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「華々しく、毒②-コウと恭一⓵ first impression」

「コウと恭一 first impression」  impression 印象 気持ち 痕跡 刻印 跡  2月に入ってすぐの冬の雨の日に、俺は久しぶりに失恋した。30歳の誕生日を迎えて、すぐの失恋。かなり、きついものがあった。俺のことを「コウさん」と少し舌足らずに甘えたように呼ぶ年下の高校生に失恋した。  10歳年下の高校生の怜佑が俺に恋愛感情を持ってないことは重々承知していた。彼はいつも俺に、同じ高校に通う自分の好きな男のことを話していた。彼は友達を作ることが苦手らしく、話し相手がいない。俺は彼にとってちょうど良い存在の人間だったのだ。好きな男の話をしても周囲に自分がゲイであることがばれることなく、俺が10歳以上大人だから、俺自身にそれなりに余裕があって、彼も安心して俺を頼ることができたのかもしれない。  彼が卒業する前にどうしても、もう一度だけ彼に会いたかった。彼がこの町を去ることは知っていたから、彼に俺の、彼への気持を知ってほしかった。10歳以上も年上のオジサンの告白を彼はどう思うのだろう、気持ち悪いか、それでも俺は彼に伝えたかった。  でも、現実は、もっと残酷で、俺は彼に自分の気持を伝えることすらできなかった。彼は俺に一方的に「ごめん」とだけ言って、俺の前から去っていった。自分が3年間も想い続けている奴が目の前で雨の中濡れたまま立ち尽くしていたら、それはほっとけないよな、でも、残酷なこの現実、辛すぎる。  俺が年下の高校生に失恋して1か月後、俺が雇われ店長をしているカットサロンのオーナーが、経営するほかの店舗から問題児を送り込んできた。背が高くて、モデルみたいに端正な顔立ち、でも笑うと少年みたいにかわいい、そして女癖が強烈に悪い問題児。店の客に手を出して、しかも1回や2回ではない、店としてはクビにしてやりたいところだが、この男目当ての客は多いようだ。ということで、店のオーナーはとりあえず今問題が起こっている店舗から、俺が雇われ店長をしている店に送り込んだのだ。  女癖の悪い問題児の恭一は住むところがなく、仕方なく俺の家に住まわせることにした。今までは適当に、その場その場で付き合ってた女の家に転がり込んでたらしい。最悪の奴だ。恭一がうちに来た日の晩、俺は恭一に何が食べたい、と聞いた。恭一は、ハンバーグ、と小学生のような答えをした。俺は妙にこの女癖の悪い男がかわいく思えて、恭一のためにハンバーグを作ってやった。恭一は俺の作ったハンバーグを満面の笑みで食べた。「めちゃくちゃうまいっすよね」と口の周りにご飯粒をつけてニコニコしながら食べる恭一を見て、これは女は惚れるわ、と再認識した。 「お前、女の子と住んでたんだろ、食事ぐらい作ってもらってただろう」と俺が言うと、恭一は少しむっとしたような顔をして口を尖らせた。ん、なんか気に障るようなことを言ったか、俺。恭一は「俺、女、キライなんすよ。」とボソッと言った。  いやいや、おまえ、店の客に手を出して追い出されて俺んところ来たんだろ、女キライってなんだよ。 「お前、女の子キライなのに、女の子に手ぇ出すんだ」と少し意地悪っぽく言うと、 「手ぇ出したっていうか。俺が今住むとこないんだよね、って言ったら、じゃあ、うち来れば、っていうから行っただけで。それだけ。」と拗ねたように答えた。 「オマエ、住むところ、ないの、なんで。」俺は半ば呆れたように言ったら、 「金ないのと、俺ね、誰もいない真っ暗な家に戻るの、キライなんすよ。あと、夜、一人でいるとき無性につらくなったりとか、寂しくなったりとか。」そう言いながら横を向く。横顔も端正で、こんな男が行くところない、って言ったら、うちに来いっていうよなぁ、と素直に思った。 「結婚でもすれば、いいんじゃないのか。」 「だから、女、キライだって。」 恭一は持ってた箸を置いて、ため息をついた。 「女の子の、私料理上手いの、私良い奥さんになるの、私かわいいでしょ、そういうアピールが嫌いなんすよ、なんか、イライラするっていうか。俺の飯作ったら、俺の服洗濯したら、即自分のもの、あれが鬱陶しい」  ああ、いるよな、こういうやつ、見た目は美しく完璧、でも絶対に関わらない方がいい、芯に毒を秘めているような奴。でも、こういうのに惹かれる人間は多い。  恭一は俺の店に来て、問題なく働いていた。出勤も退勤も全部俺が管理していたし、休みの日も俺は過干渉の母親のように恭一について回った。最初は逃げ出そうと必死だった恭一も、そのうちに観念したのか、素直に俺との共同生活を送り続けた。  俺はゲイだが、俺にも男の好みはある。恭一は確かにイイ男だが、俺の好みとは全然違う。俺は儚げで線の細い全体的に薄幸な感じの、そう前の男、怜佑のようなタイプが好きなのだ。自身満々の俺様系で笑顔が少年みたいにかわいい、つまり恭一みたいなタイプには微塵もセクシャリティは感じない。ダメな弟と暮らしてるようなものだ。  恭一は俺に「彼女さんは、いないんですか」と聞いてきたが、俺は「失恋したところだよ」と正直に答えた。彼女ではなく、俺の一方的な片思いで、しかも男の子だけどな、そのことは言わなかったが。 「コウさんって、ゲイって、本当ですか」 恭一が、俺の作った晩飯を食べながら、突然聞いてきたので、俺は食べていた晩飯を吹き出しそうになった。否定するのも面倒だし、俺は「そうだよ」と平然と答えた。恭一は一瞬持っていた箸を落としそうなほど衝撃を受けていたようだったが、まるで何事もなかったように飯を食い続けた。俺たちはそれから一言も話さず、黙って飯を食い続けた。 「ゲイですか」発言のあった晩、寝ていて、ふと人の気配を感じて目を覚ますと、俺のベッドの横に恭一が立っていた。俺は心臓が止まりそうなほど驚いたが、黙って寝ているふりをしていた。恭一は俺のベッドの傍まで来て座り込んで、俺のベッドから出ている手をそっと取り、俺の手の甲に自分の頬を近づけた。何秒か何分か、俺にとってはずいぶんと長い時間のように感じたのだが、恭一は俺の手に頬をつけながらじっとしていた。  俺は信じられないぐらいドキドキして、この鼓動が恭一に聞こえているのではと心配したほどだ。恭一はしばらく俺の手を自分の頬に当てていた。  朝起きて昨日自分に起きたことが何だったのか、俺の心は混乱していた。昨日の、恭一のあれは何だったんだ。  それから、幾度か恭一は深夜寝静まったころに俺の部屋に来て、寝ている(と恭一は思っているはずなのだが、実は俺は寝ていない)俺の手を握ったり、何もせずに俺の寝顔を見つめたりしていた。  でも、俺は何事もなかったように生活し続けた、というか、どうしていいのか、本当にわからなかったのだ。  季節が春になり夏になるかならないかのころ、「コウさん、俺はコウさんにとって、なに」と泣きながら恭一は言い出した。何事もなく過ごしていたのに、なんで急に晩飯を食ってるときに泣き出すんだ。そして、「コウさん、俺のしてること、わかってるよね、起きてるよね。」とおれを睨みつけて言った。俺は、恭一は俺が狸寝入りしていることに気付いていないと思い込んでいたが、わかっていたのか。ん?わかってて俺の部屋に来ていたのか。 「何だよ、急に何の話だよ。」と俺は震える手で茶碗を持ちながら、できる限り平然を装って答えた。 「起きてるだろ、バレバレなんだよ。なんで無視するんだよ。なんで俺に何もしないんだよ。」と恭一はまるで小さい子供がわがままを言うように言い出した。俺は自分の思ってることをストレートに、隠さずに、素直に言い続ける恭一に少し腹が立った。そして、オマエな、と俺は持っていた茶碗を置いて、恭一の方を見た。 「オマエな、ゲイだからって、男だったら誰にでも手を出すわけじゃないんだよ。俺にだって好みがある。おまえをそんな風に見たことは一度もない。」ときっぱりと言った。 そうすると、「俺は、コウさんにとって、なんなんだよ」とまた言い出した。振り出しに戻る、だ。  何って、なんなんだろう。お前は俺の何なんだ、俺はお前の何なんだ。店のスタッフ、それだけの奴を家に置いて飯食わせて洗濯してやるのか。いやいや、大事なスタッフだから、こいつ目当ての客多いし。でも、俺は泣き出す恭一にどういっていいのか、わからないはずはない。わかっている、わかっているけど、俺、まだ、前の男引きずってるのよ、こんな状態でどう言ったらいいんだよ。  恭一は泣きながら、急に立ち上がって「帰る」といった。 「どこに帰るんだよ」と俺が言うと、「帰る」と叫んで後ろを向いた。一歩、二歩歩いてまたぽろぽろ泣き出した。子供じゃないか、こいつ。俺は立ち上がって、恭一の真後ろに立って、「いいから、飯食えって。」と背中をポンポンと叩いた。恭一は急に俺の方を振り返って、涙で濡れた目を腕で拭って、俺に抱きついてきた。そして 「コウさん、怒った?ねぇ、困った?ごめん、もう言わないから、もう言わないから」と言ってまた泣き始めた。俺は恭一の背に手を回し、背中をポンポン叩き続けた。  こいつ、女が好きなのか、男が好きなのか、どっちなんだよ、どっちかにしろよ、本当に女たらしだ、いや、人たらし、か。こんなの、ほっとけないわ。どうやって育てたらこんな人間出来上がるんだよ、と考えてたら、そういや俺、最近怜佑のこと考えてないな、と思った。そして、俺はいつの間にか、俺の心の中から怜佑がいなくなっていることに気付いた。恭一の世話をしながら、こいつの飯を作りながら、こいつと過ごしながら、俺は、恭一に助けられていたことに気付いた。  俺と恭一はどうなるんだろう、俺は恭一のことを好きになるんだろうか、そもそも恭一は俺のことを好きなんだろうか、そんなことを考えながら、俺の心の中の怜佑の顔が笑っていること、そしてその笑顔が薄れていくことを実感していた。

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