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Prologue
低く垂れ込めた雲から重たい雨粒が降り注ぐ。路地裏の人通りが少ない場所に、ぽつんと一軒の古びた小屋のようなものが建っているが、陰鬱な景色に溶け込んでいて誰も気に止めない。寂れた看板は、いくら目を凝らしても読み取れないが、営業中のようだ。店の隣で点滅している街灯が不気味さを演出している。
「おほかたに さみだるるとや 思ふらむ
君こひわたる 今日のながめを」
その店の主人と思われる人物が、そんな和歌を詠いながら顔を上げると、応えるように雨足が強まって来店を告げる鈴が鳴る。
「いらっしゃい」
まるで来ることを予期していたかのようなタイミングで顔を上げると、目深に被ったフードの奥でひっそりと笑う。客の男にはそれは見えないが、警戒しているのがありありと分かる様子で顔を強張らせた。
「今日は、いかがなさいますか」
店主はそれを知らないふりをして、いつも通りの営業文句を並べ立てる。客の男は、彫りの深い顔立ちを険しく顰めて、吐き捨てるように言う。
「いつものだ。わざわざ聞くな」
「そういう決まりですから」
その返答に舌打ちし、客の男は雨音に消されそうな声量で呟いた。
「やっぱり……」
「はい?」
客の男の言葉がうまく聞き取れなかった店主は、訝しげに聞き返す。 束の間、二人は向かい合って立ち尽くし、微妙な沈黙が訪れた。
客の男はそれに苛立ったように、大きな声を張り上げる。
「相変わらずいけ好かない野郎だって言ったんだ。そんなことはどうでもいいからさっさとしろ」
稲光が走り、薄暗い店内がフードの中身が見えるか見えないか、という瀬戸際まで光った時、店主が口元に笑みを貼り付けて告げる。
「畏まりました。ようこそ、レンタルショップ『彼岸花』へ。あなたはどの霊をご所望ですか?」
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