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夏のお話
首を傾け歯を立てながら咥えると、ひんやりとした感覚が唇から口内に広がる。吸い出した本来のよりも凝縮された味を楽しみながら、氷塊をシャクッと噛み切る。そして、コロリと口の中に落ちてきたかけらを舌や歯で弄ぶ。
美鶴は、味を吸い出したことにより薄味で硬くなったアイスの塊を甘噛みしながら、真っ暗な部屋でぼんやりとテレビを眺めていた。
目の前のローテーブルには、麦茶の入った汗っかきなマグカップが水たまりを作っている。その横では、扇風機が生暖かい風をのんびりと首を振り送っている。
今夏は、連日メディアが騒ぎ立てるほどの猛暑が続いていた。熱中症で倒れてしまった人が病院へ運ばれたなんて話は毎日耳にしている。
しかし、悲しいかなこの部屋にはエアコンが設置されていない。美鶴にできることは、窓を全開しに、扇風機をつけ、氷がびっちり詰まったアイスに齧り付き、溶けた氷で薄まりつつある麦茶を飲むことだけ。あとは、ポストに入っていた興味のないチラシをうちわの代わりにするのみ。一瞬ちらりと開けている窓を見ても、カーテンは踊らず、だんまりを決め込んでいた。
今できることをしても、全身に薄い水の膜が張ったようで、どうしたって服が肌に貼りついてくる。
眺めているテレビでは、花火が花開くたび観客の興奮した声が上がっている。
汗を吸って重たくなりつつあるTシャツの裾を掴み、バフバフと前後して体との間を換気する。汗に風があたり、ほんの少しだけ涼しい気がした。
「花火大会かぁ……」
真っ暗にしたぼろアパートの一室で見る花火も乙なものだと、美鶴はぼんやりと考えながら溶けかけているアイスをさらに一口。
午後八時半を前に、終了が近づいているのだろう。徐々にナイアガラが姿を現し始め、歓声がますます大きくなっていく。
突然、呼び鈴が鳴る。
暑さにやられ立ち上がるのが億劫だ。立ち上がり、すぐそばの玄関まで歩いたことで、さらに汗が溢れてくるのかと考えてしまうと動けなかった。
渋っていると、再び呼び鈴が響く。今度は二、三回続けて鳴り響いた。
眉間に皺を薄っすら作りつつ、重い腰を上げる。
「しつこいぞ、笠原」
鳴り続ける呼び鈴を遮るように玄関の扉を開けるとそこには、上機嫌なスーツ姿の男が一人。
「美鶴ぅ〜」
かわす隙もなく、筋肉質な腕が首に巻きついてくる。腕は美鶴の頭に絡みつき、硬い胸板に押し付けられる。
持ってきたアイスが、どんどん溶け肘まで伝っていく感覚があった。持ってきたのは失敗だった。
「…っ……暑苦しいっ」
他人の高い体温に耐えられず、腕を剥がそうとするがビクともしない。
筋肉のない美鶴が、鍛えている笠原にかなうはずがなかった。ましてや、片手にはアイスを持っている状態では、尚更。
一見筋肉があるように見えないが、笠原は服で着痩せするタイプだ。
ポタッポタッと液体になったアイスが、玄関床の色を変えていく。
「……とりあえず中入れよ」
悔しいが自分の腕力ではどうすることもできなかった。ならば、部屋の中に招き入れるしかない。上機嫌なのが気になるが。
加えて、いくらおんぼろアパートといえど、目の前の道路は人が通る可能性がある。数人でも住人だっている。誰かに今の状況を見られてはまずい。
「お邪魔しまぁ〜す」
「あーもう、ベタベタする」
アイスを持った方の肘に、もう片方の手を受け皿のようにあて、靴を脱いでいる笠原を横目に台所に駆け寄った。
シンク脇の水切りカゴから小皿をひっぱり出し、ほっそりしてしまったアイスをそこに一時避難させる。
右腕を水で流していると今度は腰が捉えられ、解放されたはずの熱が背中からじわじわと伝わってくる。
身動ぐ美鶴を物ともせず、頭に頬ずりする笠原からアルコールやらタバコやら居酒屋の臭いがした。
「暑い、酒臭い、離れろ」
暑さとアルコールにあてられたのだろうか、目の前がくらくらしてきた。
「呑んでたら、美鶴に会いたくなって——」
振り返りながら水を止めると、手の水滴を払う隙なく腰に巻きついていた腕に持ち上げられる。
「わっ! おい、笠原!」
背のある笠原に抱えられれば、足を宙でばたつかせる他ない。
「うぇっ⁉️」
辿り着いたのは、起きた時と同じままにしていた布団の上だった。
美鶴をうつ伏せにに下ろした流れで、ちゃっかりと笠原が覆いかぶさる。
「何すんだ!」
肩越しに笠原を睨みつつ、起き上がろうとベッドに腕をつく。しかし、いくら腕に力を込めても起き上がることはできない。
笠原は、そんな美鶴を気にもとめず、頸あたりを啄ばむ。さらには、手を重ね、指が絡むように繋いでくる。
「美鶴に会いたくなったら、だんだんヤりたくなって。飲み会抜け出してきた」
そう言いながら、美鶴の尻に自らの股間を擦り付けてくる。
「ま、待て。こんな暑い部屋で、んっ!」
言葉を遮るように唇を重ねられ、訴える声は声にもなれず虚しくも消えていく。
口腔を弄ばれていることばかりに気が向いていた。いつのまにか肌に貼りつくシャツを剥がすように、大きな手が脇腹を這うように撫で始めていた。
「窓閉めるから……ね。お願い、美鶴……」
***
うつ伏せの状態から腰を高く上げられ、窄まりが自然と広がる。
先ほどまで笠原の指でほぐされていたため、緩くなったこともあるだろう。呼吸をするたびに開閉してしまっていることがわかる。
窄まりが体温より低い外気に触れる恥ずかしさから、下腹部に力が入ってしまう。
先ほどから笠原が、ギラギラと熱を帯びた目で窄まりを凝視しているのだった。
「……そ、そんなとこ見んな……っぅあ……」
居たたまれなくて目を泳がしている美鶴の尻を撫でていた笠原は、ゆっくりと親指を緩んだ穴へ埋める。
抜き差しや指の腹でのノックで直接擦られる感覚に、いくら窓を閉め切っているとは言え外に聞こえていないか不安で、美鶴は顔を枕に埋め、より強く抱きしめた。
鼻先や顎からぽたりと滴っていた汗が枕に染み込んでくのがわかるようだ。
「美鶴ここ好きだよね」
「んんっ……」
涙を溜め始めた美鶴にはお構いなしに、続いては熱くローションをまとったモノを窄まりに引っかかるように擦りつけてくる。
「そろそろ入れるよ」
耳元でそう囁かれた直後、じわじわと笠原のモノが、美鶴の窄まりを押し広げ圧迫していく。
「っう……あっ、あぁ…」
あまりの質量に耐えられず、枕から離れた口から声が漏れ出てしまった。
「あと少しで全部入るから、もうちょっと緩めて……」
出口のはずの穴から大きいモノがゆっくりと腸壁を擦りながら侵入してくる感覚に、体が緊張する。反っていた背中はグッと丸まり、肌が粟立つ。力を抜こうとしても意識と反して、腸壁は歓迎するように笠原のモノを締め付けてしまう。
笠原は、よしよしと腰回りを宥めるように撫でる。その手はだんだんと腹に回っていき、美鶴の縮こまりつつあるモノを包み込んだ。先端を親指の腹で優しく撫でながら、全体をゆるゆると揉まれると、意識が後ろから前に移動していく。くちゃくちゃと音をたてているのが、汗なのか先走りなのかは、もうわからない。
丸まった背が戻り、頰を赤らめながら腰を前に回った手に擦り付けている美鶴を満足そうに細めた目で見つめた笠原は、腰を再び進めていく。
「全部入った。ねぇ、美鶴気持ちいい?」
白く陶器のような背中の背骨に沿ってキスを落とした後、背中に頬ずりする笠原に、美鶴はフルフルと小さく首を横に降る。
自分の髪が、肌が、すべてが、暑すぎる体温と止まらないお互いの汗によって美鶴に貼りつき、一体化していく感覚に陥りながら言う。
「えー、俺の手使ってオナってるのに?」
「っ! ……そ、そんなことない……」
言われて気づいた美鶴はピタリと腰を止めた。狼狽で体がこわばると、中に収まった硬いモノの形がしっかりとわかってしまった。
「っひ……!」
「またこんなに締めつけちゃって〜……俺、もう我慢できない…」
上体をべちゃりと剥がし起こした笠原は、美鶴の腰を抱え直し、ゆっくり美鶴と隙間なくくっつけて付いていた腰を前後に動かし始めた。
「……ん…あっ……んんっ……」
次第にピストンの動きが速くなり、堪えている声が漏れ出してしまう。美鶴は慌てて枕に顔を押し付けた。
足の力が抜けへたっていくが、腰を掴んでいる笠原により固定されている。。
しかし、それもお互いから吹き出る汗が原因で、腰を持つ手が滑った。その拍子に何度も笠原のモノが、ズルリと抜け再び挿入しピストンを繰り返す。
この体勢では、笠原が思ったようにしにくかった。
一方、美鶴は普段では強く当たらない場所に当たったり、笠原のモノの先端が引っかかるように抜け、その度窄んだ穴に質量のあるモノが入れられることを繰り返され、目の前がチカチカしていた。
どこからか夕方に見たニュースの天気予報氏が話している。
『今夜も寝苦しい熱帯夜となるでしょう』
はっとした時には、埋めていた顔を横に向け、慌てて空気を吸い入れた。
「あっ、し、死ぬ…‥もぅ…むりっ、死んじゃぅ」
「よしよし、大丈夫。可愛いね。美鶴」
焦ったさがイラつきに変わる一歩手前を感じた笠原。腰を持ち上げている力を徐々に抜き、うつ伏せの美鶴に重なり一緒に腰を下ろす。
ベッドと笠原に挟まれた美鶴は、気がついたら逃げ場がなくなっていた。
先ほどよりも体重がのった腰を打ち付けられると、さらに深い部分にまで熱いモノがねじ込まれた。
笠原は、態勢の具合と美鶴の窄まった穴を堪能する為、わざとゆっくりと抜きゆっくりと挿す。
時間をかけて動かれると、腸壁を擦られる感覚に嫌でも意識が向いてしまう。
さらに耐え難いのが、じわじわと時間をかけて抉られるスポット。そこを抉られる度に、美鶴の全身が緊張し、ふくらはぎにぐっと力が入り、丸めたつま先が布団から浮いている。
弱いポイントを重点的にせめられると、自分ではなくなってしまうような、そんな何かに飲み込まれる恐怖に襲われる。パチュパチュと音をたてているのが、汗をかき吸い付くように密着した背中なのか、繋がった下腹部なのか。笠原と自分の境が、もはや美鶴には判断がつかない。
美鶴は、繋がれていた笠原の左手にしがみつくように縋った。
眉を八の字にし、唇を噛み締め耐えている美鶴が縋ってくるこの反応が、笠原は好きなのだ。人に頼りたがらない美鶴が、助けを求めるのだ。笠原が、原因だとしても。
底知れない優越感と満足感に満たされた。気分が良くなった笠原は、さらに体重をかけポイントを意地悪く執拗に突く。徐々に笠原の腰が忙しなくなる。
ピストンの度、布団に自身のモノが強制的に擦れ、美鶴はもうどうにかなってしまいそう。しがみつく力が強くなればなるほど、笠原は夢中で腰を穿った。
「っぁあ……! まっ、まって…あぅ、んっ、おねが……」
制止を訴えたいが、息つく間もないピストンに漏れ出るのは喘ぎ声だけ。
無意識に目を瞑ると、どこからか波が襲ってきているのがわかった。それはどんどん大きくなっていく。迫ってきている正体がわかっても、もうどうすることもできなかった。
「イ、キそう…みつる……」
「んっ、んぐっ…なか、やだ…まっ、ぅあぁっ、」
美鶴の訴えは虚しく、奥へさらに奥へ届くようにと何度も腰を押し付けられる。
笠原の熱い白濁を体内に感じながら、早く解放されたくて、自ら擦り付けてしまうのがやめられない。
近寄って来た荒く熱い息が、夢中になっていた美鶴の耳を赤くさせた。
我に返り動きを止めた首を、れるぅと舌が這う。溶けかけのアイスクリームにでもなった気分だった。
「美鶴……みつる……」
耳に直接届く声に、肌が粟立つ。窄まりに無意識に力が入ってしまうと、未だ抜けずに居るモノがまた硬度を取り戻しつつあることを知ってしまった。
「っ…ぃひっ……うぁぅ……」
突然、肩に痛みが走る。
瞬間、タガが外れたように美鶴もイってしまった。へそ下まわりが温かい。
「〜ったい……ふざけんな…ばか……」
「俺のこと慰めてくれる美鶴は優しいね。嬉しいよ」
涙を流す美鶴の肩にはくっきりと残った歯形。
それを、笠原は愛おしそうに慰めるようにぺろぺろと舐める。
抉るような突き上げの再開に、美鶴は目を見開いた。
***
「ありがとーございましたー」
時計の針が午後一時に差しかかろうとしている頃、眠そうな夜勤のコンビニ店員の声を聞きながら、二人は店を出た。
すると、一歩店の外に出ただけで、ガンガンとクーラーの効いた天国から、ため息が漏れてしまう蒸し蒸しとした地獄に移動したことに後悔した。
クーラーが設置されている笠原の家までは、まだ距離がある。
美鶴は、涼しい天国に恋い焦がれながら、笠原が買ってくれたアイスコーヒーをストローで意味なく混ぜてしまう。
「あー、海行きたい……花火もいいなー」
買ったばかりのアイスを食べながら、笠原はぽつぽつと言う。
友達と行くのだろうと、美鶴は返事をせずにいた。
結露したプラスチック容器を持っている左手が、べちゃべちゃになっていることの方が気になっていた。
「あ、来週の花火大会、美鶴一緒に行こうよ!」
「えっ、俺…?」
「土曜だったはずなんだけど、もしかして仕事?」
「……いや、暇だけど」
急いでアイスコーヒーのストローに吸い付く美鶴の視線は、道路に向けられている。
「じゃ、六時に俺の家集合で」
「わ、かった……気が向いたらな……」
にんまりと微笑んだ巨体が擦り寄ってきた。
まだまだ夜は長い。熱が引くことを知らぬまま。
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