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第2話 タンデムの棺桶

俺が後ろでお前が前で 持ちつ持たれつ綱渡り 生きて帰るか帰らぬか 腕と度胸と時の運 人に言えない仲になってしまった二人。コンビネーションには磨きがかかったが、戦局は芳しくなく、二人は爛れた快楽で気を紛らわしてどんどん深みにはまっていくのだった  センチピートはひどい二日酔いと沖縄の朝の暑さにうめきながら、あの夜の事は酔った勢いの過ちだったと後悔した。  パイロットがレーダー手と寝たなどと知れたら、ボーイスカウトとて提督どころではない。なにしろ人が月に行くこの時代に至っても、南部ではゲイと知れたらそれだけで撃ち殺されても仕方がないのだ。  しかし、センチピートの隣に横たわっているボーイスカウトは違った。すっかり吹っ切れた表情で、昨日までの神経質で近寄り難いボーイスカウトとは別人のようだった。 「センチピート、最高だったよ」  うっとりとした表情でボーイスカウトは満足そうに言った。 「他言無用だぞ」  センチピートは焦燥を隠しきれない様子でそう言った。この件が知れて不名誉除隊(注1)になるのは構わないにしても、世間体というものがある。 「勿論。今夜の事は二人だけの秘密だ」  ボーイスカウトは昨夜の秘め事を二人で共有するのさえ嬉しそうだった。センチピートは頭を抱えた。  二人が一週間沖縄で休暇を過ごし、ベトナムへと戻ったその日の朝、一機の未帰還機が出た。二人と一緒に配属されたジョッキーとワイオミングというコンビの乗機が対空砲火で撃墜されたのだ。  直ちに地上部隊が救援に向かったものの撃墜された機体は丸焦げで、脱出の間に合わなかった二人は半ば炭化した遺骨になって母艦に戻ってきた。センチピートとボーイスカウトにとって、初めて直面する同僚の死であった。  間の一角に星条旗をかけられた棺と祭壇が安置され、不寝番が立った。艦で追悼のセレモニーが行われてから二人の遺骨は故郷に帰っていく。  いつもの調子の良さがすっかり鳴りを潜めたセンチピートは、二人の前で黙祷すると無言で自室に引き上げた。手にはジョッキーの遺品の葉巻が一本携えられていた。俺が死んだら煙草喫みの連中に一本ずつと、ジョッキーはいつも冗談めかして言っていた。  葉巻の尻尾をナイフで切り取り、マッチで火をつけると部屋の中に濃厚な煙と煙草の香りが充満した。センチピートは煙の中でジョッキーやワイオミングとの思い出をたどっていた。 「センチピート、俺にもくれないか?」  どれくらいの時間が経ったろうか。長さ6インチもある葉巻がほとんど灰になった頃、煙の向こうからコーヒーカップを手にしたボーイスカウトが現れた。 「お前、煙草は吸わないんじゃないのか?」 「今日は特別だ」  ボーイスカウトはそう言ってセンチピートから葉巻をひったくると、目一杯吸って激しく咳き込んだ。 「自転車にも乗れない子供がファントムを操縦するようなもんだぞ」  センチピートは呆れ顔で葉巻を取り返し、灰皿に灰を落とした。 「二人共、良い奴だったのにな…」  ようやく一息ついたボーイスカウトは、寂しそうにつぶやいた。 「腕も良かった」 「そうだったな」  ニューヨークの競馬場で騎手や調教師を代々生業としてきた一族に生まれたジョッキーと、ワイオミング州の辺境の牧場で生まれたワイオミングは、馬から戦闘機に出世をしたと二人でよく自慢をしていた。そして二人は艦でも指折りの腕利きであった。 「パイロットなんてのは因果なものだな。骨も満足に残らない」  煙を口からもうもうと吐き出しながら、センチピートは悲しい顔をした。自分たちは殺し合いを生業にする軍人だということをこの一件は痛感させた。 「苦しまずに死んだだけいいさ。俺の叔父さんは太平洋で艦を沈められて、サメに食われたんだ」  ボーイスカウトはそう言ってコーヒーカップを口に運んだ。その手は震えていた。 「強がるなよ。怖いんだろ?けどそれが当たり前だ」  センチピートは指が熱く感じるほど短くなった葉巻を灰皿に捨てた。センチピートもその実怖かった。 「センチピート、俺、死にたくないよ」  ボーイスカウトの顔は真っ青になっていた。 「死なせやしないよ。俺とお前の仲じゃないか」  センチピートはボーイスカウトの肩に手を置いた。 「センチピート!」  ボーイスカウトは泣きそうになりながらセンチピートに抱きついた。センチピートは冗談のつもりだったのだが、ボーイスカウトにとってはそうではなかった。「また抱いてくれ。俺、怖くて死にそうだ」 「落ち着けよ。今までだってさんざん修羅場をくぐってきたじゃないか。今更怖気付くなんて変だぜ」 「そんなことはどうでもいい。頼むよ!」  ボーイスカウトはそう言い始めるより早くセンチピートのズボンのファスナーを開け、葉巻よりいくらか小さいセンチピートの砲身を口に含んだ。 「おい、やめろよ」  センチピートは抵抗したが、ボーイスカウトは負けじと砲身に口撃を加えた。センチピートが知っているどの女よりボーイスカウトの口撃は巧みであった。 「うっ!こんな事どこで覚えたんだよ…」  センチピートは段々と背徳的な興奮を覚え始め、知らず知らずの間に抵抗を止めていた。 「ボーイスカウトさ。俺だけが特別に教わったんだ」  ボーイスカウトは口撃を止め、楽しそうに微笑んだ。ボーイスカウトはセンチピートと交わるときだけこんな笑顔を見せた。 「俺は絶対息子をボーイスカウトに入れないぞ」 「楽しいのに」 「うるさい、この変態」  センチピートは変態と罵られたのさえどこか嬉しそうだった。そう罵られた途端更に口撃は激しさを増した。  センチピートは沖縄の夜を激しく後悔しながら、ボーイスカウトがもたらす快感の波状攻撃に酔いしれた。どんどん後戻りの出来ない道を進んでいる気がしてならなかった。「待て、出る!」  もう少しで陥落というところでようやくセンチピートは慌ててボーイスカウトを砲身から引き剥がした。センチピートの砲身はボーイスカウトの唾液で怪しく濡れ、びくびくと脈打った。 「さすがセンチピート。最後は俺の中で、な」  口撃をしながらいつの間にかズボンを脱いでいたボーイスカウトは、立ち上がって尻をセンチピートに突き出した。 「バレたら提督どころか不名誉除隊だぞ」 「いいよ。一緒にサンフランシスコ(注2)で暮らそう」 「そうなったとしてもそれは御免だ」  センチピートはボーイスカウトの口を左手で塞ぐと、右手で腰を掴んで一気に突撃した。ボーイスカウトは声にならない愉悦の叫び声を上げた。  外の廊下は人通りが多い。走行している間にも数人が通っていく足音が聞こえる。その足音が部屋の前に来るたび、ボーイスカウトは背徳的な興奮にかられてセンチピートを締め付けた。 「この変態野郎。そんなことで提督になれるか」  センチピートは呆れながらも自分も興奮を煽られ、その度腰の動きが早まった。実はセンチピートも女とのセックスでこんなに興奮したことがなかった。  何人が部屋の前を通っただろうか、もはやセンチピートも限界が近付き、正常な判断力を失ってしまったところで一つの足音がドアの前で止まった。その次の瞬間、誰かがドアをノックした。 「フェルナンデス中尉、おられますか?」  ドアの向こうで使い走りの水兵がそう呼びかけた瞬間、フェルナンデスはベッドのシーツめがけて射精しながらセンチピートの砲身がちぎれるかと思うほど強く締め付け、センチピートはたまらずボーイスカウトの中に激しく射精した。 「す、すまん、ちょっと待っててくれ」  射精しながらセンチピートは答えると、弾を残らずボーイスカウトに食らわせたのを見計らって慌てて離れ、二人してズボンを履いてその場を取り繕い、センチピートはすばやく外に出て水兵に応対した。 「あ、グッデン中尉も一緒でしたか」 「うん、それで用件は?」  匂いでバレやしないかとセンチピートは気が気ではなかったが、ジョッキーの葉巻の匂いが二人の精液のそれをかき消してくれた。 「明日のセレモニーの打ち合わせが有るので、パイロットは全員将校クラブに集まるようにとのことです」 「わかった、すぐ行く」  センチピートはジョッキーに心の中で感謝しながら水兵に敬礼を返した。  翌朝、セレモニーが終わってすぐに二人は出撃した。装備を含めて20トンもあるファントムが次々と甲板のカタパルトにセットされ、蒸気の力でたちまち時速数百キロまで加速され、空母から撃ち出されるようにして飛び立っていく。今日は帰りに人数が減っていないことを祈らないパイロットはいなかった。  センチピートとボーイスカウトは爆弾を満載した4機で編隊を組み、爆撃目標の基地目指して飛んだ。この爆撃が成功すれば地上で地獄を見ている同胞が助かるが、敵の対空砲火を喰らえば骨も残らない。そしてどちらにしても多くの命が失われる。センチピートは因果な稼業を選んだと嫌な気持ちになった。 「センチピート、抜かるなよ。今日はインターセプト(注3)が来るかも知れないぞ」  ボーイスカウトは他の人間の前では今まで通り平静を装っていたが、今日は声が心無しか震えていた。アナポリスの教官は、誰にでも平等に弾が当たるということを教えてくれなかったのだろう。 「警戒してろ。死にたくないだろ」  そうこうしているうちに目標が目視できる所まで来た。4機は編隊を解いてそれぞれの支持された目標めがけて突進し、爆弾の雨を基地に降らせた。 「10時の方向にフィッシュベッド(注4)が4機。最悪だ!」  対空砲火と爆弾の炸裂する光を背後に受けながら、ボーイスカウトが恐怖とも興奮ともつかない上ずった声でレーダーを見ながら叫んだ。地平線の向こうから4機のMig-21が仲間の敵討ちに駆けつけてきたのが見える。 「今日はミサイル無しだ。上手いことまいて逃げちまおうぜ」 「神様!」 「お祈りよりレーダーと後ろを見てろ!」  そう言いながら8機は真正面から相対し、機銃弾とミサイルを撒き散らしながら敵味方入り混じったドッグファイトに突入した。  爆弾を満載してミサイルを積み込む余裕のなかった4機のファントムは、ふんだんにミサイルを積み込み、互角の性能を持つMig-21には分が悪かった。 「ケツにつかれる!もっと小さく旋回しろ!」 「畜生!相手が悪いんだよ」  無線はたちまちのうちに蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。センチピートもボーイスカウトの誘導で何とか退路を見出そうとしたのだが、敵機はどこまでもしつこく、絶対に敵を逃がすまいと追いすがってくる。 「畜生!どうにでもなれ!」  センチピートは一か八か、大きく右旋回してその先に居る1機に狙いを定めた。この1機を仕留めれば数的有利を発揮して逃げることができるだろう。しかし、そうするともう1機同じ方向を向いた敵機に機体の横腹を晒す形になる。こいつにやられれば立場は逆転。ジョッキーとワイオミングは沢山の仲間を引き連れてあの世に行くことになるだろうが、燃料も考えている余裕ももはやなかった。  果たしてセンチピートとボーイスカウトは賭けに勝った。ファントムの放った数百発の20ミリ弾がMig-21の機体を引き裂き、無念そうに火を吹いてジャングルへと吸い込まれていった。  センチピートはボーイスカウトの指示のもと、抜群のコンビネーションを見せてすばやく機首を下げ、残る1機の機銃から逃れようとしたが、この生き残りは相当な腕利きで、一矢報いんと機銃を唸らせた。1発の機銃弾がファントムのキャノピーの左側に飛び込み、ボーイスカウトの鼻先をかすめるようにして反対側から飛び出した。 「ひい!」  弾痕から猛烈な風が吹き込む中、ボーイスカウトは恐怖に悲鳴を上げた。 「ボーイスカウト!無事か?」 「生きてる…」 「逃げるぞ。帰ったらパーティだ!」  ボーイスカウトとは逆に敵機撃墜の戦果を上げて興奮気味のセンチピートは、キャノピーの損傷も厭わず体勢を立て直して一目散に逃げ出した。幸い僚機は全て無事であった。  空母に帰投すると、敵機撃墜の報を聞いた乗員達が名誉の負傷をした機体に群がった。 「俺達にかかればこんなもんだ。皆も見習え」  ボーイスカウトは得意満面に見得を切った。さっきまでの怯えぶりはすっかり鳴りを潜め、アナポリスを優秀な成績で卒業したエリートのボーイスカウトに戻っていた。  その晩、将校クラブでささやかな祝宴が行われた。第二次世界大戦の頃ならまだしも、戦術面も大幅に進歩し、ジェット機同士の戦いが当然になった昨今では、敵機撃墜というのは滅多にないニュースであった。(注5)  パーティーが終わり、センチピートは自室のベッドで横になった。興奮で目は冴えきっていた。明日も出撃というのに、とても眠ることはできそうになかった。  どれほどの時間が経ったろうか。ボーイスカウトが静かに部屋に入ってきた。大威張りで新聞記者のインタビューを受け、自分一人で敵機撃墜の偉業を成し遂げたと言わんばかりだったはずなのに、センチピートの前では顔面蒼白であった。 「ボーイスカウト、元気がないな」 「…死ぬかと思った」 「弾は俺にもお前にも当たらず、俺達の間を通ったんだぜ。神様が俺達に生きろと言ってるんだよ」 「センチピート、お前は元気そうだな」 「新聞に俺達の記事が乗るんだぜ。昇進もきっと早まる。退職金や恩給が増えるし、お前だって提督になれる確率がぐんと高まる」 「こっちも元気だな」  ボーイスカウトは布団の上からセンチピートの股間を握った。場所がわかったのは、そこだけ不自然に盛り上がっていたからだ。 「まどろっこしいぞ。それならそうと最初から言え」  センチピートは布団から跳ね起きてボーイスカウトを四つん這いにしてズボンを脱がせ、自分も脱いでそのまま一気にボーイスカウトめがけて突入した。 「あうっ!センチピート。今日は凄い…ああっ!」 「ここがいいのか。ここか!」  生きている実感、生き抜いた安堵、敵機撃墜という強烈な興奮、色々な感情がないまぜになって二人は燃えた。  センチピートは後戻りの出来なくなっていくのを薄々と感じながらも一層と硬く、激しく、ボーイスカウトを攻め立てる。ボーイスカウトはエリートの仮面を脱ぎ捨て、何もかもをさらけ出してセンチピートを迎え入れ、乱れた。 「俺達は最高のコンビだ。俺とお前の名前の付いた施設が今にアナポリスに出来るんだ」  興奮で半ば正気を失いながらセンチピートはボーイスカウトを貪った。夜は長くなりそうだった。 注釈 注1:不名誉除隊 何かしらの不品行や犯罪行為で軍隊を追われること。アメリカ軍の場合、普通除隊で得られる退職金や年金を受給出来なくなる 注2:サンフランシスコ 世界有数のゲイタウンであるカストロがある。当地はアメリカで初めてオープンなゲイの議員を輩出した。 注3:インターセプト 敵機の襲撃に対する戦闘機による迎撃 注4:フィッシュベッド MIg−21の通称名。当時の東側の最新鋭機で、多くの米軍機を撃墜している 注5:敵機撃墜 通算5機の撃墜でいわゆる撃墜王と認定されるが、朝鮮戦争以後は急激に認定例が減り、アメリカ軍において撃墜王はベトナム戦争で1例出たのが最後である

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