9 / 11

起の章【9】

「ッ、フザけやがって……抜けよ!」  もちろん要求に応える気なんかない。それどころかジェルのぬめりを借りて指を増やし、軽く抜き差しを繰り返した。中で動かすたびに呻いて身じろぐ吉見の指が、藻掻くように布地を探る。 「マジで、いい加減っ──」 「まだ入れたばっかりだぜ? せっかくの機会なんだから、仕事以上の興奮を味わってみろよ」 「いくら何でもお前っ、これは無理──ん、ン……!」  浅い位置まで抜いて、ゆっくり奥に戻す。さすがに抵抗してくる粘膜の弾力はしかし、滑りの良すぎる液体のおかげでむしろ絶妙な締まり具合に感じられる。  もちろん後ろだけじゃなく前にも刺激を与え続け、拒絶が弱まるのを根気よく待つ間、自分も安っぽい着衣の前を開けた矢嶋は、現れた己の股間に一瞬戸惑った。  同性相手にキスを交わして身体を弄っただけだというのに、ソイツは自覚していた以上の獰猛さで身構えていた。  年に数回しか他人に触らせないなんて不健康だ? だから触ってやってる? ここまできて、それだけで済むわけがない。今すぐにでも目の前のコイツにブチ込みたい。包み隠さず言ってしまえば、そういうことだ。  仕事中しか興奮しねぇだと? だったら例外を作ってやる。もう既に、そうなる片鱗は見えてる。あとひと押しで、そんな思い込みは叩き壊してやる──  滾るものをヌルつく手で片手間に擦り、頃合いを見計らって抜いた指の代わりに圧し当てた。  異変に気付いた吉見が弾かれたように逃げかけるのを許さず、腰を引き戻す勢いで切っ先を割り込ませると、過剰なほど濡れたそこは思いのほか簡単に先端を呑み込んだ。 「ちょっ……嘘だろ!?」  慌てる吉見の膝を掴んで開かせ、体重をかけてのし掛かる。いくら細身とはいえ、さすがに女の筋力とは違う脚に暴れられたら厄介だ。 「や……マジで無理っ……入るわけねぇ、抜けって!!」  首を振って藻搔く身体に少しずつ、でも確実に沈んでいきながら、矢嶋は上体を折って耳元に顔を近づけた。 「あんた、仕事んときに無理難題押し付けられて、できませんって言うか? 言わねぇよな?」 「言わな……けどコレは──って、そんな奥……!?」 「何言ってんだ、まだ入るぜ? 泣きごと言うなよ」 「ッ……ん、ぅっ」  脚を開かされたまま男に挿入され、掴み寄せた上掛け布団の端を握り締めて仰け反る。そうやって悶える吉見の姿には思わぬ色気があって、尻に収めた矢嶋の興奮が内部でますます増大してしまう。 「狭いな」 「文句言うぐらい、ならっ──!」 「文句じゃねぇけど、ちょっと力抜いてみろよ……なぁ? できるだろ?」  仕事中毒のプライドを擽りそうな問いかけを意図的に選んだ。すると狙いどおり、それ以上の口答えはなく、吉見は噛み付きそうな目で無言のまま深く息を吸って吐き出した。  おそらく相当な負担を強いられてるはずの男の忍耐は、仕事を成し遂げる意地とイコールなんだろうか。胸を喘がせて矢嶋を受け入れる吉見の眼差しには、次第に威圧的な色合いすらチラつき始めた。  昼間はつけ麺屋のテーブルで、夜の入口には焼き鳥屋のカウンターで、あんなにも果てしない無気力感を撒き散らしてたくせに。  今や完全に覚醒したツラで歯を食い縛り、腹の底を貫かれて目をギラつかせてやがる。  一体、何なんだコイツは──呆れるを通り越して、もはや表現しようのない思いで矢嶋は吉見を見下ろした。が、何にしたって抵抗されないというのは好都合だったし、たとえどんなに尖りきったメンタリティであっても、この状態で肚を括ったのなら、今さらいきり立ったワーカホリックに上下をひっくり返される心配もないだろう。  動くからな、と前置きして、根元まで収めたものを慎重に引き抜いて再び突き入れる。表情を窺いつつ繰り返し、徐々に気遣いを取り崩して突き上げ始めると、吉見が身悶えて声を引き絞った。 「ン──あ……ぁっ」  戦慄く唇に喰らいついた途端、縋るような勢いで舌を突っ込んできた。  乱暴に絡め合って唾液を啜り合い、余さず舐め回して互いに根こそぎ奪い尽くす。繋がった箇所からはジェルの音が耳障りなほど響き続け、掻き回された液体が溢れて滴る。腹の間に挟まる吉見を掴んで扱き上げた瞬間、矢嶋を呑んだ内腔が痙攣するように締まった。 「あんた、すげぇイイ──」  囁いて再び塞いだノドの奥から、矢嶋の動きにシンクロする呻きが漏れてくる。  正直、吉見の中はあまりにも良すぎて、ともすれば加減を忘れてしまいそうだった。  それでも一切の泣きごとを言わなくなった野郎は、その代わり挑発的なまでに濃厚なキスを求め、己の股間を支配する手に片手を重ねてきた。催促するように腰を浮かせて、尻の奥を責め立てる男とともに勃起したものを擦り上げる。  やがて舌を絡めるのも忘れて息を荒げたかと思うと、吉見は下肢を震わせて派手に爆ぜ、硬直して弛緩した。その瞬間の表情も息遣いも、ひどくそそるものがあって矢嶋の頭の芯をゾクゾク疼かせた。  鳩尾に飛んだ体液に指で触れたのは無意識だった。  冷静に思えば、他人の精液なんか不快なだけの代物だ。にもかかわらず自然と触れてみたくなったし、その生ぬるい感触に妙な安堵すら覚えた。この男の下半身が、ちゃんと機能してるという事実への安堵だ。 「早ぇな」  小さく漏らした笑いに舌打ちが返った。 「久しぶりだから──って、あぁ!? まだすんのかっ?」 「だって、あんたがいっただけで、俺はまだ終わってないよな」 「早く終わらせろ!」 「自分が満足した途端にそれかよ」 「そもそも頼んでねぇしっ」 「そう言わずに、どうせならもっかい気持ちよくなってみたらどうだ? たまにしかない機会なんだろ?」  吐き出された体液を塗り込むように萎えたものを擦りながら、身構える隙を与えず奥まで押し入ると、何か言いかけた吉見の唇から掠れた悲鳴が上がった。 「……ってか、触んな! 俺はもう……いっ」 「根を上げんのか? チャンスには貪欲になれよ」 「いちいちそういう、言い方──」 「仕事を連想するほうが燃えるんじゃないかと思って」  矢嶋は言って体重をかけ、両手で割り開いた尻の狭間に容赦なく腰を押し付けた。  限界まで矢嶋を呑み込まされて、苦しげに背筋を撓らせたワーカホリックが、意外なほど艶っぽい声で呪いの言葉を迸らせた。

ともだちにシェアしよう!