肌がぶつかりあう生々しい音。 　慣れてしまった異物感から、快感を拾うことは今の俺にできやしない。 　痛みなどとうにない。けれど気持ちよさもない。ただ内臓を擦られる感覚だけが、続く。 （なんで俺、こんなことしてるんだろう……） 　必死に腰を振る男の腰に脚を回しながら、俺はただ物思いに耽っていた。 ◇ 　……あの貞操観念ズタボロの後輩に、乱交パーティに誘われたのが全ての始まりだったと思う。 　浦上隼人（うらかみ はやと）。当時20の俺より二歳下のソイツは、付き合ってみてわかったがとんでもない貞操観念の持ち主だった。 　そもそも出会いからして唐突だった。深夜のコンビニで適当にレジを打っていた俺に、ソイツは唐突に声をかけてきたのだ。 「店員さん、RAINってやってます？　オレ、アナタに一目惚れしちゃったんですけど、よかったら友達追加してくれませんか」 　 　……時間帯のせいで頭が回っていなかったのは理由にならない。そんな世迷い言、一蹴してやればよかったのに、何故か俺は「はい」と返事を返してしまったのだ。 　しかも、監視する人間が誰もいないことを良いことに、その場でLINEを開いて友達登録までしてしまった。アホだ。アホにも程がある。 　桜木涼介（さくらぎ りょうすけ）。あの頃は20歳になりたて。男。何も秀でることのない、ただの冴えないフリーター。コンビニバイトぐで食いつなぐことしかできない、社会の底辺層に位置する、そんな男だ。 　友達もほとんどいない。俺自身が面倒臭くて自分から付き合いを切っていくからだ。自業自得だ。 　……自業自得なのは、よく理解しているのに。それでも俺は、心のどこかで無条件に自分を好いてくれる人を望んでいたのだと、今ならわかる。　あの日、初対面のはずの浦上の言葉を受け入れてしまったのはきっとそのせいだからだ。「一目惚れした」なんて言葉に、期待してしまったから……。 　恋は盲目とはよく言ったものだ。いや、俺の抱いたそれが恋だとか愛だとか、そういったものに分類できるのかは今のところ置いておこう。 　とにかく俺は、浦上の友達申請を受けた。そしてそれ以降、明確に好意を示してくるアイツの態度に、俺は次第にほだされていった。 　世間話から、多少の身の上話ぐらいまでするようになるのに時間はそう必要なかった。そして、アイツが本性を表すのにも、そう時間はかからなかった。 　確か「彼女がいるのかいないのか」とか、そういう感じの話をしていた気がする。その会話の途中、俺は「俺を好きになってくれるならなんでもいい」と冗談めかして言った。そうしたら、アイツはこう言い放ったのだ。 「じゃ、オレと一発ヤってみません？」 　思考が完全に停止したあの感覚は、今でも覚えている。人間、心の底から驚いた時は何も言葉を出せなくなるというのは真実だったのだとあの時初めて知った。 　俺の驚きで浦上は止まったりなどしない。 「恋人じゃないのにって、またまた奥手ですねぇ～！　今時小学生でもセックスするんすよ、オレ達なんて何の問題もないって」 「恥ずかしい？　むしろオレ、桜木さんが恥ずかしがる姿を見てみたいんすけど」 「オレ？　ゲイなのかって？　ん～、好きになったら抱きたいタイプですよ！　あ、大丈夫っすよ、いつもセーフセックスしてますから」 「二人っきりが嫌？　じゃ3Pしましょうか！　ちょうど今日予定入れてたんすよ、この後」 「え、今日21の誕生日なんスか？　ちょうどいいっすね、お祝い乱交パーティしましょうよ！」 　脳の機能が著しく低下していた俺は、全ての返答を突っぱねることができず、そのまま……。 ・ ・ ・ 　初めてのセックスで俺は何もかもを狂わされた。 　当然のようにネコ役を要求され、可愛い可愛いとガタイのいい男や明らかに年上の男にちやほやされ、念入りに身体をなぶられて……。 　愛に飢えていた俺が、ハマらないわけがなかった。 　当然、尻に指を入れられたり、あまつさえちんこを突っ込まれることに抵抗がないわけではなかった。それでも「どんな理由であれ自分を求めてくれる存在がいる」という事実を知って、俺はそこにハマりこんでしまった。 　社会の底辺を這いずり回るゴミにも、こんな形なら利用価値があるのだと知った途端、世界が輝いて見えたんだ。 　更に、その日俺の相手をしたヤツは、終わり際に「良かったよ、これ受け取っておいて」と万札を手渡してきた。浦上には内緒で、と付け足して。 　無作為に放り出されたピースが、運良く噛み合ったその瞬間こそが、脚を踏み外した瞬間だったんだろう。 　……今更何を考えたところで仕方ないんだけど。 ・ ・ ・ 　身体を差し出せば金が手に入る。 　今日も俺は、ラブホのベッドでそのことを再度実感していた。 　ヤって終わり、の相手が多い中、今回はいつにも増して真面目で几帳面なやつだった。 　先渡しされた封筒には、万札が二枚。もらうなりそれをバッグに詰め込んだ俺を見て「現金な子も嫌いじゃないよ」と笑っていた。 　その笑い方があまり気持ちのいいものではなかったことはさておき、俺はそのおっさんと最後までしっぽりハメこんだわけだ。 　事が終わって帰ろうとすると、しばらく抱いたままにさせてくれ、と頼まれ、俺はこうしておっさんに抱かれたままでいるわけだった。 （スマホ見てえな……） 　セックスの間も、バッグの中にあるスマホのが何度か鳴っているのは聞こえていた。 　多分LINEの通知だろう。昨日、学生時代の知り合いから連絡が来て、今日昼までずっと即レス状態で続けていた。 　うっかり「用事があるから」で切り忘れた俺を心配して、ソイツがなんどもメッセージを送っているのだろう。まったく律儀なヤツだ。 　背中に当たる贅肉と、よく聞こえてしまう荒い鼻息。慣れていない人間なら思わず悪寒が走ってしまうだろうが、俺は違う。 「もっかいやります？　あと一枚追加していただけるなら、いいですよ」