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第1話
爪を立てて強く乳首を捩じり上げると、金髪の彼はあ゛ッ、と低い声で呻いて一歩後ろによろめいた。彼の腕を素早く捕まえる。
「後ろ危ないから、動かないで」
「い、いきなり触るなよ!」
精一杯虚勢を張っているが、腰は引けているし手は小さく震えていた。
「ほら、俺の気が変わらないうちに早く脱いで」
「……クソ」
咲良亮、21歳。大学3年生。上半身裸になった彼は、悪態をつきながらすぐにベルトを外しにかかる。足元には脱ぎ捨てられた服が転がっており、背後にはソファがあった。目には黒のボンテージテープが巻き付けられており、視界が遮られている。彼の腕から手を離すと、今度は慈しむようにそっと乳首に触れる。彼はすぐに手を止め、身体をビクッと強張らせた。
「んっ、ちょ、やだって」
ツンと尖った乳首を柔らかくつまみ、優しく弄る。それだけで彼は身体をくねらせ、息を荒げた。ヘソの下にあった手は俺の両腕を掴むが、引き離そうとするというよりかは自分の身体を支えているようだった。その様子を、手に持ったビデオカメラで撮影する。
「サクラくん、手止まってる」
徐々に指先に力を込めると、彼は、うぅ、と呻いて俺の腕に爪を食い込ませた。また後ろに下がろうとするのを引き留めると、ようやく覚悟を決めたかのようにズボンに指を掛けて下着ごと下ろした。俺の肩に掴まって身体を支え、片足ずつズボンを抜いていく。全裸に靴下、目隠しをして期待で性器を反り返らせている。視界を遮られると心細くもなるようで、頼りなさげにぎゅっと俺の服を握った。
「服脱いだだけでもうこんなになってる」
そっと性器に触れると、彼はビクッと身体を強張らせた。
「ぅ、あ……町田さ」
「何、どうした? 恥ずかしいの?」
先走りでドロドロになった性器を優しく扱くと、彼はビクビクと身体を跳ねさせ、俺に縋り付いてきた。吐息は荒く、足をガクガク震わせ、今にも崩れ落ちそうだった。被写体がこんなにも近くに居たら、何も映らない。ビデオカメラのモニターには白い壁しか映っていなかった。
一旦ビデオカメラをテーブルの上に置き、身体を支えてゆっくりと彼をソファに座らせる。彼の前に跪き、両手をボンテージテープで括っていく。
「寒くない?」
「ん……ねえ、これから何すんの?」
不安げな声で発せられた質問には答えず、医療用のテープを切って乳首にローターを貼り付けていく。前触れもなくスイッチを入れると、ビクッと大きく身体を跳ねさせた。
「ぁ、あぁ……は」
顔は天を仰ぎ、縛られた両手を硬く握り、内股になって爪先まで力を込めた。歯を食いしばり、時折声を漏らしながら身体を震わせて俯く。この状態で、音を上げるまで置く。テーブルの上に置いたビデオカメラのモニターを覗き、位置を調整してからそっと傍を離れた。
絶えず振動するローターの音、乱れた吐息、苦しそうな呻き声、空調の音。2、3分経っただろうか。じっと耐えていた彼は、もう限界だと言うように首を左右に振り、苛立たし気に何度も何度も爪先で床を引っ掻いた。膝を擦り合わせ、縛られた両手でローターを外そうとする。
「だめだよ、サクラくん」
声を掛けると、ビクッと彼が肩を跳ねさせた。
「だってもう無理ッ!」
「……ちょっと我慢が足りないかな。お仕置きしようね」
寄りかかっていた壁を離れ、彼に歩み寄る。机の上のビデオカメラを拾い上げ、右手に装着する。左手でブリーチで傷んだ髪に触れると、彼はビクリと身体を強張らせた。彼の頭を優しく撫でてやり、胸に貼ったローターをぐっと指で押す。テープに爪を掛け、右側だけローターを外すとツンと勃った乳首をつまみ上げ指先で嬲る。
「んぅ、あっ、あっ、やッ!」
「背中は背凭れにつけたまま」
甘い声で喘ぎながら大きく身体が揺れる。前屈みになるのをたしなめると、背凭れに背をつけ強く唇を噛みしめて唸り声を上げる。爪先は少し床から浮いていた。
「唇噛まないで」
顎をとって顔を上げさせ、親指で唇を撫でる。少し緩んだところに親指を突っ込み、口を開けさせた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
熱い吐息が指に当たる。
「もう少しで乳首だけでイけそうだね」
「いあら」
「上向いて、舌出して大きく口開けて。わかってると思うけど、噛んじゃだめだよ」
カメラをぐっと彼の顔に寄せ、人差し指と親指で舌を掴み、引っ張る。彼はとっさに舌を引っ込め、顔を背けた。乱暴に顎を掴んで上を向かせると、彼はおずおずと口を開けて舌を出す。一見生意気で、プライドが高そうに見える彼が嫌々ながらも従順で、優越感と同時に愛しさを感じる。人差し指と中指を揃えて口の中に突っ込むと、前歯に引っ掛け、てこの原理で大きく口を開けさせる。口の中で指を曲げたまま前後に動かすと、喉の奥から苦しそうな呻き声が漏れた。上顎を爪で引っ掻き、舌を第二関節で撫でる。じわじわ唾液が溢れてきて、唇からこぼれ落ちていく。一度指を抜いてやると、彼は唾を飲み込みまた口を開けた。
「口の中気持ちいいの?」
彼は何も答えずに、ただ口を開けて待っていた。爪で舌を引っ掻いてやると、指を舌の付け根に潜り込ませる。すぐに唾液が溢れてきて、口の中でいっぱいになった。歯茎をなぞり、舌先を嬲る。顎は唾液でべたべたになり、彼の息はすっかり上がっていた。彼とは出会ってまだ日が浅く、どこまでしていいものか手探り状態だった。手に付着した唾液を、彼の顔に塗りつける。
「よく我慢したね。イっていいよ」
この言葉を合図に、彼が縛られて不自由な手で性器を握りソファを揺らす勢いで一心不乱に扱き始めた。雄叫びを上げながら盛大に射精するところまでをカメラに収めたところでプレイは終了する。
「あー……頭おかしくなりそ」
性器を握ったまま横倒しになり、疲れ切った声で彼が呟く。ローターの電源を切り、胸から外してやる。身体に触れた際、目が見えていない彼はビクリと身体を震わせた。それ以外は完全にされるがままで、一声かけて目隠しをしていたテープを切るときにはピクリとも動かなかった。手を拘束しているテープを切ろうとしたとき、まだ両手で握られていたものの熱が冷め切っていないことに気付く。
「サクラくん、テープ切るから手出して」
気付かなかったふりをして声を掛けると、ゆっくりした動作で性器から手が離れてこちらに向かって差し出される。眩しいのか恥ずかしいのか、顔を下に向けていて表情は見えない。テープを切ってやると、だらりと垂れた片手にウエットシートを握らせた。手を拭いて汚れたシートが返ってくる前にソファの背凭れに掛けてあったブランケットを広げて彼の身体を覆う。
「ここで抜いてもいいよ」
ブランケットの下からぬっと手を出し、俺が用意したゴミ箱にシートを捨てる彼に声を掛けると、不意に彼が眉間に皺を寄せてこちらを見上げた。
「町田さんも勃ってるじゃん」
ゴミを捨てた手で俺の手首を掴み、それを支えにして身体を起こす。先程睨んできたのも眩しいからだったらしく、反対の手は寝起きの子供のように目を擦る。それから、そっと俺の股間に触れた。
「ねえ、続き、したいと思わないの?」
「サクラくんはアナルに興味があるの?」
我ながら、意地の悪い返しだったと思う。
「……風呂入ってくる」
ブランケットを乱暴に剥いで床に捨て、早足で部屋を出て行った。溜息を吐きながらブランケットを拾い上げ、丁寧にたたんでソファの背凭れに掛けた。
正直まだ、彼とどうなりたいのか答えが出ていない。それ以上に、彼の考えていることがわからない。
出会い系サイトで知り合い、逢瀬を重ねて3回目の時、好きだと告白してくれた彼を暗い寒空の下追い出したことがあった。彼はゲイではなかったし、俺もゲイではなかったからだ。彼は女性と偽って登録し、欲求を満たすために俺と会っていた。これ以上は不毛だと思ってのことだったが、情が湧き、つい追いかけてしまった。それ以降、ずっと恋人の真似事のようなものを続けている。
脱ぎ捨てられていた彼の衣類を全部たたみ終えると、重い腰を上げて風呂場へ向かった。なんとなく、このまま彼が帰ってしまいそうな気がした。冷たい風が吹きつける満天の夜空の下、ぽつんと佇む彼の姿が脳裏に焼き付いている。たまらなくなって抱き締めると、その身体が異常に冷たくて驚いた。
入るよ、と一声かけて浴室のドアを開けると、温かく湿った空気で若干視界が悪い。彼はこちらに背を向けて何度も何度も湯船の湯を両手ですくっては顔を洗っていた。
「サクラくん出たら少し話そうか」
「寒いから早く出てってよ」
当然といえば当然だが、相当虫の居所が悪いようだ。ふう、と一つ息を吐くと、ゆっくり戸を閉めて来た道を引き返した。
恋人らしいことと言えば、クリスマスの時に盛り上がってキスをした。付き合って初めての行事だったので、少し良いワインを買い、ケーキとチキンと寿司とピザを用意した。駅まで彼を迎えに行ってささやかに行われていた駅前のイルミネーションを見て、プレゼント交換なんかもしたりして、相当浮かれていた。彼はグラス半分ほどで酔っ払ってしまい、やたらと上機嫌だった。
「ねー、ケーキいつ食べる?」
テーブルの上には、所狭しと食べかけのチキンと寿司とピザが乗っている。男ふたり、しかも彼はまだ食べ盛りの大学生だと思って用意したが、いくらなんでも多すぎた。ピザとチキンは冷蔵庫に戻せばいいとして、寿司は今日中に食べてしまわないとまずい。
「ケーキは明日にしようよ」
「やーだぁ、今食べる」
肩を強く掴まれたかと思うと、顔が近くにあってぎょっとする。そのまま、そっと唇が重ねられた。俺も酔っていたから、強く肩を抱き寄せて貪るようにキスをした。ソファの上に押し倒し、唇が離れる頃にはお互い息が上がっていた。
彼は俺の胸を押してゆっくり起き上がると、目を合わさずに無言で口元を拭う。それから、ケーキ切るね、と言い残して席を立った。彼も俺も、一気に酔いが醒めたようだった。ケーキを切り分け、一切れずつ皿に乗せて戻ってきた彼はいつも通りで俺もそれに倣った。この日はいくら酒を飲んでも全然酔えなかった。
それから何事もなかったかのように過ごしてきたが、付き合い続けていく以上、いつまでもこのままではいられない。そう感じただけなのか実際にそうだったのかは判断できないが、彼が風呂から上がってくるのがいつも以上に遅いように感じた。静かにドアが開き、黒地に赤のラインが入ったジャージを着た彼の姿を見た瞬間、弾かれたようにソファを立った。
「コーヒーでいい?」
「うん」
俺がコーヒーを用意する間、タオルで髪を拭きながら戻ってきた彼はしまってあったドライヤーを我が物顔で引っ張り出し、髪を乾かし始める。自分には緑茶を淹れ、彼にはコーヒーに牛乳と砂糖を多めに入れる。俺はあとは寝室で寝るだけだが、バイトに勉強に忙しい彼はいつも遅い時間までリビングでパソコンに向き合っているらしい。マグカップをふたつ持って、コーヒーの入った方を彼の前に置くと自分は彼の向かいに座った。髪が乾き、ドライヤーのコードをまとめている彼はなかなか俺と目を合わせようとしなかった。
どう切り出そうか悩んでいたところに、彼が口火を切った。
「今度こそフラれるんだ」
彼がいじけたように言い、ポカンとする。
「誰もそんなこと言ってないでしょ。短絡的なところは君の悪いクセだよ」
「だって、俺まだ好きだって言われてないし。アピールしたら拒まれるし完全に脈ないじゃん」
返す言葉が見つからない。そう言われてみれば一度も好きだと口にしたことがなかった。俺は付き合っているつもりでいたが、もし彼がそうでないと思っていたならば心細い思いをさせてしまっていたのかもしれない。出て行った彼を追いかけはしたが、返事は保留にしたままだった。
「ごめん。君のことはちゃんと好きだよ」
自分は同性愛者じゃないと思っていたが、口に出して初めて彼を女性と遜色なく自然に受け入れていたことに気付いた。
「さっきのことは、以前君に拒まれたから……」
あれのことなら拒んだわけじゃなくて、と慌てて彼が口を挟んだ。
「あの時すげー酔っ払ってて……。だって、だめでしょ。町田さんの返事も聞いてないうちにキスなんてしちゃったりして。それで一気に酔いが醒めたというか」
「……結局俺が悪いのか。随分悩ませちゃったみたいだね。本当情けないよ。ごめん」
「いや、どちらかというと悩ませてるの俺だと思うし」
図々しいのか、謙虚なのか。
「隣、行ってもいい?」
彼の返事を待たずに席を立ち、立った状態でうん、いいよ、と返事を聞いた。彼の隣に腰を下ろすと、早速肩を抱き寄せてキスをする。
「ぅ、うん……あっ」
舌を絡めて荒いキスを繰り返しながら、身体をまさぐって服の上から乳首をつまむ。恥じらいで顔を背ける彼が、世界で一番可愛く見える。
「ベッド行こうか」
当然オーケーだろうと思って恰好つけたが、結果は空振りに終わった。
「いや! マジで今日は本当に課題がヤバくて!!」
この時は照れ隠しか、それとも年下の彼氏に弄ばれたのか判断がつかないでいたが、大きなショックを受けたことには違いなかった。夜中に目が覚めてトイレに立った時、彼の言っていたことが本当だったと知る。
真っ暗闇の廊下に、ドアの隙間からリビングの明かりが漏れ出ている。消し忘れだろうとドアを開けると、パソコンの前に座っていた黒縁メガネの不良少年と目が合った。時計を見ると、時刻は午前3時を少し過ぎた頃だった。コーヒーを淹れてやってから、いつもこんな時間まで起きてるの、とかそんな当たり障りのない話をして、襲ってくる睡魔に勝てず早々に寝室に戻った。翌朝8時頃起きてリビングへ向かうと、彼はいつも通りソファで丸まって眠っていた。カーテンを開けて光を入れ、ケトルで湯を沸かしトースターで食パンを焼く。物音で目を覚ました彼と向かい合って食事を摂る時、何時まで起きていたのかと聞いたら彼は4時までと答えた。午後のバイトに間に合わせるために目の下に濃いくまを作った彼は10時前にはうちを出て行った。
翌週、金曜の夜。インターホンが鳴り、玄関のドアを開けるとスーパーのレジ袋を提げた彼が立っていた。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
彼を招き入れると、玄関のカギを閉めた。彼は上り框にどっかりと腰を下ろし、傍らにレジ袋を放り出して脱ぎ辛そうなスニーカーの紐を解いていた。
「今日うどんだけど、いい?」
「うん、いいよ。ありがとう」
レジ袋を拾い上げ、一足先にリビングへ向かう。彼が靴を脱ぎ終わるのに、3分はかかる。以前は駅前まで迎えに行って、食事を摂ってからうちに帰ってきていたのだが、俺が普段から外食ばかりだと知った彼が、自分が作ると言い出した。子供じゃないんだから、と迎えを断られ、じゃあ俺が買い出ししておく、と提案すると何が必要かわからないでしょ、とバッサリと切り捨てられた。そういう彼も普段料理はしないらしく、包丁を使う様子は危なっかしくて見ていてハラハラする。
遅れて部屋に姿を見せた彼は、シンクで手を洗うとすぐに紺色のエプロンを身に付けた。エプロンも包丁も、少し前まで俺の家にはなかったものだ。彼が料理をするようになってから少しずつ調味料が揃っていった。
水の量から茹で時間、具材に至るまで、麺の袋の裏のレシピが忠実に再現されたうどんが出来上がった。ただし、ネギの大きさはバラバラだった。
「今日は課題大丈夫なの?」
また土壇場で拒否されたら立ち直るのに相当時間がかかりそうだ。麺を啜りながら探りを入れると、彼は素っ気なく明日のバイトは休みにしたから問題ない、と答えた。
「サクラくん、これ使って」
彼が料理をして、俺が片付けをする。食事が済み、スマホを弄っている彼の目の前に薬局で購入しておいた浣腸剤を置いた。
「一応確認だけど、俺が君を抱く、でいいんだよね?」
スマホを片手に、固まったまま箱を凝視していた彼が覚悟を決めたようにぎゅっと唇を引き結んだ。スマホをテーブルの上に置き、浣腸剤を引っ掴んで立ち上がる。部屋を出ていこうとする彼の背中に、終わったら寝室においで、と声を掛けた。
「奥の部屋。わかるよね?」
ドアの前で一瞬立ち止まり、ん、と小さく返事をしてから部屋を出て行った。
洗い物を済ませ、道具とカメラを設置して寝室で彼を待つ。1時間ほど経っただろうか。寝室に現れた彼はジャージ姿で、酷く疲れたような顔をしていた。
「風呂入ってたんだ。顔色悪いけど、大丈夫? 今日はやめとく?」
「や、平気……。ケツに何か挿れたのって、小さい頃熱出して座薬挿れた時以来だ……」
今にも吐きそうな顔をして、腹をさすりながら彼が言う。
「上脱いでベッドに上がって」
三脚に設置したカメラの横を通り、彼がフラフラとベッドに近づいてくる。ファスナーを下ろすと、ジャージを床に脱ぎ捨てた。ジャージの下には何も着ていなかった。
「具合悪くなったらすぐに言ってね。途中でもやめるから」
ダブルベッドの真ん中で胡坐をかく彼の正面で膝立ちになり、目に黒のボンテージテープを巻き付けていく。いつもは香水か柔軟剤のいい匂いをさせている彼が、今日は俺と同じボディソープの匂いをさせている。
「ベッドでかいけど、もしかして誰かと住んでた?」
今から俺と寝るというのに、どうしてそんな無神経なことを聞くのだろう。彼は普段口数が多い方ではないが、おとなしく拘束されている間はやたら俺のことを聞いてくる。徐々に自由を奪われていく感覚に心細さを感じているのか、あるいは単に気まずさを感じているのかもしれない。だから今回の質問も、深い意味はないのだろう。
「元カノと同棲してた」
彼の手を取り、片方ずつ両手首にベルトを巻く。別に隠すことではないし、いつかは言わなければならないと思っていた。それがたまたま今日になっただけのことだ。彼は興味なさそうにふーん、と適当な相槌を打ち、確かめるように自分の手首を触った。
「ねえ、首輪使っていい?」
「は!? 首輪?」
「うん。使っていい?」
手にたっぷりとボディローションを絞り出し、彼の首に触れる。
「えっ、冷た! 何!?」
ビクッと身体を強張らせた彼は、腰を浮かせてとっさに逃げ出そうとした。
「クリーム。傷になるといけないから、一応」
後ろについていた手首を掴んで前に引くと、彼は観念したようにおとなしく元の場所に腰を下ろした。背を丸めて、浅く呼吸をしながら俺にされるがままじっとしていた。肩までたっぷりとローションを塗り、太い首輪を緩く巻いた。
「触ってもいいよ」
彼の手が、恐る恐る首輪に触れる。
「どんな感じがする?」
「……重い」
彼の発した声から、緊張が伝わってきた。首輪を触る彼の手を捕まえて短いチェーンで首輪に繋いだ。目が見えていない彼には何が起こったか理解できていないようだった。
「町田さん、何これ。どうなってんの?」
「後で写真見せてあげるよ」
自分のスマホを手に取り、シャッター音をさせて彼の姿を撮影する。
「ちょ! やだ! 撮らないで!!」
口では嫌がるくせに、彼はプレイが終わった後、俺が風呂に入っている間に撮った写真やら映像やらをチェックしていることを俺は知っている。
「写真送っておいてあげるね」
嫌がって暴れる彼の姿を間隔をあけずに何枚も撮影し、力づくでベッドに押し倒して馬乗りになる。世の中本当に便利になって、アプリを開いて写真を選択するだけで、たった数秒で写真が相手に送られる。隣の部屋から、彼のスマホが鳴る音が聞こえた。
「ちょっと、重い! 離せ!!」
スマホをベッドの上に放り、俺の下で喚きながら暴れる彼の顎を乱暴に掴んで、唇を重ねる。一瞬の怯んだ隙をついて相手の口に自分の舌をねじ込んだ。混乱して足をバタバタさせてもがく彼の頭を両手でシーツに押し付け、乱暴なキスを繰り返す。だんだん抵抗が弱まっていき、しまいにはぴたりと止んだ。顔を上げる頃には俺も彼も息が上がっていた。
「今のって、キス?」
口を半開きにして胸を上下させている彼が、半信半疑で聞く。血の味がする。つい夢中になって気付かなかったが、いつの間にか口の中を切っていたらしい。
「嫌だった?」
「嫌じゃないけど……」
彼の頬に触れると、緩んでいた唇がきゅっと閉じられる。薄い下唇の端が切れて血が滲んでいた。自分の血だと思っていたが、相手の血だったらしい。顔を近づけて傷口を舐めると、ビクッと身体を強張らせた。
「痛っ!」
「唇切っちゃったみたい。ごめんね」
今度は相手の額に触れ、髪を掻き上げながら唇にキスを落とす。彼の唇がわずかに開き、舌を絡めてキスをした。縋るように首輪を握りしめていた指がピクピク動き、俺の下でもどかしそうに腰が揺らしていた。
「初めてだし、ここからは優しくするから」
「んっ、あ」
さんざん調教してきた乳首はすでに尖っていて、指先で愛撫すると彼は甘いを出して喘ぎながら悶えた。
「町田さん、まちださ、ん!」
「本当に可愛いね、君は」
「ンっ、んんっ」
乳首を弄りながらキスで唇を塞ぐ。こちらは理性を保たせるので精一杯なのに、可愛い声で呼ばれたら我慢ができなくなる。先程も本当は乱暴にするつもりはなかったのだが、抵抗されてつい興奮してしまった。優位な立場にあって抵抗する相手を屈服させ、支配する感覚がたまらない。
「あっ、ああ!!」
思い切り胸に吸い付くと、彼は悲鳴にも似た声を上げる。
「まちださ、や、町田さん!!」
身体をくねらせ、俺から逃れようと彼がもがく。首輪と手首を繋ぐチェーンがガチャガチャと音を立てた。
「くすぐったいから! ねえ!!」
左手で細い腰を抱いて身体を抑え込み、右手はしつこく乳首を愛撫し、舌で反対の乳首を嬲る。彼の下半身は反り返ってジャージを押し返していた。
「や、はぁ、んんっ、は、んっ、っ無理、町田さん、もうこれ以上は無理」
骨ばっていて抱き心地がいいとは言えないけれど、これはこれで悪くない。白く平らな胸板の、控えめなピンクの乳輪はなかなかそそる。
「町田さんってば。は、んんっ……ふ、まちださ」
喘ぎ声が、だんだん苦しそうなものに変わってくる。腹はビクビクと波うち、下半身は相変わらず存在を主張していた。
「サクラくん、もしかして泣いてる?」
彼の呼吸が乱れていることに気付いて手を止めた。
「気持ち良すぎておかしくなりそ……」
胸を上下させながら呼吸を繰り返し、涙声でぽつりと呟いてからはは、と小さく笑う。
「町田さん、下触って。イかせて」
魔性とか、小悪魔とか、そんな表現が今の彼にはよく似合う。
「えっ、うわ! ちょっと!!」
ウエストのゴムに指を掛け、下着ごとズボンを剥ぎ取った。一瞬、腰が宙に浮き足が投げ出された。膝を割り開いて脚を開かせ窄みに中指を突っ込んだ。
「痛ッ!」
ぐりぐりと手首を回しながら、力任せに指をナカに押し進めていく。ナカは狭くて、とても俺のモノが挿りそうにない。
「町田さん!」
大きな声に呼ばれてハッとする。
「痛いって言ってるじゃん! ……怖いよ」
彼の身体は、小さく震えていた。優しくするなんて言いながら、気づけば暴走していた。声が聞こえていなかったら、このまま彼を犯してしまっていたかもしれないと思うとゾッとした。今までどこかで理性が働いていて、歯止めが利かなくなったことなんて一度もなかった。
「サクラくん、ごめん。今日はもうやめにする?」
「やめなくていいけど、優しくしてほしい」
「わかった。気を付ける」
傷んだ髪をかき上げて、額にキスをした。胸の前で拘束された手が俺の袖を掴み、首を伸ばして手に擦り寄ってきた。こういうところだ。一見可愛げがないどころか近寄りがたい雰囲気を纏っているくせに、プレイが始まると何の躊躇いもなく身を委ねて甘えてくる。とことん甘やかしてやりたい気持ちにもなるし、どこまで許してくれるのか試してみたい気持ちにもなる。
手を振り払い、首と手首を繋ぐチェーンを外し、両手首に繋ぎなおした。
「サクラくん、四つん這いになれる?」
肘で身体を起こそうとする彼を助け起こすと、手にたっぷりとローションを絞りだした。
「また痛かったら言ってね」
「うん……んっ!」
中指にローションを絡ませ、少しずつ挿入してゆく。潤滑剤のおかげで先程よりも抵抗なく指が入っていく。
「うう、気持ち悪……」
「やめる?」
「いや、平気だけど……」
ゆっくりと指を抜き差ししながら片手を彼の腹に回した。手を下に滑らせてゆき、彼の性器に触れる。
「んあ! や」
勃起していた性器をきゅっと握ると、彼がぶるっと身体を震わせた。ゆるゆる扱いてやると、顔を枕に埋め、腰を高く突き出す格好になった。誘うようにゆらゆら腰が揺れていた。
「うう、だめ、町田さん……イく、もうイく」
そう言った直後、身体を強張らせ、勢いよくシーツの上に欲を吐き出した。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「いつもより早かったね。そんなに気持ち良かった?」
「あ、待って、今俺イったばっか」
少し扱くと、吐精したばかりの性器はすぐに硬さを取り戻した。先走りと、彼の精液とてのひらに残っていたローションとかが混じり合ってくちゅくちゅといやらしい音を立てた。
「指、二本に増やすね」
「あっ……ん、ぅ」
一本だとだいぶ緩くなったと思っていたが、二本入れてみるとやはりまだまだ狭い。前に刺激を与えているせいか、ナカは熱くうねっていた。
「サクラくんどう? 苦しくない?」
「はぁ、はぁ、ぁ、ぅん、っは」
答える余裕がないようで、枕に頭を擦りつけながら肩で呼吸をしていた。
性器を扱いていた手に精液とは違う、何か温かい水で濡れた感覚があった。彼ががばっと身体を起こしたのはほぼ同時で、下を見るとシーツの上にシミができていた。
「え、何これ、とまらな」
「潮かな。おめでとう、サクラくん」
「や、見ないで」
ぶるぶる身体を震わせながら爪先までぎゅっと力を込めて小さく丸まるが、性器から漏れる透明な液体は止まることなくシーツにしみこんでいった。
「ははっ、何これ……怖」
彼の上に覆いかぶさり、額を押さえて顔を上げさせる。指を三本に増やして窄みに挿入すると、あ゛ッ、と彼は潰れたような声を出した。
「はぁ、はぁ、ふう、んんっ」
首筋にキスを落とし、舌を這わせると汗のしょっぱい味がした。
「はぁ、あ、あぁ」
拡張を続けながら赤く熟れた乳首を弄り、舌で浮き上がった背骨をなぞると、彼は切なげな声を上げながら身体をしならせた。
十分ナカを広げたところで、指を抜いて自分の性器にゴムを付ける。
「サクラくん、フェラチオできる?」
彼はさんざん啼いてぐったりしていたが、ここでやめることはできなかった。ベッドの上を移動して枕元に腰を下すと、彼が肘を使って身体を起こした。俺の手が顔に触れると無防備に口を大きく開ける。膝立ちになり、片手で彼の頭を固定し、もう片方の手は性器に添えて慎重に彼の口に挿入する。
「ごめんね、ちょっとだけだから」
「ぅ、ふぐ、んっ、んっ」
ガッチリと両手で彼の頭を押さえ込み、先端が喉に当たるくらいに加減をして前後に腰を振った。彼の手が力強くシーツを握るから、シーツが皺になっていた。
「はーっ、はーっ、ゲホゲホ、ゴホ」
性器を抜くと、彼は大きく息を吸い込み、大きく咳き込んだ。彼が咳き込んでいる間に、彼の背後に回る。唾液で濡れた、性器に被せたゴムにローションを塗りこむ。
「サクラくん、もう挿れるから腰上げて」
「んえ゛、ちょ、待って、俺……」
腰を掴んで高く上げさせ、バックで挿入を開始する。
「あ゛ッ、あ゛あ゛、ッア」
「う、やっぱりまだキツイな」
無理矢理腰を押し進めていくと、肉壁が絡みついてきて押し返そうとしているような感覚があった。それでもローションのおかげで思っていたよりもすんなりと挿っていく。
「ア゛ッ、痛ッ、痛い、町田さん!!」
根本まで挿入すると、一旦動きを止めた。
「優しくするって言ってたじゃん!!」
肘を立て、拘束されている手首に頭を乗せた状態で彼が怒鳴る。
「うん。我慢できなくて……ごめんね」
口先ではこんなことを嘯きながらも、常に理性は働いていて冷静にやめるタイミングを見計らっていた。彼はすぐに不満をぶつけるくせに、プライドが高いのか今までに一度もセーフワードを使ったことがない。
ゆっくり腰を引き、力いっぱい臀部にぶつけた。衝撃で彼の身体は前に押し出されようとしているが、俺が腰を捕まえているため大きくベッドが揺れただけに過ぎなかった。
「あ゛ッ!!」
彼が全身に緊張を走らせ、挿入していた性器が締め付けられる。ゆっくり腰を引いて打ち付けるのを何度か繰り返し、徐々にスピードを上げていく。
「あっ、あっ、あっ、だめ、町田さん! だめぇ」
苦しそうだった彼の声が、だんだん甘くなっていった。両手首を繋ぐチェーンを外し、彼に覆いかぶさってベルトの上から手首をシーツに押さえつけて腰を振り続ける。
「あっ、あっ、はぁ、んっ、ん」
俺の下で彼がぎゅっと手を握りしめ、膝に力を入れて身体を起こそうとした。彼が勃起していることに気付き、右手を彼の股に滑り込ませた。
「やぁ、は、町田さ」
彼の艶めかしい声が腰に響いて、思わずゴムの中に吐精した。彼の上を退き、すぐに新しいゴムに付け替える。
「町田さん?」
急に重みがなくなって、彼は座り込んでぽかんとしていた。手を引っ張ると、彼はうわ、と声を上げて俺の胸に倒れこんでくる。手首を再び首輪に繋ぎなおすと、後ろを向かせ、膝の間に足を割り込ませて大きく脚を開かせた。後ろから腰を抱いて、力任せに引き寄せる。
「そのまま腰を落として」
「えっ、待って! あ!」
骨盤を掴み、下に向かって押さえつけると、彼は身体をくねらせて逃れようとした。腰を抱いてホールドし、性器を挿れたまま自分の膝に乗せた。
「サクラくん正面向いて」
後ろから彼の顎を掴み、正面を向かせる。
「今、君の目の前にカメラがある。赤く熟れた乳首も、反り返った性器も、繋がっているここも、無理矢理犯されて悦ぶ君の痴態がバッチリ映ってるよ」
「ぅぅ、違う!! 違う!!」
正面には、宮に置いておいたビデオカメラがあった。
「何も違わないでしょ。俺は縛っていたぶられて悦ぶ変態ですって言ってごらん」
「やだッ!! やだ!!」
俺の手を払い、髪を振り乱して激しく頭を横に振る。
「ほんっと強情だな。可愛いね、君は」
肩を抱いて身体を固定し、腰を抱いていた手を下に滑らせる。性器を扱いてやると背中を丸めて身体を左右に揺らして抵抗した。
「やだ! やっ、あ」
少し扱いてやると、すぐに薄い精液を少量飛ばした。そして、彼の身体が急に鉛のように重くなる。
「えっ、サクラくん?」
前のめりに倒れそうになった身体を支え、声を掛けるが反応がない。どうやら、気を失ってしまったらしい。
彼がリビングに姿を現したのは、翌日の午前11時を過ぎた頃だった。
「おはよ」
「……はよ。ねえ、起きたんなら俺も起こしてよ」
「ごめんね、よく寝ていたものだから」
彼はあまり寝起きがいい方とは言えない。昨日と同じジャージを着て、寝癖を付けた彼は真っ直ぐに俺の元へ来て隣に腰を下ろした。
「朝食、食べる?」
「もうすぐ昼だろ? いいよ」
「コーヒーだけでも淹れようか?」
「ん」
俺が立つと、彼は俺がいた場所に寝転び、スマホを弄り始める。
「町田さんって、ほんといい趣味してるよね」
恐らく、俺が昨日送った写真を見ているのだろう。嫌悪するようでも、からかうようでもなく淡々と言う。
「そういえば、身体の調子はどう?」
「あー……うん。なんか、ずっと尻に挿ってるみたいでキモチワルイ。腰は怠いし、喉も痛いし」
「のど飴ならあるけど、舐める?」
「うん、貰う」
湯を沸かしている間に、通勤用バッグからのど飴を取りに行く。ドア付近にあるパネルに目が行き、風呂に入るか訊ねたら入ると言うので風呂を沸かした。湯が沸くと、彼には甘めのコーヒーを、自分には無糖のコーヒー作り、彼の分のカップを彼の前に置いた。彼の正面の椅子を引き、腰を掛ける。彼は身体を起こし、スマホをテーブルの上に置いた。
「昼、出前でいいよね。何食べたい? ピザでもとる?」
「じゃあそれでいいよ」
なんとなく話しづらいのは、彼がいつも以上に無口だからだということに気が付いた。そして俺も、昨日の今日で彼に対して変に気を使ってしまっている。
「昨日のことなんだけど」
彼は話し始めて、すぐにひとつ咳をした。
「俺途中から記憶なくて。ちゃんとできてた?」
まるで風邪を引いているときのように微かに声がかすれていて、とても話し難そうだった。プレイが終わると何事もなかったかのように振る舞い、撮った動画も顔色を変えずに見ている彼が、このように蒸し返すのは珍しいことだった。俺と目を合わそうとせず、コーヒーカップを弄る様子を可愛らしく思った。
「ちゃんと撮れてるかはわからないけど、あとでビデオ確認してみなよ」
少し意地悪が過ぎただろうか。それきり彼は黙ってしまった。
「今するべき話じゃないと思うんだけど、聞いてくれる?」
そう切り出すと、ようやく彼は目を合わせてくれた。いい話ではないと思っているらしく、その表情は浮かない。俺は「いい趣味してる」から、まるで捨てられるような顔をされると少し意地悪をしたくなる。
「昨日、誰かと住んでたのかって聞いてきたじゃん? 覚えてる?」
「うん。元カノでしょ」
「どう思った?」
「別に……。町田さん年上なんだし、そういうこともあるんだろうなって思ってた」
七つ下の彼氏は、俺が思っているよりずっと大人だったらしい。ヤキモチを焼かせるつもりが、手痛いしっぺ返しを食らった気分だ。
「あのベッドとか家具を見てもわかると思うけど、俺は結婚するつもりだったんだ」
「うん。なんで別れたのかって、聞いた方がいいの?」
彼は興味なさそうに言う。彼にとって元カノの話など、面白くないことは承知の上だ。
「そういうことじゃなくて、俺にとってあの部屋はどういう場所で、君を寝室に入れたのにはどういう意味があったのか少しだけ考えてほしくて」
何を想像したのか、彼は俺から視線を逸らし、少し冷めたコーヒーに口を付けた。彼を寝室に招いたのは、昨日が初めてだった。彼は無関心な態度を装いつつも、俺の話にじっと耳を傾けていた。彼にとって元カノの話など面白くないのは承知の上なので、極力無駄なことを省くように努める。
「原因は……まぁ、君の予想通りだと思うけど性の不一致で」
「普通ならドン引きだもんな」
茶化すように彼が口を挟む。
「わかってるよ、俺の性癖がイカレてることくらい。話戻すけど、俺は普通にしてたんだけど彼女が何か感づいたみたいで、それでうまくいかなくなった。どうせうまくいかないなら自分のやりたいようにやろうと思って出会い系登録したんだけど」
「そこで俺と出会ったんだ」
「そういうこと。彼女とは7年付き合ってて、もう結婚とか恋愛とかはいいやって思ってたんだけど、まさか性別偽ってサイトに登録した男の子と付き合うことになるとはね」
「……もういいでしょ、その話は」
年相応に不貞腐れる彼を見て、俺は小さく笑った。
「話はこれで終わり。そろそろお風呂が沸くから、入っておいで」
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