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第五章・8

「今夜は、泊って行ってくれないんですか?」 「明日は勤務だからな。戻らないと」  狂乱の後の静けさと気怠さが、楓と征生に絡みついていた。  行くなと留める体の重みを無理に引きはがし、征生はベッドから降りる。  楓は、それをただ眺めていた。  雄々しい背中の竜は白いシャツに隠れ、先ほどまでの気配をも消す。  ふと、楓は涙をこぼした。  離れたくない。  いつも、一緒にいたい。  だけど。 (だけど、征生さんを引き留めることは、僕にはできないんだ)  僕はヤクザの征生さんじゃなくて、ただの征生さんを愛したつもりなのに。  だのに、征生さんは僕を愛する前にヤクザなんだ。 「どうした? 急に静かになって」  楓は、慌てて瞼を閉じた。  そして、寝たふりをした。 「眠ってしまったのか」  征生は、そんな楓の素肌に毛布を掛けた。 「風邪ひくぞ」  唇に、柔らかな気配。 (征生さん、僕にキスを) 「おやすみ」  彼が寝室を出ていく音がした。  楓は、もう泣いてはいなかった。 「おやすみなさい、征生さん」  囁く言葉を風に乗せ、征生の元へと送った。

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