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逢瀬 ②★
昼休憩が終わって部署へ戻る途中の廊下。たまたま見かけた井上と最近転職してきた若い男性社員。別に何があったわけでもない。井上がいつもの愛想のよい笑顔を浮かべてその男と談笑していただけだ。
しかし、井上は気づいていなかった。井上が何気に相手の肩に触れた時。満面の笑みで相手の顔を覗いた時。
そいつの目は笑っていなかった。井上を見る目は、桜井が井上を抱く時と同じ目をしていた。新しい相手だろうか。それとも、男の方が欲望をあの善人面の下にまだ隠しているだけなのだろうか。どちらにせよ、ただの社内だけの付き合いには感じられない空気がそこにはあった。
男にしては華奢で女みたいな顔をした井上はよく男に狙われるし、男を相手にしていることは知っていた。だから、こんな光景を見たところで不自然なわけではなかったが。
その男性社員の欲望に満ちた視線を目の当たりにした途端。桜井の中のどこかがチリチリと音を立てた。
嫉妬、なのだろうか。
あんな目で井上を見られるのは。
俺だけだ。
そこまで思って、自分のその考えに自嘲に近い感情が生まれた。本当は。そんな風に井上のことを思う権利も、扱う権利もないのに。
自分たちは恋人同士ではない。ただ、体の関係があるだけだ。もう何年も。あの笑顔に気づいた時からずっと。最初の時ですら、自分たちは多くを語らなかった。ごく自然にそうなった。
ふらふらと誘われるまま同期で同じ部署だっただけの井上の部屋に辿り着き、目を合わせたら始まっていた。あまりにも気持ちが良すぎて無我夢中で交わった。全てが終わった後に、井上がベッドの上でふっと笑って呟いたのは覚えている。
『ヤっちゃったな』
突然、下半身に刺激を感じて我に返った。
「おわっ。なんだよっ」
「……桜井がぼけっとしてるからだろ」
そう言って、井上が肩越しに振り返って睨んだ。井上の右手が後ろ手にしっかりと桜井の自身を握り締めていた。
「ちょっ、急に触んなって」
「お前がいつまでも焦らすからじゃん」
「あ、バレてた?」
「バレるもなにも、こんな長いこと乳首だけ弄られてたら誰だって焦らされるっていうか、腹立つだろ」
「だったら、言ったらいいじゃん」
「だから、今、言ってんだろーが!」
井上が怒りに任せて右手に力を入れた。
「いたっ! 力入れるなって!」
「さっさと進まねーなら、お前の可愛い息子を再起不能にしてやる」
「ガラわりーな……どこの組のやつだよ、お前は」
「井上組」
そんな返し要らねー、と思いながら、拗ねた顔でこちらを睨む目の前の男を見る。
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