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LOVE IS SOMETHING YOU FALL IN. 第34話
駆け足で部活棟へ向かう悠栖の耳に届くのは午後の授業の開始を知らせるチャイム。
悠栖は友人達から『サボった』と後々言われるだろうと考えながらも引き返すことはせず、今教師に見つかれば色々面倒なことになるだろうから教室から遠ざかるように急ぎ屋内を目指した。
授業が始まれば遠く聞こえていた喧騒も無くなり、自然が織りなす音だけが支配する空間。
真面目な那鳥のことだからもしかしたら教室に戻り授業を受けているかもしれないと考えが過ったが、あの時の那鳥の顔を思い出せば教室に、いや、人前に戻るとは考え辛いと自分の直感を信じて部室棟へのドアを開く悠栖。
すると、自分の考えが正しかったと教えてくれる唯哉の姿。
部室棟のエントランスの隅で椅子に座って呆けているその横顔に、悠栖は『遅かったか』と不安を抱く。
声を掛けてもいいものかと躊躇っていたら、唯哉がこちらに気づき、名前を呼んできた。
「悠栖? なんでここに?」
「あー……、ちょっと、気になって……」
驚きを隠さない顔の唯哉。
悠栖は「姫神は?」と探りを入れる。自分の到着は遅かったのかどうか知るために。
すると唯哉は肩を竦ませ、力なく笑った。この反応は、どっちだろう? 那鳥が取り乱した後なのか、それとも?
「追いかけてきたは良いけど、その必要はなかったみたいだ」
「どういうことだ?」
「悠栖はどうしてここだと思ったんだ?」
質問したのは悠栖が先なのに唯哉は悠栖の問いかけに答えず、代わりに質問を返してきた。何故那鳥が部室棟に居ると思った? と。
その問いかけに、悠栖は答えに困ってしまう。
確かに自分は那鳥を探していたが、那鳥以上に唯哉を探していた。だから『那鳥が行きそうな場所』ではなく『唯哉の行きそうな場所』を選んで探していた。
もし唯哉の問いかけに応えるとすれば、『チカがいると思ったから』になってしまう。
(あれ……? なんか言い辛いぞ……?)
そのまま伝えればいいだろうことが、何故か口から出てこない。
悠栖が返答に困っていれば、それを察した唯哉が「まぁそんなことはどうでもいいか」と笑って質問を取り下げてくれた。
「チカ……」
「まぁ座れよ。どうせ今から教室戻って授業受ける気なんてないだろ?」
ポンポンと自分の隣を叩く唯哉。
悠栖はその言葉に従うように隣へと腰を下ろした。
短い時間だが、沈黙が流れる。
屋内だから外の音は遠ざかり、僅かに蝉の泣き声が聞こえるだけの空間。
悠栖は喋りかけるための言葉を探した。今まで唯哉相手にこんな風に話題を探したことなどなかった気がすると思いながら。
「……聞かないのか?」
「! な、何を?」
「俺が此処にいる理由」
唐突過ぎて何を聞かれているのか分からない。
だが唯哉は自分達を心配して追ってきたのだろうと悠栖に苦笑を見せた。
悠栖はその笑い顔を見て、唯哉が話を聞いてほしいと思っているのだと感じた。
(チカ、やっぱり姫神に何か言われたのか……?)
唯哉が那鳥の言葉に傷ついている。
そう考えるとどうしようもないほど苦しくて、同時に那鳥を恨めしいと思ってしまう。
今回の事で那鳥が一番辛いということは理解しているが、でも――。
「は、話せよ。聞いてやるからっ……」
「ははは。随分上から言ってくれるな」
「う、るせぇ……。茶化すなら聞かねぇぞっ」
緊張が伝わらないように粗雑に振る舞ってしまう悠栖。
だが唯哉はそんな悠栖に楽しげに笑った。笑って、「ごめんって」と謝ってくる。
「姫神って案外足早かったんだな。結構マジで追いかけたけど、結局追いつけなかった」
「え? じゃあ姫神、此処にはいないのか?」
「いや、いるよ。……部活棟まで追いかけることができてたら、たぶん追いつけてたんだろうな」
視線を遠く言葉を零すのは、思い出しているからだろう。
口振りからして唯哉は途中で那鳥を追いかけることができなくなったようだが、それはいったい何故だろう?
唯哉の性格を考えれば、途中で諦めることなどしないだろうに。
悠栖は抱いた疑問を口にしていいか躊躇ったが、唯哉に全部喋ってスッキリして欲しいと思ったから、意を決して尋ねた。どうして追いかけることを止めたのか。
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