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第4話 騎兵隊の到着

生まれ育ちは違っても 死んで行くなら二人連れ 神も仏もないような 地獄で頼みの腐れ縁 捕虜収容所で恥辱の日々を過ごす二人。極限下に鬼将校グエンの容赦ない魔の手が伸びる  二人のセックスはそれからというもの毎日のように見世物にされた。あちこちの村に送り込まれては広場に引き立てられ、住民の前で行為を強要された。腐敗した資本主義の見本の展示は毎回盛況であった。  その日も二人はグエンと一緒にジャングルの中にある村に呼び出され、拳銃を突きつけられて村人の見守る中で交わっていた。  マゾの気のあるボーイスカウトにとってはともかく、センチピートにとってはどんな訓練より嫌な仕打ちだったが、グエンに命を握られた状況ではどうしようもない。出来る抵抗といえば、ボーイスカウトの分析では実はゲイだというグエンを羨ましがらせるために楽しむふりをするだけだった。 「なあ、ボーイスカウト、助けは来るかな?」  村の広場に作られた木組みの檻の中で、センチピートは正常位でボーイスカウトを攻めながら呟いた。 「いつか来るさ。アメリカ軍は仲間を見捨てないよ」  股間のガンを激しく脈打たせながら、上ずった声でボーイスカウトは答えた。ボーイスカウトは房で幽閉されている間はセンチピートに話しかけられてもふさぎ込んでいるばかりなのに、こうして辱めを受けているはずの一時だけは口が達者だった。 「お前ばかり楽しそうで気に入らねえ」 「だってセンチピートが凄いから…」 「今助けに来られるより死んだほうがマシかもな」 「ああ、もっと!もっと!」  ボーイスカウトのガンからはオイルが漏れ、絶頂が近いことを知らせていた。そして村人の誰かが投げつけた小石がボーイスカウトの頭に当たった瞬間、ボーイスカウトはセンチピートの顔めがけて激しく砲撃した。 「この変態!」  顔を白く汚されたセンチピートの方も興奮し。一層激しくボーイスカウトを攻めた。目の前に居たいかにも真面目そうな少女が、怒りの表情も顕に卒倒するのがセンチピートには見えた。 「あ、またイく!また!」  感極まったボーイスカウトはセンチピートの身体に腕を回し、センチピートにキスをした。その瞬間センチピートもボーイスカウトの中に激しい砲撃を加えて果てた。  そうして事が終わると、二人は基地に戻されて尋問を受けた。一回のパイロットが知っている事などはたかが知れているはずだったが、ベトコンの将校たちはそのたかのしれた事を執拗に聞き出そうとした。 「さあ、吐け!お前たちの航空隊のパイロットの名前を言え!」  その日もグエンに小突かれながら大した値打ちのあるとも思えない質問を山ほどされた。 「わかったよ。言うよ。まずはパイロットの方は…」  嫌そうにしながらセンチピートはすらすらと9人の名前を挙げた。 「ふん、それでナビゲーターの方は?」  グエンは手元のノートに名前をメモすると、今度はボーイスカウトの頭を乗馬用のムチで軽く叩いた。 「ナビゲーターの名前は…」  ボーイスカウトはセンチピートと一瞬顔を見合わせ、澱みなく9人の名前を挙げた。二人ともこの18人については会ったことはないがよく知っていた。なんのことはない、昨年のワールドシリーズに出場した両チームのメンバーを1番打者から順に挙げただけだ。 「ふん、資本主義者は根気が足らん。痛めつける甲斐がない」  そう言いつつもグエンはまんまと掴まされたでたらめな名前を書き留めて満足げだった。こうして適当に尋問ははぐらかし、明日に備えるのが二人の常であった。  そうこうしていると、一人の若い少尉が部屋に入ってきて。何やらグエンに耳打ちをした。少尉の言葉を聞くうちにグエンはみるみる機嫌良さげな顔になり、お返しに少尉に何やら耳打ちをしてその日の尋問は終わった。  翌朝、二人はいつもの狭い尋問室とは別の広い会議室のような部屋に通された。中にはグエンと別の房に収容されていた数十人のアメリカ人捕虜が椅子に縛り付けられて待っていた。 「グッデン大尉、君の父親は提督だそうだな」  満面の笑みを浮かべたグエンの一言に、ボーイスカウトは顔面蒼白となった。隠し通していたことがついにバレたのだ。「君の父上はこの戦争の引き際を決めるだけの権限があるそうだな。ついてはこれにサインをしてもらいたい」  グエンはそう言って従兵の持った書類カバンから一枚の書類を取り出して読み上げた。ベトナムから米軍を撤退させることを約束する文面であった。 「断る」  ボーイスカウトは数週間ぶりに毅然とした態度を見せて、グエンの要求を拒絶した。 「…まったく、資本主義者はこれだから始末に負えん」  そう言いつつも笑いの隠せないという表情でグエンは書類を従兵に返し、手を三回叩いた。すると部屋のドアを開け、10人ほどのパンツ一枚のベトナム人が入ってきた。 「拷問しても無駄だ。アメリカ軍は取引に応じない」 「君には何もしない。君にはな」  グエンが左手を上げると、従兵がボーイスカウトを兼ねて用意の椅子に縛り付け、それが終わると同時にパンツ一枚の男たちが一斉にセンチピートに襲いかかった。 「離せ!やめろ!」  男たちは抵抗するセンチピートを押し倒し、服を脱がせ始めた。 「この野獣め!」  ボーイスカウトは怒りに燃える目でグエンを睨みつけた。 「何故怒る?彼らは当局が摘発した囚人だが、君たちのお仲間だぞ?」  栄養不足の上に多勢に無勢とあってはどうにもならず、たちまち裸に剥かれたセンチピートは無理やり四つん這いにされた。尻は捕虜達の方を向いていた。あるものは目を背け、あるものは驚きと怯えの表情で傍観することしか出来なかった。  男たちのリーダー格らしき大男が舌なめずりをしながらパンツを脱いだ。パンツの中からは馬のように巨大な一物が現れた。 「最後のチャンスだ。サインしたまえ」  大男はセンチピートの後ろに周り、腰を掴んで臨戦態勢だ。 「糞!殺せ!殺せ!」  センチピートは暴れたが、それは労力の無駄であった。大男の一物がセンチピートの秘所に触れる度、恐怖で体中から冷や汗が漏れた。 「さあ、サインをしろ!」  グエンがそう叫んだ瞬間、そう遠くない場所らしい爆音が響いた。  大慌てて昨日の少尉が部屋に飛び込んできて、グエンに何かを告げた。 「救援だぞ!」  ベトナム語のできるボーイスカウトが言うと、捕虜達はどよめいた。 「糞!お前は人質だ。取引に応じないなら見てろ!」  グエンは拳銃を抜くとボーイスカウトの鼻先に突き付けた。センチピートはひとまず秘所への攻撃がお預けになった事に安堵した。 「憐れな奴だ。結局隠して死んでいくんだな」  ベトナム語でボーイスカウトはそう言った。流石に恐ろしいのか、目はグエンと合わせられずにいる。 「何を!」  グエンが激昂して鬼の形相を浮かべた瞬間、部屋に三発の銃声が響いた。グエンの背後の部屋の窓に取り付いた救援の空挺隊員(注1)が拳銃で窓越しにグエンと少尉、そして従兵の頭をガラス越しに撃ち抜いた。彼はボーイスカウトの視線の先に居た。 「騎兵隊の到着だ(注2)」  軍曹の階級章を付けた空挺隊員がそう言って芝居っ気たっぷりに銃口に息を吹きかけると、捕虜達はやんやの歓声を上げた。 「第69空挺歩兵連隊のレイ・テイラー軍曹です。救援に来ました」  テイラーと名乗った軍曹は窓枠を壊して部屋に押し入り、略式の敬礼をして拳銃をライフルに持ち替え、センチピートを犯そうとした男達に向けた。男達は丸腰で、反撃の余地などなかった。 「ダグラス・シドニー・グッデン海軍大尉だ。救援を感謝する」 「この基地は制圧しました。明日には全員ヒーローですよ」  ドアの方からやってきた仲間に男達を引き渡すと、テイラーと仲間達は捕虜の拘束を解いた。地獄に仏の捕虜達は、抱き合って喜んだ。 「サミュエル・フェルナンデス海軍大尉だ。帰ったらビールをご馳走させてくれ」  解放されるや慌ててパンツを履いたセンチピートもテイラーに敬礼をした。 「そりゃあどうも。しかし、ベトコンのオカマ野郎め。恐ろしい事を考えやがる」  頭を撃ち抜かれて顔も判らぬ有様のグエンの亡骸に唾を吐きつけた。ボーイスカウトにはグエンが少し哀れに思われた。  あの辛い捕虜生活から1年が経った。救い出された捕虜たちは皆勲章を貰い、昇進を早め、ヒーローとして持て囃されてまた軍務に戻っていった。  センチピートがベトコンに危うくおぞましい行為を強要されかけたという噂は残ったが、幸いそれ以上深いことは追求されず、ボーイスカウトとの仲は誰にも知られることなくベトナムのジャングルへと葬られた。  センチピートは相変わらずベトナムの空に居た。しかし、そこにボーイスカウトは居なかった。息子の戦死を恐れたボーイスカウトの父親が、空とセンチピートを恋しがるボーイスカウトを強権を発揮して無理やりワシントンに呼び戻したのだった。  今更他の男と飛ぶ気の起きなかったセンチピートは機種転換訓練を受け、複座のファントムから単座のF-8クルセイダーに乗り換えた。隊も母艦も変わり、すっかり人間関係を生産した。  初めて乗った時には華奢に感じたクルセイダーだったが、今ではすっかりこの機敏で小回りの利く戦闘機はセンチピートのお気に入りであった。  センチピートは一機のMig-21にドッグファイト(注3)を挑んでいた。この手の勝負はクルセイダーの得意とするところであったが、後ろからボーイスカウトの指示が来ないことが時々寂しく思われた。  頭上がベトナムのジャングルで緑に染まり、後少しで敵機が照準器に収まるという瞬間、レーダーの警報が鳴った。敵機が救援に2機駆けつけて来たことをレーダーが大声で告げたのだ。  しまったと思った時にはもう2機の救援はミサイルを発射していた。慌てて回避行動を取り、逃げ支度を始めてはみたが、3対1ではあまりに分が悪すぎる。逃げよう逃げようとしても段々と追い詰められていく。  捕虜の身から生還したヒーロー、フェルナンデス大尉もこれまでかとセンチピートが半ば覚悟を決めたその時、またレーダーがセンチピートに耳打ちをした。今度は味方だ。 「騎兵隊の到着だ!」  無線でそう叫び1機のクルセイダーがセンチピートに加勢した。格好付けたことを言うだけのことはあり、センチピートと互角の腕の持ち主であった。  2機でお互いの背中を守るようにして、ようやく敵の包囲を脱出して空母へと逃げ帰った。燃料の怪しいセンチピートが先に甲板へ降りた。 「おい、次降りてくるのは誰だ?あいつのおかげで命拾いした」  センチピートは整備兵に騎兵隊長の素性を尋ねた。 「自分で確かめて下さい。申し訳ないですが…」  整備兵はセンチピートを避けるようにしてそそくさと立ち去ってしまった。  そうこうするうちに騎兵隊長は鮮やかな操縦で着艦し、キャノピーから外に出た。 「久しぶりだな、センチピート」  無地のヘルメットを脱いだ小柄なパイロットは、果たしてボーイスカウトであった。「今日の件は貸しだ」 「ボーイスカウト!」 「機種転換訓練を受けて、親父にねじ込んで、この隊に入るのは骨が折れたよ」 「そうか、戻ってきたか!」  思いがけない再開に感極まった二人は熱く抱擁を交わした。二人の本当の仲を知らず、単に捕虜収容所で苦楽をともにした二人だと聞いていた周りは全くの祝福ムードで、スタンディングオベーションが起きた。  その夜は二人きりであった。周りは気を使って誰も邪魔に来なかった。 「ボーイスカウト、これからも一緒に飛ぼうぜ。お役所仕事なんてお前の柄じゃねえよ」 「ああ。だがセンチピート、俺は不満だよ」 「何?」  ボーイスカウトは険しい顔をしてグラスを口に運んだ。中にはボーイスカウトが父の書斎から持ち出した秘蔵のバーボンが入っていた。 「なんであんなアグレッシブに飛べるんだ?俺と組んでる時はまるで根性なしだったくせに!」  ボーイスカウトの怒るのも無理のない話であった。二人で飛んでいた頃のセンチピートは安全第一のパイロットで、リスクを犯してでも戦果を挙げようと躍起のボーイスカウトは常に不満を抱えていた。しかしクルセイダーに乗ったセンチピートはというと、荒っぽい操縦をすることで有名になっていた。 「そりゃあ、お前を載せてたらあんな無茶は出来ないよ」 「何だと?俺のナビじゃ不足だってのか?」 「俺が一人で死ぬのは勝手だが、お前を道連れに事故を起こすわけにはいかないだろ」 「な…」  思いがけないセンチピートの言葉に、ボーイスカウトは返す言葉を失った。 「この野郎、生意気なのは治ってないな」  センチピートはグラスのバーボンを飲み干すと、そのままボーイスカウトにのしかかった。二人のドッグファイトは夜を徹して続いた。 注釈 注1:空挺隊 パラシュートやヘリコプターで敵地に降下して戦闘する技能を有する特殊部隊。その性質上非常な危険を伴い、一般に各軍の最精鋭に位置する 注2:騎兵隊の到着 古典的な西部劇ではクライマックスになると主人公は先住民に襲撃され、もはやこれまでというところで騎兵隊が救援に駆けつけるのが定番であった。転じてこの言葉は誰かのピンチに駆けつける際に慣用句的に使われる 注3:ドッグファイト 空戦において互いに旋回して相手の背後を取り合う戦法のこと。名前は犬が自分の尻尾を追いかけてその場で回る様に由来する

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