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用心は勇気の大半なり
「帰っていいか?」
ただいま時刻は21時13分。
俺は、頭にきていた。
怒り心頭に発するとはまさにこの事――。
今日は12月24日。
恋人たちにとって、大事なイベントとされるクリスマスイブだ。
それは俺、羽倉崎 葵 と、その恋人である貝塚 誠 にとっても例外ではない。
なのに何故、俺がこうも憤っているのかというと、誠のその慎重過ぎる性格に原因があるからだ。
「葵、何故だ!ここまでは計画通りだ!12時に駅に待ち合わせ、15時までは駅ビル周辺で買い物及び散策。16時までに移動を済ませ、17時までに予約したケーキとチキンを引き取りに行き、18時までに自宅に帰還する。20時、もしくは21時までに食事を終え、あとは各自入浴。ベッドに平臥 し、その後 ……」
「もういい!やめろ!俺には暗殺計画にしか聞こえんわ!平臥ってなんだよ、初めて聞いたわ!」
俺たちは、付き合って2ヶ月経った――。
最初は、お互い通う高校にいるただのクラスメイトでしかなかった。
席替えで隣同士になるまで、ろくに口も利かない相手だったが、話すと案外面白く、誠が真剣に話している事も俺にはネタにしか聞こえず、それを受けては常に爆笑してるか、感心しているかのどちらかだった。
半月過ぎた頃、ふいに誠が真面目な顔で呟いた言葉が2人の始まりのきっかけだった。
「お前の横顔を眺めているのは飽きないな」
「ヤラシー!何お前、ずっと俺の横顔ばかり見てたんだ?俺のこと好きなんじゃないの?」
冗談半分で俺は笑いながら誠を肘で小突いた。
「そう、か……。疑問が、解決した……」
そう言った誠の顔は、赤面しながらも、どこか安堵したようにも見えた。
誠の存在は、ただのクラスメイトから友達へ、友達から恋人へあっという間に進化を遂げた。
結局のところ、俺も誠のことを好きになっていたのだ。
だが、恋人になった誠の面倒臭さは想定外だった!
とにかく前例のない行動には手順を踏みたがる!
キスをするのは3回目のデート以降、更にえっちは10回目以降。
付き合ってすぐ、部屋でいちゃいちゃしてる時に俺からキスをしようとしたらまだ早い!と怒鳴られた。
お前は師匠か!先生か!はたまたお父さんか!!
「あのさ!チューくらいしたい時にしたっていいいじゃん!回数とかいちいち数えてられないよ!」
「俺は!欲望に溺れ、前後不覚になって理性を失い、発情した獣のようにお互いを貪る、破滅的な恋人関係になりたくはない!」
「え?よくぼ……?なに……?」
いちいち話のスケールがデカ過ぎてついていけない……。
「誠――。俺たち友達のが良かったんじゃない?」
禁じ手と知りながら俺はこの言葉を何度も使った。
「いやだ」
決まって誠はそう答える。
いつだって、叱られた子供のような顔をして。
初めてのキスは、角度がどうこう誠が目前でブツブツ言うから俺は吹き出してしまって、結局失敗した。
そのせいで誠は臍を曲げてしまったけれど、本当は半分、俺の照れ隠しだった。
怒って横を向いた誠の頰に軽くキスすると、誠は少し驚いた顔をしたけれど、そのあと初めてのキスをくれた。
夢中になって何度もしたのを今でも覚えてる。
――ああ、確か、そのあと誠のチンコ触ったら尋常じゃない怒りを買ったんだったっけ。
結局クリスマスイブになるまで初えっちはお預けだった。誠は何かしら言い訳をしてはその日を延ばした。
今日は課題をしたいから。
もうすぐテストだから。
親の帰りが早いから……。
「俺のこと嫌いなのかよ」と怒ってみせたら必死に「違う」と否定した。
誠の気持ちも大事にしたいからって、我慢に我慢を重ねてようやくこの日を迎えたって言うのに、ここにきても誠の手順好きが邪魔をした。
さっきから、キスを繰り返すだけでどこか少し体を触れば手で跳ね除けられの繰り返し。
――何これ!カンフー?!
その攻防を繰り返す事、およそ10分。
俺の我慢は限界を迎え、
ただいま時刻は21時14分。
俺たちはベッドの上で正座し、お互い向かい合った状態である。
「あのさ、俺の好きと誠の好きってやっぱ違ったんじゃない?」
「ち、違わない……」
「誠、触ると嫌がるじゃん!本当はしたくないんだろ?」
「そうじゃなくて……」
誠は俯き、奥歯に物が挟まったように話し、更にその声は、徐々に細くなっていく。
「なんだよ!はっきり言えよ!」
「……て、……から……」
「聞・こ・え・な・い!」
「どっちが挿 れるか、ちゃんと決めてなかったからッ!!」
俺は、5回程その言葉を脳内反芻し、解析し、何とか思考を停止せずに済んだ。
「え……、あ。挿れないと、ダメ、なの?」
「葵はオーラルセックスがしたいって事か?」
さっきまで落ち込んだように俯いていた誠の顔が、心許なげな表情のまま、俺のすぐ目前まで迫っていた。
「オッ!や、あのっ……」
俺は、人生で一度も口にした事がない衝撃的言葉の連続に、怒りなどとっくに消えてしまっていた。
「だって、絶対痛いじゃん?入るわけないじゃん、ア、アソコに挿れんでしょ……?誠はそれ、したい、の?」
「ああ、したい。俺は葵に挿れたいってずっと思っていた」
「ええっ!!」
そう言われた途端、一気に怖くなった。
「俺が、挿れられる方、なの……?誠、ずっと、そのつもりでいたの……?」
「ああ、ずっと想像していた。葵の中に挿れるのを。一人でする時も、葵の事を考えてしていた」
「え!誠、オナニーするの??」
「は?する……けど」
想像してなかった。
だって、誠は真面目な優等生で、学校で下ネタとか話してるの見た事ないし……。
「葵は、俺の事、物凄く優等生に見ているけど。俺だって男だし、鈍感でも性欲は、ある……。それを葵に知られて失望されたくなかったから……」
「だから……、俺の想定範囲内で、我慢して、いつも行動するようにしてた?」
「焦って、お前に嫌われたく、なかった……」
「嫌いになんてなんねーよ!ばか!」
馬鹿は俺だ。俺は一体今まで、誠の何を見てきたんだろう。いつも我慢してるのは自分で、誠の事を分からず屋だって勝手にキレて、責めて……。
誠はちゃんと俺の事、好きでいてくれたのに――。
「誠、ごめんな。俺、すげー自己中 だった……、自分の思い通りにならないとすぐキレて、いつもお前に無神経な事言って、傷付けてごめんな」
俺は誠の両手を取り、その顔を覗きこむ。
誠は首を横に振って「俺も悪かったから」と、優しい笑顔を俺にくれた。
「好きだよ。誠」
「俺も。好きだ、葵」
誠は頬と耳にキスをくれた。
くすぐったくて、俺は肩を竦めた。
「あのさ、誠。痛いのは……俺、怖いんだけど」
「心配するな!事前対策は頭に入れた!一通り必要とされる物も買い揃えた!まず1つ目に」
「待って!それ聞いたら余計怖くなる予感しかないから!とりあえず「平臥」から、な?」
「そうだな」と誠は笑って俺を抱きしめた。
今日は12月24日。
俺たちにとって、特別な日になるクリスマスイブだ。
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