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LOVE IS SOMETHING YOU FALL IN. 第44話
今の自分はきっととてもみっともない男だろう。
でも、格好をつけて唯哉が那鳥のもとへ行くことを見送るなんてできなかった。
「お、オイ! 何ふざけてるんだっ……!」
「ふざけてなんてねぇ!! 行くなったら行くな!!」
振りほどこうとする唯哉の手にも負けじとしがみつく悠栖。嫌だ。と、行くな。と叫ぶその声は廊下によく響いて、何事かと様子を伺ってくる他の生徒の姿がちらほらと確認できる。
このまま問答を続ければ『煩い!』と部屋で休んでいる生徒から怒鳴られることになりそうだ。
しかし悠栖はそんなことを気にする余裕すらなく、喚きながら唯哉に縋りついて離れる気配はない。
その間もギャラリーは増えてゆき、このままでは完全に見世物になってしまうだろう。
なりふり構わず唯哉を引き留めたい悠栖はそれでいいかもしれないが、唯哉からすればいい迷惑だろう。
此方を気にしてざわめきを見せる他の生徒達の姿に羞恥を覚えたのか、唯哉は「いい加減にしろっ!!」と悠栖の声をかき消す怒鳴り声をあげた。
「お前らもだ! 見世物じゃねーぞ!!」
温厚で滅多に怒らないことで有名な唯哉の怒鳴り声に、シンと静まり返る廊下。
他の生徒達は蜘蛛の子を散らす様にいなくなり、残されたのは二人だけ。
「くそっ……、他人事だと思って騒ぎやがって……」
忌々しそうに吐き捨てる唯哉の顰め面。それは悠栖に更なる絶望を見せる。
こんな風に怒った唯哉を見るのは初めてで、そしてその怒りの対象が自分だと言うことが悲しくて堪らなかった。
我慢しろと自分に必死に言い聞かせる悠栖だが、限界を超えた不安と悲しみと痛みは理性を押し退け涙を流させた。
「ご、ごめっ……ごめんっ、チカっ……ごめっ…………」
堰を切って押し寄せる激情のまま涙して嗚咽を漏らしてしまう。
このままでは唯哉に迷惑をかけて本当に二度と友達として傍にいることすら叶わなくなってしまう。
いや、既に友人としてすら傍にいることは許されていないが、それでもまだもとに戻る可能性があると信じていたかった。
涙ながらに謝る悠栖。お願いだから許して欲しいと乞い、縋った。
また昔のように唯哉に『泣くなよ』と笑いかけて欲しかった……。
「悠栖」
自分の名を呼ぶ唯哉の声。その音に宿る感情を読み取る力は今の悠栖にはない。
だから、これ以上絶望を味わうのは嫌だと深く俯く。
するとそんな自分の頭に触れるのは、覚えのある温もりで―――。
「……チカ……?」
「バカ、なんて顔してるんだよ……」
与えられた希望の光に勇気を振り絞って顔を上げれば其処には先程のように自分を蔑む唯哉の姿は無くて、代わりにいつもと同じ、穏やかな顔で微笑む唯哉がいた。
「ああほら、鼻水垂れてるぞ」
ボロボロと溢れてくる涙は全然止まってくれない。
唯哉に言われなくても自分の顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃな事ぐらい分かってる。
分からないのは、『しかたない奴だ』と言わんばかりの笑い顔で自分の服の袖で顔を拭ってくる唯哉の豹変っぷりだ。
困惑する悠栖は、自分は今もしかして意識を失うか眠りに落ちているかしているのかと思った。願望がリアルな夢となって現れてしまった。と。
だが、そんな悠栖のことなどお見通しなのだろう。唯哉は「夢じゃないし気を失ってるわけでもないぞ」と顔を拭いながら笑った。
「な、なんで……。なにが起って……」
「ごめん。まさか悠栖が泣くと思ってなくて、ついやりすぎた……」
泣かすつもりじゃなかったと謝ってくる唯哉だが、全然意味が分からない。
悠栖は分かるように説明して欲しいと縋る眼差しを向けた。自分に理解できるように状況を教えて欲しい。と。
すると唯哉は少し困った顔をして笑いながらも分かったと言ってくれて、悠栖の手を取ると自分が歩いてきた道を戻り始めた。
黙ってついて歩く悠栖は、理解できない『今』に何も考えることができなくなっていた。
唯哉が向かったのは自室。ノックの後にドアを開くと、部屋の奥からルームメイトのものと思われる驚きの声が聞こえた。
「なんか外、煩かったけど、何かあったのか?」
「何もないよ。あのさ、悪いんだけど一時間だけ部屋空けてくれないか?」
「え? なんで―――、! ああ、なるほどな。分かったよ。一時間でいいんだな?」
ノートパソコン前でヘッドホンを外してこちらを振り向いた唯哉のルームメイトは、突然の頼みにも快く頷いてくれる。
ノートパソコンを閉じるとそのまま立ち上がり唯哉と悠栖の隣を通り過ぎると、説明を求めることもせず部屋から出て行ってしまった。
悠栖は自分が泣いていると気づかれたから気を使ってくれたのもしれないとぼんやりといなくなった唯哉のルームメイトの事を考えていた。
すると、部屋に二人きりになるや否や唯哉は携帯を取り出し、何やら電話をかけ始めた。
相手は一体誰なのか……?
聞いていいか分からない悠栖はただ黙ってそれを見守ることしかできなかった。
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