8 / 9

センチメンタル

 自分の母が授業を受け持つという、哲太にとってなんとなく気恥ずかしい2時間目の音楽が無事終わる。音楽室から教室へ戻ってきた途端、クラスの女子達が皆幸人の周りに集まりだした。 「幸人君楽譜昨日もらったばかりなんでしょ!一日であんなに弾けちゃうのすごい!」 「未知もピアノやってるじゃん」 「レベルが全然違うよ!あんな伴奏一日で弾けないもん!幸人君凄すぎる」 「1日じゃないよ、幸人昨日これ初見で弾いてたぜ」 「しょけんてなに?」 「初見てのは、初めて楽譜見て弾くってこと」 「え?なんで哲太がそんなこと知ってるの?」 「だって俺も一応ピアノ習ってるし」 「嘘!似合わない」 「なんだよそれ!」  訳知り顔で会話に加わる哲太に、学級委員の未知が思い出したように言った。 「そうそう、哲太も登喜子先生のところ行ってたよね、でも三年生から発表会出なくなったから辞めたのかと思ってた、今年は発表会出るの?」 「一応、出ろ出ろ親がうるさいから出ようと思ってるよ、未知や幸人も出るんだろう?」  未知は頷いたが、幸人はうーんと困ったように苦笑いを浮かべる。 「幸人君は冬もコンクール?」  未知が幸人に聞くと、女子の一人が尋ねた。 「何コンクールって?」 「コンクールってのはピアノの全国大会みたいなものよ」 「全国大会?順位とかあるの?」 「幸人君なら顔だけでもぶっちぎり一位でしょ!」 「いやいや、ジュノンボーイコンテストとかじゃないから、ピアノのコンクール!」 「…」 「幸人、俺ら休み時間サッカーやろうって言ってんだけどおまえも来る?」  幸人の反応を見ていたら、なんとなく、コンクールの話にはあまり触れてほしくないように感じて、哲太は幸人を誘う。 「ちょっと、幸人君球技はいつも見学なの知ってるでしょ」 「サッカーなら手使わないだろ?」 「ぶつかりあったりして幸人君が怪我したらどうするのよ!あんたらみたいな図太い男子と違うんだから!」 「はあ?」 「俺、やりたい!」  哲太と女子が言いあうなか、幸人がはっきりとした声で言った。 「ほら見ろ、大丈夫じゃん」 「幸人君無理しないでね!」  勝ち誇る哲太を無視して、女子達が心配そうに幸人に声をかけたが、幸人は笑顔で大丈夫だよと答えると、行こうと哲太の手を掴み教室を出た。 「おーい、幸人もサッカーやるって」 「おー珍しい、藤原が休み時間外で遊ぶなんて」 「な、ピアノのために球技やらないとか少女漫画みたいだもんな、手加減しないけど大丈夫か?」  昌樹や武達の問いかけに、幸人は深く頷く。 「これからはなんでもやるから、俺キーパーやりたい」 「え?滅茶苦茶手使うじゃん?いいの?」 「ああ、大丈夫」  そう応える幸人の顔には、ただ昼休みにサッカーするだけとは思えない、強い決意が漲っているように見えた。

ともだちにシェアしよう!