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右傘・後編 (完)

「お、いたいた!タカー、お前傘持ってる?」 今日も放課後図書館で宿題をしていると、珍しく親友の康が声をかけてきた。 「お前静かな声でしゃべれよ。…持ってるよ、折り畳みだけだけど。てか台風近いから今日午後から絶対雨降るって言ってたじゃん。お前持ってこなかったの?」 「持ってこねーよ!だって朝降ってなかったし。降んなかったら荷物になんじゃん!」 今日は折り畳み傘を持ち歩いているオレでさえ普通の傘を持って行くべきか悩むほどだったのに、当たり前のようにそう言ってのける親友に流石のオレも驚いた。 「…で?入れてけって事?」 「ありがとうございます遠藤様~貴様~」 「まだ入れてくって言ってないし」 「遠藤様~」 時代劇でごまをすってる越後屋のように手をすりすりしながらすり寄ってくる康に呆れながらも、しょうがないなぁと、ちょうど終わった宿題を片付けて一緒に昇降口へ向かった。 今日はちょうど部活が終わる時間帯だったらしく、下駄箱や昇降口にはなかなかの人がいた。 雨と人の熱気でムシムシした下駄箱を通り過ぎ昇降口の扉を開けると、台風が近いというだけあって結構な大雨だった。 「風もすげーな。これ傘さしても絶対濡れるよなー」 「だなー。すげー雨」 「…じゃあヤス、オレの傘に入っても入らなくても同じじゃね?」 「え、何それ冷たい!オレとタカの仲なのに!」 ひどい!とわざとらしく言って、康はオレの傘を開く右腕にしがみ付いた。 「仕方ないなー」 「もうタカは結局優しいから好きー」 とふざけるようにオレの腕に絡みついたままの康と傘へ入り歩き出そうとすると、 グィ…ッと急に鞄を引かれて後ろに倒れそうになる。 「……っ!」 よろけながらも何とか姿勢を保ち、引っ張られた方へ振り返ると、そこには椎名がいた。 「……っ椎名」 (何だ、椎名もまた傘忘れたのか?) と思って手元を見るが、その手にはきちんと紺色の傘が握られている。 じゃあどうしたんだろうと首を傾げていると、椎名が口を開いた。 「…えっと、誰だっけ。体育一緒だよね?」 それはオレじゃなくて、オレの隣にいる康に向けられていた。 「あ、オレ?うん、体育一緒。隣のクラスの久保川康」 「そっか。オレ椎名渉」 「知ってる知ってる。超有名だし。てか椎名最近タカと喋ってんじゃん?そん時オレ結構隣にいたんだけど」 「あぁ、だから見たことあったのか」 そんな会話が隣で繰り広げられる中、康はオレの右腕にしがみ付いたままだし、椎名はオレの鞄を掴んだままなもんだから、まだ軒下にいるのに傘を下ろすにも下ろせずどうしたもんかと思いながら会話をただ聞いていた。 「久保川は、傘持ってないの?」 「あぁ、うん。だって朝降ってなかったじゃん。だからタカに入れてもらうんだー」 「そうなんだ…」 そう言うと、椎名は少し黙ってからすっと右手を前に出した。 「じゃあこの傘使いなよ。オレ、遠藤と約束あるから」 「…え?」 「え?そうだったの?なんだー、タカ言ってくれればいいのにー。てかいいの?オレが傘借りちゃって。椎名どうすんの?」 「オレは遠藤に入れてもらうから大丈夫」 椎名がそう言うと、康はパッと腕から離れて椎名の傘を借りて、そして「ありがとー、じゃーなー」と言いながら1人先に帰って行った。 「……」 「……」 「……オレ今日約束してたっけ?」 「……してないかも」 「だよな」 「うん」 よくわからんくて相変わらず軒下なのに傘を差したままでいると、さっきまで康がいた場所に椎名がすっと入ってきたので、 「……このまま椎名んち行けばいい?」と確認すると、「うん」と返事が返ってきたので、取り敢えず歩き出すことにした。 「……」 「……」 椎名はいつもニコニコというかヘラヘラふにゃふにゃ笑ってたくせに、今日は普通の顔で無言だからなんかちょっと調子が狂う。 「……なんか、ごめん」 少し歩いてからぽつりと呟かれたその言葉は小さくて、大雨の音にかき消されてしまいそうだったが、なんとか聞き取れた。 「え?あぁ、うん。別に。椎名んち近いし、通り道だからどうってことないよ」 そう答えると椎名はいつもと違ってへにょっと情けなく笑った。 そんな顔でもやっと笑顔が見れたからなんか少し安心していると、椎名の左手がすっと伸びてきて、オレの右手をぎゅっと握った。 「……っ」 前にもされたがその行動にはどうしても慣れなくて、びっくりして椎名の方を見ると、椎名が足を止めた。 やはり雨も風も強すぎて傘があまり意味をなさないようで、椎名は右肩以外も結構濡れていた。 「…そうじゃなくて。約束あるとか、嘘言ってごめん」 「…いいよ別に。特別ヤスと用事あったわけじゃないし…」 互いが極力濡れないようにと立ち止まった椎名に少し歩み寄ると、右手を握る力をぎゅっと強められた。 「ん。だけど…なんかすごくヤでさ」 「…何が?」 「……遠藤が他のヤツと相合傘してんの。なんか凄いヤで、咄嗟にあんなん言っちゃった。なんでだろう」 「……っ」 (なんだそれ…まるでヤキモチ焼いてるみたいじゃん…) そう思ったが、同性相手にそれも変だと思い至り、返す言葉が見当たらない。 じっとオレを見つめる目から視線をそらし、言葉を探すように視線を彷徨わせると、握られた右手が目に入って顔がカッと熱くなった。 「……なんかさぁ、こう、モヤっとするから…なるべく他のヤツ傘に入れんなよ」 椎名が馬鹿みたいに真っ直ぐオレを見ながら言うもんだから、オレは真っ赤になりながら 「…そうそう相合傘する機会ねーよ」とぶっきらぼうにしか返せなかった。 だけど椎名はそれを聞いて 「えー?でもオレは入れてよー」 といつものようにふにゃっと笑ったので、何でか知らないけど、やけに胸がぎゅっとなった。 終   2015.8.31 (さっきのセリフって…なんか口説かれたみたいだったよな…恥ずい…) 相変わらず右手は傘ごとぎゅっと握られたままで。 さっきの会話もあって、なんかやけに顔や右手が火照って心臓がバクバクするから、早く椎名の家に着かないかなぁと思いながら必死に足を動かした。 「…今日さー。雨降ってるの見たら遠藤に会いたくなって、なんとなく玄関で待ってたんだ。まだ帰ってなかったら一緒に帰れるかなーとか思って。あ、待ったっつっても3分くらいだけどね。ちょっと待っていなそうだったら帰ろうと思ってたから」 「へー…」 椎名は人の気も知らないで、相変わらず前ではなくオレの方を見ながら歩いている。 「…椎名ってすごい人懐っこいよな。オレともともとそんなに仲良くなかったのに…」 「え、そう?オレ人見知りだよ?遠藤にだけじゃないかな、懐っこくしてるの。 オレさ、ホントは体育ん時とかさ、遠藤のことなんかいっつも目で追っちゃって。どうにか話せないかなーとか思って前から見てたからさ、この間傘入れてくれたのとかほんっと嬉しくて…!」 そう言って椎名は本当に嬉しそうに笑って。 (…口説かれてる…訳じゃ…ないんだよな…?) オレの心臓は椎名のその破壊力抜群な綺麗な笑顔に、今にも壊れてしまいそうだった。 (惚れてることに無自覚なくせにヤキモチいっちょ前×本人よりもその気持ちに気づき始めてる平凡)

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