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抱いて ちゃんと 抱いて 6
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目の前には真っ白な巨大な壁。
何処までも続く、オレの背丈ほどまで積もりに積もった、雪。
オレは溜息をつきながら、手にしたスコップで、雪をかきわける。
年が明けて、初詣を済ませて、今日は1月3日。
オレは東京から、緋音さんから逃げるように、青森の実家に帰省していた。
珍しくお正月に帰ってきたオレを、両親と兄と兄嫁と甥っ子は、訝(いぶか)しみながらも歓迎してくれた。
甥っ子にお年玉をあげたり、初詣に行ったり、おせち料理食べたり、地元の友達と飲んだり、甥っ子の宿題を見てあげたり。そんな普通のお正月を過ごした。
北国だけあって、雪は降ったりやんだりを繰り返していて、ちっとも晴れない。
そのため、いよいよ雪かきしないと大変だということになり、めったに帰ってこないオレがやることになった。
そりゃあ、住んでりゃ毎日のことになるから、たまにしか帰ってこない誰かいたらそいつにやらせたいわな。結構腰にくるし、足も腕もパンパンになるから、雪かきは重労働だ。
オレは何も考えないようにして、ひたすらスコップで雪を突き刺す。寒いのに額を背中を汗が伝っていく。無我夢中でスコップを振り続けた。
ちょっとでも考える時間があると、緋音さんのことを考えてしまう。
泣かせたくなかった。
ずっと、ずっと、ずっと、笑わせたかった。
オレといる時くらいは、何の不安も感じず、怒りも哀しみもなく、楽しいと嬉しいと、幸せだと笑っていて欲しかった。
傷つけるつもりもなかった。泣かせるつもりもなかった。不安にさせるつもりもなかった。
あんな、表情(かお)を、させたくなかった。
哀しみや怒りや悔しさや、愛しさや苦しさや、そういったもの全部、全部押さえ込んで、押さえなきゃいけなかった。
あんな無表情(かお)。
オレじゃあ・・・あの人を幸せにはできない。できないんだ・・・。
ずっと、好きだった。
あの人たちがデビューした曲を聴いて、PV観て、緋音さんに一目惚れして。
話したくて、触れたくて、ただそれだけで、追いかけて。がむしゃらに追いかけて。
近づけば近づくほど、思い知る。
オレはクズだ。
緋音さんはとにかく素晴らしい。そんなのみんな知ってる。
ギターも、センスも、顔も躰も性格も人間性も・・・全部全部オレなんかが触れていい人ではない。
緋音さんの周りにいる人は、みんな緋音さんのように才能溢れる人達だ。
オレみたいな、なんの才能もないクズじゃない・・・。
あんな風になりたかった。
緋音さんの傍にいても遜色(そんしょく)ない人間になりたかった。
一緒にいるのが当たり前って思われたかった。
オレは結局、ただ引っ掻き回して、メチャクチャにして、逃げ出しただけ。迷惑かけただけで、何も成し遂げていない。
もう・・・諦めるしかない。
怒らせてしまった。
嫌われてしまった。
泣かせてしまった。
触るなって・・・言われてしまった。
スコップを全身の力を込めて、雪に刺す。四角になるように刺して、地面すれすれにスコップを差し込んで、雪を持ち上げる。
その雪を道路の脇に放り投げる。
そんな単調な作業をしながら、全身でオレを拒絶していた緋音さんを思い出す。
瞳に一杯の涙を溜めながら、口唇を震わせながら、眉根をきつく寄せて、顔色が真っ青で。心も体もオレを拒んでいた。
その瞳に、オレは映らなかった。
オレが何を言っても信じない。オレが何をしても怒るだろう。
もう・・・あんな風に拒絶されたら、もう無理だろ。
わかってる。
それでも、それでも。
もう一回だけ。もう一回だけでいい。
「・・・逢いたい・・・抱きたい・・・」
思わず呟(つぶや)く。誰に聞かれるわけでもない呟きだった。
「だったら、逢いに来ればいいだろ」
背後で声が聞こえる。大好きな、大好きな人の声。
反射的に振り向く。
「・・・・・・・・・嘘だろ・・・・・・・・・」
驚きすぎて、掠(かす)れた声が出た。思考が止まる。
緋音さんが厚手のコートに、ニット帽かぶって、手袋も万全で、グレーのマフラーを巻いて、寒そうに肩を縮めて、太陽を背負って立っていた。
まだ、オレがプレゼントしたマフラーを、まだしてくれていた。
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