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#1 rei's prescription
多分俺には薬が、必要なんじゃないだろうか。
動悸、息切れ、急激な体温上昇。
………誰か、俺に必要な薬を。
………誰か、俺に合う薬を………。
でも、きっと見つからない。
そんな特効薬………。
俺が一生秘密にして、墓場まで持っていく性癖もその感情も、全部無かったことにしてくれる薬なんて、この世には存在しない。
俺が何気なく見ていた、そういう出会い系はすごく変わっていて。
〝happy prescription siteー。あなたのお望みどおりを処方します。次の質問にお応えください〟
出会い系なのに、処方ってなんなんだ?
とは思ったものの、なんとなく気になって………。
本当にぴったりな相手が見つかるのか、単に興味が湧いて、俺はついその質問に答えてしまった。
せっかく田舎から出てきたから。
一つ、一つだけ………夢というか、願望を叶えたかったんだ。
叶えるなら。
一縷の望みをかけて。
藁にもすがる思いで、ぴったりの相手とヤッてみたい。
田舎だと、俺のいわゆる人と違う性癖なんて、目立って目立って仕方がないし。
こんなに人が多けりゃ、俺のことなんて気にする人もいない。
だから。
出会い系で出会った人と………出会った男と一夜を共にした。
一度でよかったんだ。
相手の顔なんかまともに見られないから、とにかく都会の洗練された人に、俺にぴったりだと思しき人に、自分の性癖を解放すべく肌を重ねる。
どうされても………正直、縛られてもハードなのでも、相手が求めるならそれで。
しかし、俺の予想を遥かに覆す初めてのソレは………。
優しくて、それでいてぶっ飛んでしまいそうなくらい気持ちよくて………。
都会の人はコワイ人ばかりじゃないんだな、って………。
結構、良心的な出会い系サイトもあるもんだなって………。
そして………こんなに優しく抱いてくれる人もいるんだな、って思ったんだ。
「本当に初めて?」
「………ん、…初……めて」
そう言われるのも無理はない。
今まで散々苦労して、一人でオモチャで我慢してたんだ。
初めて会ったその人は、すごくいい香りがして。
都度都度、俺に優しく声をかけながら、俺のイイトコを擦ってくるから、ベッドの上でも浴室の中でもイキまくって。
生まれて初めて感じた幸せで………。
「……っあ、あ……すごい……しあわせ…….…」
たまらず、呟いた。
すごく効き目のある薬を処方してもらったかのように、気持ちいい………。
これで、いい。
これで、この先。
俺はまた、頑張ってちゃんと生きていけるって、俺は心に誓ったんだ。
「大丈夫ですか?」
ふと背後から、声が聞こえた。
会議出席のために地方の支社から出張で出てきて、時間帯が悪かったのか都会の満員電車にもみくちゃにされて。
結果、昨日絶頂的に幸せを感じて、その反動で干からびたゾンビみたいになった不審者極まりないであろう俺に、声をかけるけったいな人がいるもんだ。
「だ、だいじょうぶ………です」
「どちらまで行かれますか?」
「………な、永田町まで」
「あぁ、僕も。なら、一緒に降りましょう。荷物、持ちますよ」
「い、いやい、や………そんな」
「遠慮なさらずに、手提げ鞄を持つだけですから」
「いや、悪いんで………本当」
「顔色悪いですって。キツかったら、僕にもたれてもいいですから」
………都会の満員電車には、天使が住んでいる。
こんな田舎者の。
たかだか、慣れない満員電車に酔ったと思われる俺に、こんなに優しくしてくれるなんて。
絶対、惚れてまうやろ。
俺が女だったら、間違いなく、堂々と、見境なくフォーリンラブだ。
「僕も就職したての時、今のあなたみたいに人に酔っちゃって………。見ず知らずの人に、助けてもらったことがあるんです。だから気にしないでください」
………都会の満員電車には、天使がたくさん住んでるのか?!
だから、俺はその声の主が気になって………たまらず振り返ったんだ。
センスの良い、ピンストライプのスーツに。
清潔なボタンダウンの白シャツに、濃紺のネクタイをシュッとしめて。
綺麗な喉仏の上には、これまた爽やかそうなイケメンの首がのっかっていて。
………間違いなく、モテるんだろうなぁ。
そして………間違いなく、都会のリア充で。
そう察知した瞬間、その天使サマからファーっとフェロモンのように、リア充臭が漂いだす。
こ、これは。
出会ったらいけないタイプの人だったかもしれない。
かたや、くたびれたゾンビ風味なゲイの俺と。
かたや、神に選ばれし天使風味なこの人と。
こんな人に出会ったら、自分がみすぼらしく思えて仕方がないじゃないかーっ!!
でも、少しだけなら………。
どうせ、この一瞬しかすれ違わない………そんな、人だから。
都会のいい思い出になればいいな、って軽い気持ちでつい、言ってしまった。
「………じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
って、田舎者が背伸びした背一杯の大人の対応をしたんだ………よ?俺は。
もう、会うことないって。
一期一会が具現化した出会いなんだって。
なのに、何故。
行先まで、一緒なんだ!?
「ひょっとして、本社の方なんですか?」
「ひょっとして、支社の方ですか?」
俺は慌てて、名刺を差し出した。
「度々の失礼、申し訳ありませんでした!!鹿児島支社の霧島です!!ご挨拶まで遅れて、本当に申し訳ありません!!」
「あぁ!霧島さん!!」
その都会の天使は、俺の名刺を見て楽しそうに笑う。
「実物を初めて、拝見しました」
「はい?」
「あなたが支社で独自に開発したシステムで、爆発的に業績がアップしたでしょう?是非、お話をお伺いしたかったんです」
「………はぁ」
「あと………昨晩の霧島さん、サイコーに良かったですよ」
「………は?」
「覚えてませんか?」
そう言って、その人は笑うと、俺の耳元で囁いた。
「本当に初めて?」
その………声音。
具合が悪くて気付かなかったけど、この香水の香り………昨日の!!
「………あ、あっ、あーっ!!」
日頃かすりもしない俺の八百万の運は、こんな奇妙なことに10億円が当たる確率で発動した。
昨夜、あまりにま気持ち良くて、一夜限りの相手の顔なんかよく覚えてねぇよ………マジで。
ゆきずりハズだった相手は、本社に勤務するイケメンで………加えて、災難なことに。
社長の息子だなんて………。
俺氏、終了だ………マジで。
会議室の役員席に、その人は姿勢を正して座っている。
総務部長 昇 龍司。
肩書きが立派なら、いかにも出世しそうな名前で、何から何まで完璧だなんて。
………本当、信じらんない。
あまりチラチラ見てはいけないのに、怖いモノ見たさも相まってか、たまに挙動不審な俺の視線と総務部長サマの視線がぶつかる。
………ぁああ、サイアクだ。
あっという間に広がるだろうな、「鹿児島の霧島は、ゲイで社長の息子と寝たんだ」って言う事実が、オヒレハヒレをつけて、面白おかしく。
もうすぐ、三十路。
なんの取り柄もない俺が、いたたまれなくなった会社を退職して、上手いこと転職できるんだろうか?
「………と、言うことで。人事異動素案に意義のある方はいらっしゃいませんね?」
や、べぇ。
考えごとしすぎて、何も聞いてなかった!!
「……支社 柳沢拓巳、本社情報システム部へ。鹿児島支社 霧島玲、本社総務部付秘書室へ」
………は?
はぁーっ!?
総務部付秘書室………って、あの人のトコじゃねぇか………。
きっと、昨夜のことをスッパリ忘れていた俺のことを根に持っていて、徹底的にいじめ抜く気だ。
………俺氏、本格的に終了だ。
その後の会議なんて、全く頭に入るまでもなく。
会議が終わる頃には、俺は再び干からびたゾンビ状態になっていた。
この後の懇親会………行きたくねぇ。
たった一度。
夢を、願望を、ささやかな俺の夢を叶えただけなのに………なんで、こんなことになるんだよーっ!!
「……島君。霧島君」
「は、はいっ!!」
気がついたら、会議室にひしめき合って座っていた人がまばらになっていて、そのかわり〝昇龍〟こと昇龍司が俺の目の前に立っていた。
「会議、終わったけど」
「あ………」
「人事異動、ビックリした?」
「そ、りゃあ………もう」
「よろしくね。僕専属になる予定だから」
「あの………昨夜のことで、今日のアレですか?」
「え?」
「嫌がらせで、こんな人事………」
「人事異動が昨日の今日で、できるわけないじゃん」
………ですよねー。
社長の息子だから、それくらいお茶の子さいさいだと思ってましたよー。
あははー。
「元々気になってたんですよ。霧島君のこと」
「は?」
「人事資料の霧島君の写真見て………一目惚れっていうのかな?」
「…………はぁ」
なんだ?
鹿児島の片田舎にいた俺を、一目惚れ………だと?
ハイレベルでハイスペックなおまえが、俺に一目惚れ………だと?
「キレイな顔してて、仕事もできるし。さらにソッチの趣味まで合うなんて………。僕、嬉しくって」
恥ずかしそうに、かつ、色気漂う含み笑いをした昇が、拗らせゲイのドコが気に入ったのか、皆目見当がつかないが………。
あの出会い系がなけりゃ、こんな風に昇とも急接近しなかったワケで。
だから、思わず………俺は本心を口にしてしまった。
「俺も………実は………すごく、嬉しい………」
俺の発した言葉を聞くや否や。
昇は破顔一笑すると、俺の耳元で口を近づけてあの声音で囁くんだ。
「懇親会なんてそこそこにして、2人で抜けようか?」
それから、しばらくして。
鹿児島から上京した俺は、総務部長秘書として公私ともに総務部長である龍司とよろしくやっている。
あの後、結構気になって、あの変な出会い系を検索するんだけど。
閉鎖したのかなんなのか、ヒットすらしなくなってしまった。
happy……pres………なんだっけなぁ?
なんだったんだろうか、あれ。
でも………いいんだ。
俺は、すごく相性のいい、幸せになる相手を処方してもらったんだから。
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