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卒業 (完)
「好きだ。付き合って欲しい」
そう何度言っても「今のままでいいじゃん」と同じ返事が返って来る。
…何度告っても結果は同じらしい。
オレがそう理解したのは、やっと最近のことだ。
初めて告白したのは中1の時だったか。
自分の気持ちを我慢できなくて後先考えずに「好きだ!」と勢い任せな告白した。
結果、裕典には断られたけど拒絶されることはなく、その後もいつも通りの友人として接してくれていた。
オレを気遣ってくれてるのか気持ちが伝わってなかったのか判断できず、しばらくしてもう1度告白したが、結果は同じだった。
だけどやっぱり裕典は友達としてはいつもそばにいてくれて…高校も仲良く同じ場所を一緒に選んで進学した程だ。
言葉でワザワザ確認はしたことないが、友人ていうより親友って呼んだ方が正しい気がする。
それが結果として良かったのか悪かったのか…オレはずっと裕典の側にいて、裕典のことが好きなままで。
裕典以外に恋をすることができなかった。
だから馬鹿みたいに何度も、裕典の誕生日とか、バレンタインとか、最後にこの間のクリスマスとかに告ってみたりもしたが…オレの気持ちは実ることはなかった。
(友達としてはいいけど、恋人じゃダメってことなんだよな…)
裕典に初めて告白してから、もう6年目。
その間何度告白しても裕典がオレを避けたり距離を置いたりすることは1度もなかった。
だけど裕典の返事も変わることはなかった。
…きっとこの先も、変わることはないのだ。
高校卒業を迎える前になって今更やっと気づくなんて。
裕典がこのことを知ったら呆れるんじゃないだろうか。
はぁっと吐き出した白い息が空気に消えていくのを見ながら、高校の卒業と同時にこの恋を卒業しようと心に決めた。
「大樹。このあとカラオケだって。一回着替えに帰る?」
式が終わり人々でごった返した騒がしい下駄箱で1人ぼけっと物思いにふけっていたオレの方へ、裕典が小走りでやって来た。
「……んー、いいや。オレこのまま帰る」
「え、なんで?卒業だよ?最後なんだよ?」
「…オレ裕典と違って裕典以外そんな仲良いヤツいないし。写真とかはもう撮ったから別にいいかな」
「えー、オレも行くから行こうよ」
「オレはいいって。ほら、行って来いよ」
しっしと手を振って追いやろうとするが、裕典はふて腐れた顔をして動かない。
「……じゃあ、取り敢えずオレも1回帰る」
そう言うと裕典は周りに「オレ着替えてから行くわー」と声をかけてからオレの隣に来て歩き出した。
「…そのまま行けばいいのに。みんなこのまま制服のまま行くんだろ?お前だけ着替えてったら逆に浮くんじゃね?」
「えーそうか?じゃあ着替えはいいや。荷物だけ置きに行く。大樹との下校も、これで最後だしな」
そう言って裕典がオレの方を向いて笑った。
裕典のそんな言動にどくりと胸が跳ねたが、気を紛らわすようにそっぽを向いた。
裕典と卒業後の進学は違うため、下校だけでなく、きっとこうして当たり前のように毎日そばにいることがきっとこれで最後だ。
ここ数か月ずっと頭で考えて理解はしているのに、最後になる今でも、実感はわかない。
地元の高校から自宅まで歩いて15~20分程だが、裕典の家とオレの家の分岐点がある交差点までは10分ほどで着く。
「高校生活も振り返ってみたらあっという間だったよな」って話をしてたら、あっという間に分岐路まで着いた。
いつもなら「また明日なー」ってサクッと別れていたその交差点で裕典の足が止まったため、つられて止まってしまう。
別々の方向へ別れていくこの道はまるで自分たちの進路みたいだ。
立ち止まったせいで妙に感慨深くなり、胸がぐっと締め付けられる。
「………」
「……じゃあな、裕典」
裕典に声をかけて背を向けようとするが、裕典は返事をせずにオレの方へとまっすぐ顔を向けただけだ。
「…早く帰れよ。カラオケ行くんだろ」
「あぁ…うん…」
「………今まで、ありがとな」
「…なにそれ…それじゃあホントに最後みたいじゃん」
「……だってホントに最後じゃん」
自分で言葉にしたくせに、その言葉が胸に突き刺さったように苦しい。
オレを見つめる裕典の顔も、少し歪んだ。
「…春休み、会える日あったら教えて。大学行っても、また会おうな。連休とかさ…遊び行くから」
そう言葉にしたのは、オレではなく裕典だった。
思いがけない裕典の言葉に、目頭が熱くなる。
この6年間、報われないなぁと思うことが何度かあったが、それでも友人としてまた会いたいと思って貰えてる。
なんかもう、それだけで十分だと思えた。
「あぁ。オレたちは、親友だからな」
そう言葉にしながら裕典の肩をグーでぽすっと軽く叩いた。
"親友だ"と言葉にするのは恥ずかしかったが、自分の気持ちにケリをつけるためにもあえて言葉にした。
すると裕典が
「……オレって親友だったんだ?」
と言ってきたので、思わず手を引っ込める。
(…裕典にとってオレは親友じゃなくてただの友達だったんかな…恥ずっ…!)
まさか最後の最後でこんな羞恥に見舞われることになるとは思ってもおらず、恥ずかしいやら泣きたいやらで
「あぁ…ごめん。友達、な!じゃあな!」
と言って自宅への道へ逃げ出そうとするが、裕典がオレの腕を掴んで引き留めた。
「…っ」
「そうじゃなくて。大樹はオレのこと好きなんじゃないの?」
そう言われて目を見開く。
やっと吹っ切ろうとしているのに、何で最後の最後でそれを蒸し返すのだろうか。
今までオレが一方的に告ってるだけで、裕典の方からこの話題をしてくることはなかったのに。
「……好きだったよ。でも、もう大丈夫だから。友達、な」
そう言ってヘラっと笑って見せたが、裕典は
「……なんで過去形なんだよ。もうオレのこと好きじゃなくなったわけ?」
と顔を歪めた。
(…なんだよそれ)
そんな顔でそんな言葉を言われたら、まるでオレに好きでいてもらいたいみたいじゃん。
(………そんなことあるはずないのに)
裕典に向き直り、オレの腕を掴んだままの裕典の手をほどこうと手に触れると、意外にあっさりと外れた。
「…うん。ちゃんと諦めたから。今までごめんな。これからは、ちゃんと友達だ」
そう言うと、裕典は何かをしゃべろうと口を開いたが、言葉にせずにまた閉じた。
「……じゃあな」
今度こそさよならだ。
裕典から返事はなかったが今度は止められることもなかったので、自宅への道を歩き出した。
歩く自分の影を見つめながら、これで最後なんだなぁと思ってみても、やっぱり実感はわかなかった。
大学へ行って、裕典と離れて、会わなくなって…それで本当に裕典を諦められるのだろうか。
そんなことは実感もわかないし想像もできないが、きっと実際に裕典が隣にいない日々を過ごして徐々に実感していくんだろう。
そう思いながら分岐路から真っ直ぐ進んできた道を左へ入ろうとすると、急にグィ…!っと腕を引かれた。
「オレだって、ずっと好きだった…!」
振り返った先にいたのは、裕典だった。
オレと違って"友人として"だろうに、なのにわざわざそんなことを言うためにオレを追いかけてきたのだろうか。
驚きながらも胸がじんとなる。
「あぁ。うん。ありがとな」
そう言葉を返すと、オレの腕を握る裕典の手がぐっと強くなった。
「そうじゃなくて…!オレもお前のこと、ずっと好きだった!」
もう一度言われたその言葉にそんなわけないと思いながらも「なんか告白されてるみたいだな」と返すと「告白してんだよ!!」と言われ、驚きのあまり固まった。
「え、何?何の話?だって、お前いつもオレの告白断ってたじゃん…」
そう言うと裕典は掴んでた手を離して力なく項垂れた。
「…オレだって、ホントは最初から大樹のこと好きだった」
「え?最初からって何…中1の頃の話?」
オレが最初に告った時かと思い問い返すと、裕典は首を横に振り
「…小6。大樹に告られたのは中1だったけど、オレは小6ん頃から大樹のこと好きだった」
そうぽつりと呟いた。
「え、何それ?初めて同じクラスになった時じゃん。え、本気で言ってんの?だって裕典いつもオレの告白断ってたじゃん…」
突然の話パニックなオレの言葉に、裕典はくしゃりと顔を歪めた。
「…だって…オレ、大樹と離れるのヤだったから…」
「……は?」
「大樹に告られて、めっちゃ嬉しかったけど…けど、付き合って、いつか別れの日がくんのが嫌で。…周り見てもさ、中学から付き合ってそのまま大人になっても付き合ってる人とか、結婚した人とか…ほぼほぼいないじゃん?中学ん時付き合ってたヤツもさ、高校じゃもう別の人と付き合ってるとかばっかだし…だから今付き合ったら、絶対いつか別れるって、思って…だから付き合うの怖くて…」
「え?何その理由…意味わかんないけど…」
真顔で語る裕典の言葉は、わかるようでよくわかんなかった。だが裕典が
「…オレの親、離婚とか何回もしてるし…多分そうゆうの見てて人と付き合ったり別れたりにちょっと敏感なんだと思う」
と付け加えたのでオレは何も言えなくなった。
「オレ、とにかくお前と離れんのだけはヤだったんだよ。…だから友達でいれば、今まで通りでいればさ。別れとか関係なくずっと一緒にいれると思って。付き合わなくたって、オレは大樹のこと特別に想ってるし、大樹もオレを特別に想ってくれてるならそれでいいって…思って…」
そう言って裕典はまた口を閉ざし、俯いてしまった。
裕典の言い分も分からなくもないが、オレにとって裕典のその言葉は、嬉しくもあり悲しくもあった。
「……確かにさ、オレも中学の時付き合ってた人と結婚したとかいう大人知らないけどさ。でもさ、付き合うから別れがあって友達なら別れがないとかは違うと思う。友達だって恋人だって、お互い合えばそばにいるし、合わなければ離れる。そういうもんだろ」
「………」
オレの言葉をどう思ったのか、裕典はオレの方にチラっと目線を向けてからまた俯いた。
「…それに裕典、高校に入ってもオレの告白断ってたじゃん。オレが裕典と付き合わずに友達のままでいるってことはさ、他の誰かと付き合うかもしれないってことだろ。裕典はそれでも良かったってことだろ?だったらオレと裕典の気持ちは、やっぱり別もんだと思う」
そう言うと裕典はガバっと顔を上げた。
「そうじゃない…!さっき好きだったって、過去形で、諦めるって言われて…そんですげぇ怖くなった。友達でいいって言ったのはオレの方だったのに…大樹に言われたらすげぇ辛いし。大樹がオレのこと好きじゃなくなるんだって。他の人好きになるかもしれないって…そう思ったら…」
言葉にしながらもまだ、自分自身で整理がついてないんだろう。
裕典の瞳はゆらゆらと頼りなさげに揺れていた。
「……なぁ、裕典。お前難しく考えすぎだよ。好きで「付き合って」って告白するのに、別れのことを最初から考えてるヤツなんていない。
離れたくなくて、誰よりも1番そばにいたいから告白すんだ。お前は今のままでいいって言ってたけど、オレはそれじゃヤだから告ったんだ。…友達じゃ、キスも何もできないだろ」
「……っ」
「お前は結局どうしたい?オレと付き合うか?友達でいるか?」
「………」
裕典の瞳がゆらゆらと彷徨う。
「オレとキスしたいか、オレが他のヤツとキスしていいか、どっちだ」
催促するように言葉を付け足すと、
「…っ他の人とは、すんな」
と小さく返事が返ってきた。
…だったら答えは決まってるのに。
小さな脇道に裕典をグィっと引っ張り込んで、そのまま勢い任せにキスをした。
初めてのくせに本当に勢いよくしたもんだから、ガチンとぶつかって、ちょっと痛かったが、裕典は嫌な顔をしなかった。
「…裕典。オレ裕典以外好きんなったことないんだ。だから裕典がオレと別れたいって言う日が来ても、オレから裕典と別れたいと思うことはないと思うよ」
いくら言葉で伝えようと、裕典の不安がすぐになくなるわけじゃないだろう。
それでも少しでも不安を和らげたくて口にした。
「…10年も、20年も…本当にそう思える?じいちゃんになっても?」
裕典は自分でそう言っときながら「…それは長すぎるか」と笑った。
でもオレは裕典がそばにいない未来よりも、裕典とじいちゃんになっても一緒にいることの方が容易に想像できるよ。
そう言うと君は泣きそうな顔で笑って。
オレは長い片思いからようやく卒業した。
終 2015.10.4
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