ。アイツが会計課に配属されたらどうしよ……)
そんな考えを払拭するように頭を振って、足早に喫煙室に向かった。
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