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hand in hand (完)
「オレ手相占いできるようになったんだー!」
そう言い出したのは、学校でも有名なイケメン・日野だった。
それはオレに話しかけたわけではなく、地味目なオレとは正反対のにぎやかなグループが教室内に残って騒いでいて、たまたま教室内で日直で居残りしてたオレの耳にも入ってきただけだ。
そんな日野達の話声をBGMにしながらオレは黙々と日誌を書き進める。
「ホントにできんのかよー」
「できるようになったって何?」
「この本買って勉強した!」
そう言って日野は手相占いの本を見せたようだ。
「なんだその本あやしー」と言う声とともにげらげらと笑いがおこった。
「いいから見してみろよ、ほら!池田はー…こことここの間が空いてるから、これは完全なるKY線ですね!」
「えぇ!?」
「ぶは、当たってる!よかった、オレその線ないわー」
「おれもないー!さすが池田。オレも見て見てー」
「えーっと…裕次郎は、なんと!ここにめっちゃはっきりしたエロ線がありますね。大エロ野郎です」
「マジかよー…恥ずっ!」
「はは、当たってるし!オレはオレはー?!」
(男同士で手相占いって…)
なんか不思議な感じだなぁと思いつつ、日誌を書き終えたので席を立つ。
オレは日野達のグループとは特に仲が悪いわけではないが仲が良いわけでもないので、皆から遠い方の出入り口を通って、いつも通り挨拶はせずにひっそりと教室を後にした。
職員室へ日誌を出してからトイレを済ませて、いざ帰ろうとすると、日直の仕事である金魚のえさやりをし忘れてたのを思い出し、慌てて教室へと引き返す。
階段を駆け上がって廊下を駆け足で教室へ近づくと、もう日野達の話声はなくなっていた。
きっともう帰ったのだろう。
誰も教室にいないことに少しホッとしながら扉を開けると、静まり返った教室に1人。
日野だけが残って、金魚にえさをあげていた。
「え…」
「あ…」
扉を開けたままで固まっていると、日野も金魚のえさをやりかけた手のままで固まっていた。
「あ…ごめん、日野。えさやり忘れたの今気づいて…」
「え、あ、うん。今日やってなかったかなぁと思って、オレも今やったとこなんだけど…」
「そうなんだ、ありがとう」
オレは他の日直が金魚にえさあげたかどうかなんてイチイチ気にしたことなかったけど、日野はそんなことに気が付くんなんて。
(よっぽど周りが見えてるか、よっぽど金魚好きなんだな…)
感心しながら水槽のある方へと近づくと、日野は止まっていた手を動かしてはらはらとえさをやり終えた。
(これでやり残したこともないし、帰ろう)
「じゃあな、日野。ありがとう」
そう言って教室を後にしようとすると、
「ぁ…待って!」と急に日野に引き留められる。
正直日野とはクラスメイトだがほとんど話したことが無いで、少しびっくりしながら振り返ると、呼び止めた日野もちょっとぽかんとしたような間抜けな顔をしていた。
…まぁそんな顔してもイケメンなんだけども。
「あ、のさ。えっと…オレ手相占い最近はまっててさ…」
「…へぇ」
それはさっき教室内でオレの耳にも届いていた言葉だったが、オレに話していたわけではなかったので、無難に相槌をついておく。
「そんでさ、まだあんま人の手相見たことなくって。…よければ小渕の手見せてくんない?」
「え?オレ?別にいいけど…」
日野は「ありがとう」と言うと、近くの椅子に腰かけたので、オレもその隣の席に座り、日野に手を差し出した。
「手相って右で見るの?左手?」
「基本は左手だけど…右手も見ていい?」
「どうぞ」
日野はおずおずと両手を伸ばしてオレの手に触れると、右手と左手を見比べるようにじっくりっと見た。
(…オレも池田達みたいに変な事言われたらどうしよう)
そんな風にソワソワしてみたものの、日野はじぃっと手を触りながら見つめるだけで、なかなか言葉を発しようとしない。
「……」
「……」
誰もいない教室で、そんなに親しいわけでもないイケメンに、無言で手をにぎにぎされ続けるオレ。
周りが静かすぎて五感が敏感に働いてしまうのか、オレの手に触れる日野の手がやけに熱く感じて、なんでか少しドキドキしてしまう。
(…もしかして変な手相なのかな?)
あまりの沈黙にそう思い始めた頃に
「…あ、ここのこの線あるじゃん」
そう言いながら日野がオレの左手をつぅっとなぞった。
「え?うん」
「これがあるってことは、運命の人が近くにいるってことだよ。…小渕、好きな人とかいんの?」
「や、いないけど…」
「…そっか。じゃあ気づいてないだけで、いい人はすぐ近くにいると思うよ」
そう言って日野はにかっと笑ってから手を離した。
(運命の人ねぇ…)
占いを信じてるわけじゃないが、不思議なもので、良いことを言われるとなんでか信じて見たくなるものだ。
「学校じゃないだろうし、バイト先とかかな?ちょっと気ぃつけてみる。ありがと」
ほわほわしたいい気分になりながら立ち上がろうとすると、日野が「えぇ?!」っと声を上げてオレの手をもう1度握った。
「…え?どうした…?」
「え…や、バイト、じゃなくて。学校とか…教室とか……」
(なんだそれ?そんなことも手相で分かんのか?)
そんな風に感心しながらも、いやでも学校はないんじゃないかと思考を巡らせる。
「でもうち男子校じゃん。え?もしかして音楽の先生ってこと?」
「え!違うし!!」
唯一若めな女教師を出しても違うと言われ、じゃあ誰なんだよと言う気持ちで日野を見ると、日野は
「あーもうなんだよ、全然だめじゃんー…」と言ってうなだれ始めた。
「……手相のことはオレよくわからんけどさ、たまには外れることもあると思うよ?」
オレとしては慰めたつもりなのだが、日野はオレの言葉に「そうじゃなくてー…」と露骨に凹んだ。
(そうじゃないならなんなんだ…)
そう思ってると、日野がはぁっとため息なのか深呼吸なのかをしてからオレの方へキッと顔を向けた。
「手相は、ただの口実。小渕に触れて…あわよくば近くにいるオレを意識してくれー…的な。ただの下心なんだよ。…なのにバイト先とかで出会い探されるとか…逆効果すぎる!」
ぎゅうっとオレの手を握りしめながら段々項垂れていく日野の言葉に、オレはぽかんとなって返す言葉が見つからない。
「え…?え…と……運命の人近くにいるとか、嘘なの?」
「……はい。ごめんなさい」
「え、そうなんだ。あ、え、女の子の落とし方教えてくれたとかじゃなくて…?」
「いやだから違うってばー…小渕を落としたくてやったんだよ…もー、小渕の落とし方教えてよー…」
そう言って日野はオレの手を握ったままの手におでこをくっつけるような形で、机の上に頭を伏せた。
男同士だというのに告白のような言葉も、まるでオレに縋り付くようなその光景にも、不思議なことにまるで嫌悪感はなく、
握られたままの指先に心臓があるんじゃないかと思うほどにどきどきして、手を引き抜くどころか動くことすらできなかった。
「……」
「……」
「……あー…えと…落とし方は分かんないけど、今めっちゃドキドキはしてるよ」
「え、マジで?!」
ガバっと顔を上げた日野の目にはうっすら涙が溜ってて、オレの手を握りしめる日野の手はわずかに震えていて。
いつもはオレよりも断然カッコよくてイケメンで、背も高くて、男らしい筈なのに…そんな日野は、なんかやけに可愛いく思えた。
「……じゃあ、占いは成功か?」
そう言って嬉しそうに笑う日野の笑顔がダメ押しのように胸がきゅんとなって。
日野の嘘の占い結果が現実になる日も近いんじゃないかなぁとか、そんな風に思ってしまう自分がいた。
終 2015.8.23
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