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第4章 サイトウと稲荷大明神様⑥

 一月二日は枕の下で紙がかさつく音で目が覚めた。昨夜サイトウは枕の下に宝船の描かれた紙を敷き、「なかきよの、とおのねふりの、みなめさめ、なみのりふねの、おとのよきかな」と三回唱えて寝るべしと言ってはな六にもそうさせた。そうすれば良い初夢を見られるとかで、起きるなりサイトウははな六の見た夢の内容を聴きたがったが、はな六は恥ずかしくて「茄子……」と嘘を吐いた。ところがサイトウはその答えに満足そうにケケケと笑った。 「俺も茄子だ。三番目だが俺らにはかえって縁起がいいだんべぇに。なんせエッグプラントだからよぅ、“ガキを成す”ってなもんで、早速、稲荷大明神様の御利益がありそうだ」  サイトウは一階のガレージでもう作業を始めている。はな六はまだサイトウの温もりが残る布団に潜ったまま、携帯端末を見ていた。  正月早々、サイトウのせいで変な夢を見てしまった。昨夜、セックスの中休みにサイトウから携帯端末で見せられた動画のせいだ。それは、人間の胎内に生命が発生して赤ん坊として産まれて来るまでを説明する動画だった。  はな六の初夢はその動画の影響をもろに受けていた。夢の中で、はな六の胎内に小さな命が発生しすくすくと育っていき、やがてクマともタヌキともつかないぽんぽこりんな赤ちゃんとなって、絵の具のチューブからひねり出される絵の具のように、後孔からブニュッと産まれて来た。  その時のことをまるで現実の出来事のように身体が覚えている。腰骨が内側からめきめきと打ち砕かれるような痛みや、小さなぽんぽこりんを包み込んだ膜がお腹の中をぬるりと撫でながら押し広げつつ出ていく快感、「よく頑張ったな」と、汗みずくになって冷えたはな六の頬をサイトウの両手が挟み込んでモチモチと揉んだときの温かさ。 (こんなことは口に出して言ったらはしたない)  そんな気がするのだった。  昨夜見た動画では、アンドロイドが人間の赤ん坊を出産する技術が数年内に完成するとの見通しが語られていたが、実用化するにはまだ長い年月がかかるというので、はな六は安堵した。子供を自分の腹から産むなんて恥ずかしいことなど、したくないのだ。  だが、そんな子供の得方でも、サイトウが提案してきた型破り方法よりかは大分マシだった。 「まず子供型のボロいボディを中古で手に入れてよ、それを格安で売りに出すんだ」 「それでどうして、子供が手に入るの?」 「そしたら金のねぇアンドロイドがよ、買う買う~って飛び付いて来るだんべ? それを捕獲する」 「えー!?」  はな六は仰天した。その方法はまさに、サイトウがはな六を捕まえた方法なのだ。  サイトウは、元よりはな六にレッカ・レッカのボディを売る気などなかった。サイトウはただ、レッカ・レッカに相応しい魂を得ようとしていたのである。そしてまんまとそれにはな六が引っ掛かった。サイトウはそれを“詐欺”ではなく“運命”と呼んだ。  そしてまた、サイトウは同じ手を使って、サイトウとはな六の“運命の子供”を得ようと考えている。 「それ、どう考えても詐欺でしかないし、もしもそれでまたアンドロイドの魂を捕まえられたとして、逃げられて警察に駆け込まれたら、おれ達二人まとめて逮捕されちゃうよぉ!」  はな六が抗議すると、サイトウははな六の上に覆い被さり、なだめるようにキスをした。 「俺様に言わせりゃあ、ガキを製造するのも貰うのも間違ってんのさ。どうして家族ってもんを厳選しなきゃなんねえんだ。そんなん冷てぇだろが。そんなんは、気に入らなかったらポイッと棄てることの裏返しだ。……ほら、脚ぃ開きな。気持ちよくしてやっからよ」  はな六は堪らず脚を開いて、サイトウを迎え入れた。サイトウははな六の中に一物を差し込み、身体の内側から優しく愛撫した。たちまちはな六の全身は快感に痺れ、抵抗力を喪った。サイトウにはもう敵わない。こんなにもはな六を気持ちよくさせてくれる相手は、他に、世界中のどこにもいないに違いない。 「あぁ、馬鹿サイトウ……おれをこんなに気持ち良くしてくれるのに、どうしてそんなに“ふぜん”なのぉ」  はな六はそう言って唇を震わせた。 「そりゃおめぇ、俺様がおめぇの運命の相手だからだろ。はな六、おめぇはもう俺様から逃げらんねぇんだよ。おめぇだって、逃げる気なんか全然なかんべに」  その通りだ。サイトウの腕の中に閉じ込められて、はな六はきゅうと鳴き声を上げた。こんなに暖かくて心地よいところから、抜け出すことなど出来るはずがない。 「俺ぁおめぇがどんなヤツだって受け入れるつもりでいた。おめぇは稲荷大明神様がよこしてくれた、運命の相手だからよ。したらよ、ほら、俺達はこんなにぴったりと合うだろ?」  サイトウははな六が好むやり方で、はな六を犯した。ゆっくりと腰を引き、一物が完全に抜けてしまう寸前で止めて、また深くまで撫でるように差し入れた。そして腰をぎゅっと押し付けながら、何度もかき回した。 「ガキのことも、おめぇを大事にする同じくらい、全力で大事にすらぁ。そしたらガキだって、きっと逃げてぇなんて思わねぇよ。だから心配すんなって」  最高に甘くて痺れる完全犯罪の予告だった。 (逆らえない、逆らえないよぉ……)  はな六は涙を流し、首を横に振った。  携帯端末に、はな六は“魂の不正取得 懲役”と入力したが、表示された記事を閲覧する気が起きず、結局端末の画面を消した。端末を枕元に置き、そして畳の上に転がっていたオモチャを手に取った。布団の中に潜り込み、身体を丸めて、自分でオモチャを挿入した。それはローション無しでもするりと根本まで入ってしまう。サイトウとのセックスを思いだしていたお陰で、自然に身体の準備が整っていた。 「サイトウ……あぁ、サイトウ……もっと、もっとしてぇ……」  はな六は、階下で作業中のサイトウに聴こえないよう、声を潜めつつ自分を慰めた。  ぱちり、と張麗凰(チャン・リーフアン)が碁盤に白石を打ち付けた。対戦相手であるジャパニーズの女性棋士は、神経質そうに眼鏡のブリッジを中指でくいっと押し上げ、次の一手を思案し始めた。  午後三時。散歩に出たい時間だったが、はな六は茶の間でサイトウとふたりがけの座椅子にもたれ、テレビの新春囲碁番組に集中していた。  画面の中で、麗凰は行儀よく碁盤に視線を落としている。長い睫毛が目の下に影を作り、麗凰の儚げな美貌を際立たせている。実際に会うのと、テレビで見るのとは大分印象が違う。はな六は、はぁ、と溜息を吐いた。  サイトウの腕が、はな六の腰をぎゅうっと締め付けた。背中にはサイトウの体重と熱がのし掛かってくる。炬燵の中で脚を絡め合う。炬燵には火が入っておらず、炬燵布団の内側には早朝の冷気がいまだに籠っているが、サイトウに密着していれば寒くなかった。  テレビの対局の形勢は、いまいちよく解らない。だがおそらく去年同様だろう。八百長とまではいえないものの、これはパフォーマンスとしての対局だ。両者とも意識して、一般的な囲碁ファンが楽しめ、勉強の素材に出来るような碁にしようとしているはずだ。  はな六は正月二日に放送されるこの特番を、毎年観てきた。だが、視聴中に誰かが側にいるのは、これが初めてだ。はな六はあくびをした。知らず知らずに、瞼がとろんと下がってくる。 「ねぇ、サイトウ」 「あ?」 「情報量が多いよ」  はな六は、猛烈な眠気を払う為に、話した。 「ほーん。そんなに難しい局面なんきゃ?」 「ううん、対局はね、たぶん、すごく単純。情報量が多いのはね、サイトウだよ……」 「あ? なんだそりゃ」 「温かくて、ゴツゴツ硬くて、苦しくて、重たい……。それがたくさんたくさん、身体中から伝わってくるよ。きっと、情報量が多くって処理しきれないから、おれ、眠くなるんじゃないかなぁ」

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